第七章67 国家評議会の長老達
西の勇者ジャスターとブランは共闘してボーヌ城を目指す。
街は氷に閉ざされ一面の銀世界。
今この氷に閉ざされた国で動く者はジャスターとブランの二人だけだろう。
「改めて驚嘆する光景だ…… こんな事が誰か一人の人間の意思で起こったなどとても信じられん」
「世界は驚きの連続だ、この光景もか弱いたった一人の少女の願いが具現化したにすぎぬ」
「これほど強い願いとは…… どれ程の絶望が少女を襲ったのだろうか…… 西の勇者として心が痛む」
ジャスターの案内でブランは人通りの少ない裏道を二人でひた走る。
決して誰かに見つからない様に人通りの少ない通りを選んでいるのではない。
人混みの多い大通りで凍りついた人々を避けながら進む事が困難だったからだ。
人混みは皆が動くから進む事ができるものだ。それがもし皆が止まり、しかも倒してしまえば取り返しのつかない惨事になる状態となれば、凍りついた人々が沢山いる大通りを進む気にはとてもなれない。
そんな思いもよらなかった苦労もあり、二人はやっとの思いで王城に辿り着く。
普通ならば王城に入る事はままならないのだが、今ここには止める者は誰一人としていない。
邪魔される事もなく城内の園庭に入ったブランは、凍り付いた一際大きな木に手をつき木霊を呼び出す。
凍り付いている状態でも何とか木霊を呼び出せた様だ。
ブランは木霊を使いアザゼルが閉じ込められている場所を探る。
「ブラン殿は精霊魔法を使えるのだな、空から落ちた時もシルフを呼んでいた」
「あぁ、だが呼んで力を少し借りているだけだけどな」
「精霊と契約する事は命懸けと聞くが、ブラン殿が使った様な『呼ぶ』のと『契約する』のではそんなに違いはあるのか?」
「私は精霊を呼んで少し力を借りているだけだけど…… もし聖霊と契約できれば精霊魔法を自分の魔法の様に使えると聞く。 威力も比べ物にならないそうだ」
「そうなのか…… 精霊と縁のない俺にはピンと来ないな」
「そうか、ならば極端な例だが分かり易く言ってやろう。 この国を覆ったこの氷は精霊魔法だ」
「なっ! ………………」
「これで精霊魔法の威力は分かっただろう?」
「あ…あぁ……」
城の通路をブランは迷いなく進む。
そしてある荘厳な扉の前にたどり着いたとき『止まれ!』とジャスターを制止する。
「どうした!ブラン殿?」
「この部屋に気配がある!」
「全てが凍りついたこの世界で気配があると言うことは、ここにこの国をこんなにした元凶がいると言うことか?」
「あながち間違いじゃないが、お前が探している元凶ではないと思うぞ」
ブランがそう言い大きな荘厳な両開きの扉を開ける。
薄暗闇に包まれた部屋の中は扉と同じ荘厳な飾り付けを施されている、それだけでこの部屋がこの国の重要な部屋なのだと分かる。
そしてこの部屋には円卓がおいてあり、薄暗闇のなか六人の老人らしき人物が座っているのが見える。
「国家評議会の――長老の御方々では御座いませんか!」
椅子に座る老人達にジャスターが長老と呼びかける。
しかしその老人たちの様相はどう見ても異様だ。
「その声は勇者ジャスターじゃな? それでお前はなぜここに来た? ここはお前のような者が来ていい場所ではないぞ」
「俺はこの国を救う為にここに来ました。 それよりも何故あなた方は国が全て氷に閉ざされたと言うのに無事でいられるのですか? なぜ無事ならば国がこんな状況なのにこんな所でじっとしているのですか!?」
「ん? この気配はそうか…… ジャスター如きがここまで来れたのは、その魔神が居たからか……」
長老たちはジャスターの言葉に一切耳を傾けない。
「……評議会の方々、なぜ私の質問に答えては下さらぬ! なぜ――…… なっ!!!」
自分の質問に答えようとしない国家評議会の老人に苛立ちを覚えていたジャスターだったが…… 薄暗闇に目が慣れ老人たちの姿を視認できた時、その異様な光景に目を見張る!
