第七章73 千鳥雷切
四体のサイクロプスが魔法を放ち、ブランが撃ち落とす。
『氷水球』の魔法だけは相殺しきれず、それを交わす。
そんな攻防がしばらく続いていた。
ジリ貧にも見えるこの戦いだが、ブランにしてみればそうでもない。
魔法を唱え続けているサイクロプスの魔力が減っていたからだ。
それで分かる事は、サイクロプスが神話級巨人だと仮定して、精霊のように魔法を使えるが、精霊が行うように息を吸うようにはマナを取り込むことは難しいようだ。
ブランの体のメリットは、ディケムとオネイロスが共存している事。
ディケムが戦闘に集中している時、ブランが補佐に廻りマナを補充してくれたりしている。
実際ブランは、直していない腕は喪失したままだが……
そのじつ魔力も含めた力、体力は最大値を保っている。
『そろそろ頃合いだな……』 ブランがそう呟き体にマナを充満させる。
するとボーヌ王国では黒くしていたブランの髪色が銀色へと戻っていく。
その豪奢な銀髪にジャスターが息を呑むのが伝わってくる。
そしてブランは欠損している左腕を再生させた。
『なっ!………』ジャスターが驚くのも無理はない。
欠損部位を治す薬は無く、ポーションなら伝説級のエリクサー。
魔法となれば失われた古代魔法に『蘇生』と云う魔法が有ると伝え聞くだけだ。
もちろんブランはゴーレム体の腕を再生させただけだ。
そしてブランは今まで抜く事が無かった『刀』を初めて抜いた。
その刀は、刀にしては小さく小太刀程度の長さしかない。
ブランが刀を抜くのを見て、サイクロプスは今までずっと受け身だったブランの行動に警戒心を高め攻撃を一時止めた。
「この刀はな。 私の部下が情報収集で世界中を飛び回っている時に見つけた『千鳥』と言う業物のだ。 『千鳥』は別名『雷切』とも謳われる伝承にも残るアーティファクト武器。 だがこれは『ヒヒイロカネ』では無く『アダマンタイト』製だ。 さらに『雷切』とは両手持ちの大太刀だとも伝わっている。 偽物にしては良く出来過ぎていると遊び程度のつもりで持っていたのだが…… いまやっと使い方が分かった」
『………………』サイクロプスは警戒を最上位に高めブランの一挙手一投足の動きを見逃すまいとしている。
ブランが『千鳥』にマナを流し始める。
すると刀身が微妙に光り出し、徐々に『バリ…バリバリバリ………』と静電気を帯び始めた。
そこへさらにマナを一気に注ぎ込むと――
バリ…バリバリバリ………ガガガッガガガガガガ――――!!!!
刀に帯びる程度だった静電気が雷そのモノへと変わり刀身が稲妻を纏う。
「千鳥と云う刀は伝承では雷神を二度も斬りその刀身に雷神を宿した……とされている」
ブランが絶えずマナを注ぎ続けると――
千鳥が纏う雷はさらに伸び、両手大太刀以上の長さとなった!
「『雷切』とは刀身で斬る刀に有らず、雷そのものを纏い雷で敵を断つ刀のこと!」
稲妻の刀身を纏った『千鳥雷切』はその元となる刃もヒヒイロカネの色へと変わっているようだ。
「まったくアーティファクトとは…… まったくもって捻くれたものばかりだ」
ブランの身長は魔神族の平均程度、だが人族からすれば長身だろう。
そのブランが両手で持っても『千鳥雷切』はその体格には過ぎた、長すぎる得物のようにみえる。
しかし……今は纏う稲妻で見えないが本当の『千鳥雷切』の刀身自体は小太刀程度、この見栄えに反してこの刀は非常に軽いのだ。
ブランが軽々と片手で両手大太刀尺の『千鳥雷切』を構える。
その様相はあまりにも異様だ。
この刀は――その極悪なまでの破壊力の上に、さらに対峙する相手の間合い感覚をも狂わせる。
ブランが刀を持たない空いている手を地面に向ける。
そして『サンドマン』と叫ぶ――!
すると床から砂が盛り上がるように人の形をした精霊が四体現れる。
『サンドマン』とはオネイロスが支配する夢の下級精霊だ。
人を眠らせ夢を見させると伝わる。
その夢は良い夢ばかりでもなく悪夢も有る事から夢魔と云われる事も有る。
まさにサイクロプス達には夢魔と言えるだろう。
サンドマンが顕現した時点ですでにサイクロプスは目を閉じ深い眠りに落ちていた。
もちろんこれ程上位レベルの巨人が簡単に『眠り』に陥ったのには訳が有る。
一つは今、床に浮かび上がる六芒星の魔法陣(力の増幅)だ。
これをブランはサイクロプスの攻撃から逃げ回りながら描いていた。
そしてそれを既に呼んで潜ませていたサンドマンが隠していた。
サンドマンが顕現した時点で術が発動したのだ。
そしてさらにブランが『千鳥雷切』を説明する事でサイクロプスの注意を引き付けた。
サイクロプスは最大の警戒を『千鳥雷切』に向け、防御を物理防御に全振りしていた。
そこに突然精霊が顕現し、サイクロプスが混乱に陥った隙を狙ったのだ。
眠りの魔法とはそれ自体には殺傷能力が無く、攻撃を加えれば直ぐに解けてしまう弱い魔法だと言える。
だから相手はより強力な攻撃魔法に備え、この魔法への備えを怠ってしまう。
いや……そこまで戦闘中に警戒し備えられる者などいる筈も無い。
そのため眠りの魔法は戦闘中の虚を突く抵抗する事が難しい魔法と言えるのだ。
しかし戦闘中において『眠り』とは最悪なまでに致命的だ。
ディケムでも、最も敵にしたくない精霊の名を上げれば『オネイロス』と言うだろう。
サイクロプスは完全にブランの策にハマり無防備に眠りに落ちている。
ブランは動かずその場で『千鳥雷切』を振るう。
稲妻を刀身として斬る『千鳥雷切』には、刀身の長さなど関係ない。
ブランから一〇メートル程離れている四体のサイクロプスは、先ほどまでの激闘が嘘のように呆気なく一刀両断のもと絶命した。
「これが山をも断つと謳われる『千鳥雷切』の力か…… 凄まじいものだな」
――とブランの言葉だけが部屋に響いた。




