第七章63 ヒュギエイア
―――フュエ王女視点―――
ここは何もない真白な部屋。
私が絶望した時いつも逃げ込む夢の中――
私の目の前にポツンと鬣のある白猫が座っています。
「シロ?」
「あぁ、フュエ。 そうだよ」
「シロ喋れるの?」
「うん。僕の本当の名前は『ヒュギエイア』という」
「ふぅ~ん」
「……フュエ。 興味無さそうだね」
「だって『ヒュギエイア』なんて聞いたこと無いし……」
「…………。 これでも結構知られた名なんだけどね。……まぁ人間の前に出る時は獣の姿をする事が多いから瑞獣、預言獣、神獣……白沢なんて呼ばれる事も有る」
「ふぅ~ん。 ……知らない」
「ま…まぁ良い。 人間はいろいろな呼び名で僕を呼ぶけど。 フュエ、君には『シロ』と気軽に呼んで欲しいから」
「うん。 分かったわシロ」
「でも、なんでシロは普通の猫の真似なんかしてたの? 少し変わった猫だとは思ってたけど……」
「本当は君の前に名乗り出てくるつもりは無かったんだけどね……」
「………ん?」
「君の心が壊れてしまいそうだったから出て来たんだよ。 今回は君のご主人様も夢の精霊も側に居なかったからね」
「……あ、ありがとう」
「でも良かったよ。 少しは落ち着いてくれたみたいだね」
「うん……シロが喋るから驚いて落ち着けたみたい。 それにしてもシロが喋れるって知ったらみんなも驚くよ」
「君のご主人様は、僕の事に気づいているけどね」
「私の御主人様?」
「そう。 属性を司る精霊を従え、輪廻の理の外側に飛び出した恐ろしい人間。 君は彼に仕えたいのだろ?」
「う、うん……」
「正直言えば、彼に仕えるのは君には荷が勝ちすぎている」
「……で、でも! ラトゥール様はアレだけど、ララさんだって私と同じ……普通の……」
「あの娘を普通だと思っているのかい? あの娘の思いは今世だけではない。 理に干渉してしまう程、呆れるほど強い思いだ。 君にもそれくらいの覚悟が無いのならやめておくことだ」
「……………………」
「まぁいい。 そんな先の話は今後生き残れたその時に考えれば良い事だよ」
「うん……」
『少し話がそれた本題に戻ろう』とシロが真剣な顔をします。
すると急にシロの周りに張り詰めたマナのような物が吹き荒れました。
まだマナを感知できない私でも、私が作り出したこの世界ならマナも見えるのかもしれません。
「本当はねフュエ。 自分で言うのもなんだけど、僕は結構徳が高い存在でね。 僕が直接関りを持つとすれば…… まぁ四門守護者と呼ばれる彼らくらいだろうね」
「じゃ~なんで私の所にいるの?」
「ただ……僕が君を気に入ったからだよ」
「そぅ。なら私はシロが関わるに相応しいくらい、四門守護者に並べるくらい頑張らないとね」
「君の役目は王女だ。 君自身が命を懸けて頑張る必要は無いのでは?」
「人の上に立つ役目だからこそ、自分の命を賭けなければ人心は得られないわ」
「それは……王を目指すという事かい?」
「それはまだ分からない。 でも……もしディケム様がそれを望むなら、私の覚悟は出来ています」
「王となれば…… 君は彼と添い遂げる事が出来なくなるかもしれないよ」
「…………それは……嫌だけど。 皆が自分の望みを二の次にディケム様の為に働いています。 私だけが自分の望みを優先する事は出来ません」
『そうか……』と私の決意を聞きシロが一度目を瞑る。
「………フュエ」
「ん? なに?」
「君はこの国の人々を助けたいと思っているんだよね?」
「うん」
「だけど…… この国の病はただの病じゃない事は知っているね?」
「まぁ…なんとなくだけど……」
「この国は禁忌を侵し天使を降臨させ―― そして彼を拘束した」
「……え?」
「これは自然災害なんかじゃない人的災害なんだよ。 この奇病は言わば天使の呪い、治癒の魔法も薬も効かない筈なんだ」
「で、でもクレアスは薬を完成させたわ」
「あぁ……それは驚くべき事だったね。 だけど残念ながら新薬で奇病を治せたとしても感染源を断たなければ根本的な解決はできないんだ」
「そんな…… 何か方法は無いの?」
「元凶の『アザゼル』は蝕堕(闇に落ちる)してしまった。 もう滅する他ない」
「ア、アザゼルって……有名な天使様じゃない!」
「フュエ…… アザゼルの事は知っているんだね」
「あっ…… ごめんシロ……」
「でも……ねぇシロは偉いのでしょ? アザゼル様を何とかできないの?」
「フュエ。 さっきも言ったけど、これはこの国の人間が勝手にアザゼルを召喚して、勝手に閉じ込めた事から始まったんだ。 アザゼルが恨み呪いを掛けるのは当然じゃないか? それを都合が悪くなったから『滅しろ』と言うのは人間の傲慢だと思わないか?」
「う…うん…… だ、だけど……それをやったのは極一部の人間だよ、民が苦しむのはおかしいと思う」
「その極一部の人間を選んだのは民だ。 それは同罪と言えるのではないか?」
「うっ……」
「まぁそんな訳だからこの件に関して僕は中立的立場を保たなければならないんだ。人間に干渉する事までが限界だよ。 これ以上直接関われば僕もただでは済まなくなる。 それにね、僕は徳が高いけど戦いは苦手なんだ。 仮に戦ったとしても戦う為に生まれた天使に敵うはずが無い」
「そんな…… なら、この国の勇者様にお願いして――……」
「フュエ無理だよ。 君のご主人様ならまだしも……この国に居る勇者如きが『天使』を倒せるとはとても思えない」
「そんな…… でも何とかしないと、もっと沢山の命が失われちゃう。 ねぇシロお願い、何か良い方法は無いの!?」
『………………』シロは黙って私を見ています。
何か考えが有るけど、それを伝えようか迷っている感じです。
「シロ何か考えが有るんでしょ? お願い教えて! 私にできる事は何でもするから!!!」
私をじっと見ていたシロが――
『はぁ……』とため息を付いて口を開きはじめました。




