第七章64 氷牢獄
―――フュエ王女視点―――
シロは私をじっと見て『仕方ないか……』とつぶやきました。
「フュエ…本当は僕はね。君が大好きだからここに来たくなかったんだよ。 だけど僕は君の笑顔が一番好きだ、君の泣き顔は見たくない」
「………言っている意味が良くわからないけど、何か策があるって事なの?」
「策って程いいモノじゃないし解決策でもない。 ただの時間稼ぎだよ。 今この時間にも多くの人々が死んでいる。 それを一時的に止めるだけだ」
「そ、それでも! 一人でも多くの命を救える可能性があるのなら――……」
「だけどその方法は賭けだ! 失敗したらこの国の人も君も全て全滅する」
「どう言う事?」
「君を触媒にして氷の上位精霊フェンリルの固有スキル【絶対零度】を発動させる。氷の監獄でこの国全てを凍結させるんだ。 【絶対零度】は全ての運動エネルギーを停止させる。 腐食の呪いも人を凍りつかせ仮死状態にしてしまえば進行を止められる」
「えっ!? でも私にはそんな力は有りません」
「そう。 君にはないけれど…… 君が身につけているその『装備』九属性の精霊結晶を織り込んだその『服』とウンディーネの精霊結晶が入る『指輪』。 そして僕が居ればそれができる。 だけどその『服』と『指輪』は君を守る為に君のご主人様が作ったものだ。 君の意思で君が触媒にならない限り力を貸してはくれない」
「この『服』と『指輪』でそんな事が?」
「君にはまだ分からないだろうけど…… その『服』にはね、この国全てを凍り付かせられるだけのバカげた量のマナが内包されている。 そして『指輪』には解放されたマナを継続的に補充できる『人』には過ぎたる力がある。 そしてそれを扱える僕が居れば、一時的に凍らせるのではなく、永続的にこの国を凍り付かせることが出来る」
「それならみんなを助けられるのね!?」
「いや、さっきも言ったけど、この国の時を止めて問題を先送りにするだけだ、何の解決にもなっていない。 だから君達が凍っている間に誰かが元凶の蝕堕した『アザゼル』を滅っして、そのあとこの氷の監獄を解除してくれる事を祈るしかない」
「誰かがアザゼル様を倒すのを祈るだけって、さっき勇者様でもダメだって……」
「君のご主人様なら君を見捨てないだろ?」
「……えっ?」
「君が凍りつけば君のご主人様は君の異変に必ず気づくはずだ。 その為にその指輪を君に渡しているのだろうからね」
「………………」
「……なんだ? もしかして自信がないのかい?」
「……うん。 私はいつもディケム様の足手纏いで迷惑ばかりかけています。 それに私より素敵な彼女が二人も居ます。 それなのに勝手に好きになって彼女のララさんに勝手にライバル宣言とかしちゃって…… 多分私なんか居なくなった方が、ディケム様は都合がいいと思うのです」
「フュエ! それは君と君のご主人様との事だから僕には何も言えないけど…… あえて言うなら、どうでも良いと思っている人にこんなバカげた装備は渡さないよ。 君を大切に思っているから『人』には過ぎたこんな物を作り出し持たせたのだろう」
「……でも……」
「ゴメン。 キミと君のご主人様の関係は正直僕には分からない。 だけどこの国を救う為に考えられる策、人々の命を救える策は……僕にはこれしか考え付かない。 君のご主人様にかけてみる事しかない。 君が凍りつけば、その指輪に宿る精霊が君のご主人様に、君の身に何かが起こった事を知らせてくれるはずだから」
「シロ…… わたし怖いよ……」
「それはそうさ。 この国の……国民の命全てを君が預かるのだから」
「ううん、違うの…… ディケム様が来てくれるのかが、怖いの……」
「…………まったく。 君をそんなに不安にさせるとは……」
「だけどフュエ、今この時にも人々が死んでいく。 その消えていく命を止められるかどうかは、まず君がこの賭けにも等しい策を行うかどうかにかかっている。 決めるのは君自身だ」
「うん……」
「けれど…… ここまで話して言うのもなんだけど、僕は君にこの策を断ってほしい。 さっきも言ったけどこの国は自業自得でこの事態に陥っているんだ。 その国の民を助けるために君が命を賭ける筋合いはない。 そう思わないかい? フュエ?」
「…………」
「君がどちらを選んだとしても誰も君を責める権利など無い。 ――さぁどおするフュエ? 君が全てを決めるんだ! 」
「――シロ、私やります! 自業自得だと言うけど結局一番酷い目に遭うのは民です。 民に罪はない、彼らを私は助けたいのです!」
「そうか……残念だフュエ。 だけど君がそう言うのは分かっていたよ。 だから僕は君
が好きなのだから」
「ありがとう…… シロ」
「それじゃフュエ、長い眠りになるかもしれない。 また会える事を僕は願っているよ」
「うん」
こちらにシロがゆったり歩いて来る。
私はかがんで足元まで来たシロの顔にそっと手を添え、シロの額に自分の額を近づけた。
そして私の九属性サークレットがシロに触れた瞬間――………
身に着けていた『ローブ』『サークレット』『指輪』から眩い光が放たれた!
さらに『ローブ』『サークレット』からボーヌ王国を飲み込む程の膨大なマナが溢れ出しました。
「さぁフュエ! この国の人々を助けたいと―― そしてその為に力を貸してくれと強く願うんだ!」
シロの言葉に私が頷き願ったその瞬間――!
着ている装備を中心にみるみる周囲が凍りだしました。
溢れ出したマナは『絶対零度』の冷気に変わり――
ほんの一瞬でボーヌ王国全土を凍て付かせた。
物質の熱振動は止まり、生物は生体変化を完全に停止。
城をはじめ、水路を凍らせ、街も人も動物も全ての生き物や建物が『絶対零度の氷牢獄』に閉じ込められた。




