第七章68 長老ログウッド
ブランと長老達の話しが一切理解できないジャスターだったが―――
あの人知を超えた姿となった長老達とブランが真っ向から話し合っている姿を見て、素直に自分の出る幕では無いと自分の知りたいという欲求を抑えていた。
だが、次にブランが長老達に訊ねた言葉に耳を疑う事となる。
「それでお前ら。 おおかた動けなくなって久しいのだろ? そこまで侵食されて仕舞えば人としての意識も薄らいできているのではないのか?」
「うぐっ………」
「長老達よ、人としての誇りが少しでも残っているのなら最後にこの国の民の為にお前らの知っている事を我々に教えろ」
「……………………」
「答えろ! アザゼルが人に呪いをかけた時――鍵を残した筈だ! それは何だ?」
アザセルの名を聞いて、老人達は怯えを見せジャスターは目を見張った。
「ちょっと待ってくれブラン殿! アザゼルとはあの天使アザゼル様のことなのか?」
「そうだジャスター、今から貴殿が滅しようとしている元凶こそが天使アザゼルだ!」
「ッ―――なっ!!!」
『アザゼル』その言葉を聞き今度は長老達が怯えおののき『あぁ――あぁああああ――』と騒めきだす。
ブランが今使っている精神魔法『魅了』『陰鬱』『恐怖』は極微弱な魔法だ。
誘導尋問などに非常に便利な魔法なのだが、より強い洗脳や支配、恐怖に縛られている場合には効き辛くなる。
長老達のこのパニックになっている様子を見れば、『アザゼル』と言う名は強い支配によって縛られた鬼門の言葉だったのかもしれない。
半狂乱し騒めく木々と化した長老達に今はもう、とても理性が有る様には見えない。
こうなってはもうブランには打つ手が無い。
長老達からはいくつか貴重な情報は手に入れたが、今一番知りたかった事が聞けなかった。
これは単にブランの魅了魔法よりアザゼルの恐怖の束縛が強かっただけ、人の魔法が天使の力に及ばない事など当たり前の事なのだが、ブランは少し自責の念に駆られていた。
「クソ…… もう人としての誇り、理性すら失ってしまっている。 こうなってはもう……」
ブランが騒めく木と化した長老達に見切りを付けようとした時、部屋の最奥で今まで全く動く事が無かった木が動き出すのが見えた。
すると今まで恐怖に支配され狂乱していた長老達が共鳴するかのように冷静を取り戻す。
そして動き出した木人に長老達が話しかける。
「ロ…ログウッド、お前進化に失敗したのではなかったのか?」
「おぉ同志たちよ。言葉を交わすのは久しいのぅ。 私はアルキーラ・メンデス様が我々に施した施術が、神格者へと至る進化の施術などではない事を知っていた。 だから侵食を遅らせる為に眠りについたのだ」
「ッ―――なっ! だ、だが何の為にそんな事を!?」
「勇者にこの国の呪いを解く『鍵』を伝える為だ。 勇者様……私はずっとお待ちしておりました、貴女様がここに来る事を」
まだ地面に縛られていないログウッドと呼ばれる木人が、ジャスターではなくブランの前まで歩いて来て跪いた。
「し、しかしログウッド。 呪いを解く鍵を教えた所で―― もう既に意味がない事なのどお前もしっているだろ? 絶望を与えるだけの事をどうしてするのじゃ!」
「違うのだよ同志達よ。お前達は知らぬだけなのだ、まだボーヌ王国を救うチャンスは有る。 この国を救う為にマランジェ王妃はアルキーラ・メンデス様を欺きアザゼル様と賭けをした」
「「「「ッ―――!!!」」」」
ログウッドと呼ばれる長老の言葉に、他の長老達は『まさかそんな……』と困惑し、もしそれを知っていれば自分達もこのような末路を選ばなかったかもしれないと絶望の色を見せていた。
「ま…まさか呪いを解く鍵となる赤子が生きていると言うのか?」
「そ、そんな筈は無い! 国中の女の赤子を我々は探したのだ!」
「そうだ! 亡くなった女の赤子だけではない、生きている赤子まで全て調べたでは無いか!」
赤子? もしかしたらとは思っていたが……
やはり呪いを解く鍵はマランジェ王妃が身籠った赤子。
だがそう言えば…… マランジェ王妃が身籠った子共は双子だったと聞く。
そして双子の妹は死産だったと……
「長老、今の話を聞くと…… 呪いを解く鍵はマランジェ王妃が身籠った双子と言う事ではないのか!?」
ブランの質問にしばらく沈黙が続いた後、長老達が重い口を開けた。
「……そうだ! 天使アザゼル様はこの国に強力な呪いを掛ける時、呪いを解く鍵を二つに分けマランジェ王妃が身籠っていた双子に授けたのだ。 ……そして片方の赤子から生気を奪い取り殺す事で『呪い』を未来永劫続く完全な物へと昇華させたのだ」
「ッ―――なっ!!!」
「だから我々は言ったのだ。 聞いても絶望しかないと…… マランジュ女王は眠りから覚めぬままの難しい出産を行い、我々は双子の長女アルバリサ王女の命しか救えなかった。 次女クレア王女はアザゼル様に生気を奪われていた事で未発達のまま死産だった。 これによって呪いを解く鍵は未来永劫失われたのだ!」
長老達が絶望した昔話をしている間、ログウッドはじっとブランに頭を下げたまま黙っている。
一通り話が終わったところでログウッドが頭を上げ、話を始める。
「勇者様。 いま同士達が話した事がこの国に伝わる表の話。 そして私が今からお話しする事が…… 裏に隠された真実の話でございます」
ログウッドの言葉に長老達は目を見張る。