老人たちはには目も鼻も耳も無く穴が開いているだけだった、口はかろうじて塞がっていない程度だが…… 時期に塞がってしまう事だろう。
それは木の精霊トレントに近い様に見えるが、トレントより退化し木になりかけている。
手足はすでに椅子と一体化しており椅子は床に根を張ってしまっている。
長老たちは人としての機能はほぼ無くしてしまっていた。
「な…何故あなた方はこんな姿に………?」
今までジャスターの質問に答えようとしなかった老人たちが初めて反応する。
「この姿は『あの御方』が与えて下さった至高の姿、お前如きが侮辱するなど許さんぞ!」
その言葉を聞き、今度はブランが国家評議会の老人達に質問を投げかける。
「長老とやら、『あの御方』とは誰の事だ?」
「………あの御方とは、我々人族を理想郷へと導いて下さる御方。 その存在は尊過ぎて我々には理解できぬ。 そして我々はこの姿となり悠久の命を手に入れたのだ。 これであの御方の元、悠久に人を管理し続ける存在、神格者となったのだ」
⦅そう簡単には『あの御方』の名は喋らないか……⦆
「その理想郷とは何だ?」
「全ての種族がひとつとなり、争いの起こらぬ世界だ」
「なるほど。 『あの御方』はその理想郷を作る為、ネフリム計画を行っていると言う事だな」
「そうだ!!!」
理想郷……
そんな耳障りの良い胡散臭い名目はウソだろう。
だが『あの御方』がネフリムを作って何かを成そうとしている事は確かなようだ。
「老人どもよ。 悪いがお前達のマナはバランスを崩している。 私にはお前達の姿はそんな至高な姿には見えぬぞ」
「……ナ、ナニ?」
「ほぅ…答えに迷いが有ったな。 少しは自分達の状態を鑑みて『あの御方』とやらに疑問に思う事もある様だな」
「…………ぐぅ……」
「私しから見ればお前達も植物系属性のクリスタルを施された実験体にしか見えぬ。 おおかたクリスタルの元となった長年生き続けたトレントの知識でも手に入れて、聖者にでもなった気でいたのだろうが…… お前達は体内マナのバランスを崩し既にただの植物となりかけている。 哀れよのぅ~」
「ばっ……そんなバカな! そんな筈はない! わ…我々が実験体などあり得ない、あの御方………アルキーラ・メンデス様がその様な事をする筈がない!!!」
ブランの嘲笑を交えた言葉を聞き、絶望のあまり興奮を抑えられない長老たちがついその名を口にした。
長年生き続けた老獪共がブランの簡単な挑発誘導に乗り、こうも容易く秘密を漏らすなど普通は考えられない。
だが……長老たちもジャスターもブランの指輪が怪しく光っている事に気づいていない。
この部屋には微量の香りが漂っている。
その香りを使いブランは精神魔法をかけたのだ。
ブランが使った魔法は『魅了』『陰鬱』そして『恐怖』。
すでに術中に嵌っている彼らはこの部屋に漂う香りに気づかない。
いや、彼らレベルでは知っていたとしてもこの香りに気づけない。
それにしても、やはり長老達が口にした名は―――
『アルキーラ・メンデス』
『あの御方』とは『アルキーラ・メンデス』だった。
ラトゥールの報告書に出てくる得体のしれない人物。
ロマネ帝国の歴史に度々現れると言う、自分の存在を隠すように……
しかし『見つけてみろ』と云わんばかりに少しだけ足跡を残す人物。
ブランはもう一つ気になる人物を長老に問うてみる。
「なぁ長老達よ、そのアルキーラ・メンデスをこの国へ呼んだ魔神族とは誰なんだ?」
「な、何故お前がそんな事まで知っている…… まさか裏切者が居ると言うのか?」
「まさかそんな…… 我々に裏切者など……」
「では何故―――……………」
「―――……」
「―――……」
「―――……」
魔神の話になると長老達はまた騒ぎ出す。
収拾がつかなくなったとウンザリしていたブランだったが……
一人の長老がブランに口を開く。
「あの魔神については、我々は何も知らんのだ。 魔神は常に仮面を付けていた。 知っている事といえば…… ただこの国を一瞬にして亡ぼせる強者だったと言う事だけ。 国家評議会の長老たる我々ですら…… その顔を見る事は許されず豪奢な銀髪の後ろ姿を見るだけだった」
『豪奢な銀髪』それは力ある魔神族の証。
魔神族で五将筆頭だった俺が、それほど力ある魔神を知らない筈は無い。
それともまだ俺が取り戻せていない記憶に、ネフリム計画と言う物も有ると言うのか?
⦅俺は…… このネフリム計画に関わっていたのだろうか?⦆




