第七章66 託された思い
俺がラトゥールと打ち合わせをしている時――
突然ウンディーネが俺の肩に顕現し『ディケムよ、直ぐにボーヌを見るのじゃ!』と言ってきた。
俺はウンディーネの意図通り意識をブランの目へと向け、ボーヌ王国を確認した。
「ッ―――なっ! なんだこれは――……」
「ど…どうかされましたか? ディケム様」
俺が驚き席を立つとラトゥールが心配そうに俺を見てくる。
「ボーヌ王国が一瞬で凍りついた……」
『なっ!』とラトゥールも突然の出来事に驚き、次の俺の言葉を待っている。
すると今度はオネイロスが顕現する。
「ネロ! これはどうなっている? 俺が居ない間にボーヌ王国に何が起きた?」
「ディケム、その前にまずは手伝って! 西の勇者を拾ったのだけど、この事態を回避するため急遽空に投げちゃって―― 私は落ちても大丈夫だけど勇者は落ちたら死んじゃうかも………」
「…………はぁ? ま、まぁとにかくそっちに行く! 現状は西の勇者と空を落下中なんだな!」
「うん!」
俺はウンディーネを肩に乗せたまま瞑想状態に入り意識をゴーレムへと飛ばす。
ゴーレムに意識を憑依させた瞬間、ネロの記憶が俺に雪崩込み現状を把握する。
目の前を見れば……『何故こうなった?』と言う体勢で西の勇者の胸ぐらを掴んだまま、ネロの空間魔法『空間遮断結界』を張ったまま凍りついたボーヌ王国へと落下している。
ネロの記憶を見ればこの状態になったのも頷ける。
むしろ良くもまぁあの刹那の時間に西の勇者を守り、この絶対零度の氷牢獄から逃れる事が出来たなと感心させられた。
さて問題は…… この状況をどうするかだ。
この体はゴーレム体。
ネロも憑依している事から、ネロの力は使うことが出来る。
しかし他の精霊も使うことが出来るかと言えばそう簡単な事では無い。
精霊とは個ではなく全、距離の感覚は無いと言っても俺との契約で俺のマナに溶け込んでいる。
俺が意識だけここに飛ばしている状態でネロ以外の精霊を使う事は今の俺には難しい。
別の方法では精霊結晶をゴーレムの核に使っているから力を開放すれば使えなくも無いが……
目の前に西の勇者が居る手前…… 出来るだけ使いたくない。
⦅既に手遅れかもしれないが⦆
ならば――
「自由なる風の精霊よ! その力の一端を我に貸し与え賜え――……」
ブランの呼びかけに、風の精霊シルフが顕現する。
この精霊召喚は、契約した精霊を呼び出したのではない。
まだ精霊と契約できない精霊魔法師が、精霊の力を一時借りる為に呼び出した精霊と同じだ。
それにしては下位精霊ではなく中位精霊が出て来てしまったのだが……
⦅まぁ……シルフィードじゃないだけマシか⦆
顕現したシルフがブランを見て『…………』一時固まっている。
自分を呼び出したのがブランに憑依する俺と、自分より圧倒的上位のオネイロスだったからだろう。
シルフは少し釈然としては居ないが力を貸してくれる。
そしてブランは魔法を唱える――
≪――πτήση(飛行)――≫
しかし、『飛行魔法』とはシルフと契約しないで使える程低級魔法ではない。
普通ならばこの魔法は不発で終わる筈なのだが……
ブランとジャスターが地上に激突しようかと言う一瞬に――
二人を一陣の風が噴き上げた。
それは『飛行』と言うには余りにもお粗末すぎる、一時落下を止めて一瞬宙に浮いた程度。
しかしジャスターを落下死から救うには十分な風だった。
「ふぅ~ し、死ぬかと思った……」
氷に閉ざされた地べたに腰を落としたまま二人は安堵のため息を付く。
「とりあえず助かった。 礼を言うブラン殿」
もともとブランに上空に投げ飛ばされ死ぬ思いをしたジャスターだったが、ブランに怒る事はしない。
上空に投げ飛ばされていた時も、流石は『西の勇者』と謳われる事だけは有る。
ジャスターは落下死が迫る中でも眼下に広がる状況を分析していた。
もしブランが空へ投げ飛ばし『結界』で守ってくれなかったら自分も氷漬けにされていた……と。
まぁその時は落下死する心配は無かったのだが……
上がった息もおさまり、落ち着いたところで二人は改めて現状を確認し合う。
上空から見た感じでは、ボーヌ王国全てが氷に閉ざされていた。
「な…なぁブラン殿…… これはボーヌ王国が誰かに氷の魔法で全滅させられた……と考えた方が良いのか?」
まぁ普通ならそう考えるだろう。
だがこの氷はただの氷じゃない絶対零度の氷だ。
さらにはフェンリルのマナも感じる。
しかもご大層にウンディーネの力を使い、マナの枯渇を防ぎ永続的に氷漬けにされている。
自分が言うのもなんだが…… こんな事を出来るのは俺しか居ない。
しかし俺以外の誰かがこれをやってのけた。
そこから考えると…… 迷宮で『スプラウトメイス』の力を引き出したフュエ王女の事が思い出される。
予想に過ぎないが…… フュエ王女が九属性のオリハルコン装備の力を引き出してこれを行ったのでは無いだろうか?
では…… なぜ?
全ての運動エネルギーを停止させる絶対零度の氷漬けにしたと言う事は…… 時間を止めたかったと言う事か?
ならばフュエ王女の身近な誰かが死に瀕した可能性が有る。
しかしこの方法は…… 最善を尽くしたのは分かるが……
これでは自分ではどうすることも出来なくなってしまう、あまりに危険な賭けだ。
⦅それほど追い込まれてしまったと言う事か……⦆
「ブラン殿…… ブラン殿!?」
「あぁ申し訳ないジャスター殿。少し考えをまとめていた。 私の見解だが――『ボーヌ王国が誰かの攻撃で全滅させられた』と言う線は否だ」
「否?」
「あぁ、ボーヌ王国は氷に閉ざされているがこの氷は絶対零度、絶対零度とは全ての運動エネルギーを停止させる。 要は奇病の進行は全て停止し生物は仮死状態となる。 もしボーヌ王国を全滅させたかったのなら、こんな回りくどい超高等魔法を使わない」
「良くわからないのだが…… ならみんな生き返れると言う事か?」
ジャスターは少し安堵した顔でブランに問いかける。
「あぁ、だが凍る前と全く同じ状態でだ」
「な、なら結局は同じ事じゃ無いのか? 元に戻ればまた奇病に皆殺されてしまう」
「そう、これは時間を止めただけ、誰かが何か切羽詰まった状況に陥ったのだろう。 自分では解決できないから問題の先送りをした。 そしてその間に誰かが問題を解決してくれれば……と言う運まかせの苦肉の策だったのだろうよ」
「………………」
「まぁ術者はそこまで追い詰められていたと言う事だ。 それにしても…… こんな国全てを凍らすなど…… どれ程の絶望が術者を襲ったのだろう」
「……ならば。 勇者として俺がそれに応えなければいけないな!」
⦅いや無理だろう…… この勇者じゃ『アザゼル』は倒せない⦆
「死ぬぞ! ジャスター殿」
「そこまではっきりと断言すると言う事は、ブラン殿はこの奇病の原因を知っているのだな?」
「………知っていると言うのは語弊があるが、だいたいの予想は出来ている」
「やはりそうか…… なぁブラン殿。 魔神族のアンタにお願いするのは筋違いだが、手を貸してくれないか? この国を救う核心に誰よりも近くに居るのはアンタだ。 もし俺が倒れてもアンタなら皆を救える……そうだろ?」
「それは買いかぶり過ぎだ。 お前が挑もうとしている相手は私の手に余る存在だろう」
このブランの体では制限が有り過ぎる。
もしアザゼルが瀕死の状態だったとしても、元々は中位の天使。
とても敵う相手だとは思えない。
「そうか…… すまない無理な事を言ってしまったな」
しかし……
フュエ王女は俺を待っているのだろう。
その託された思いを無視する事など出来る筈もない。
「……だが良いだろう、私も一緒に行こう。 その代わり自分の身は自分で守ってくれよ!?」
「あぁ、もちろん! ブラン殿感謝する」




