第七章62 自責の念
―――フュエ王女視点―――
私達は友達のセシリアの死をまだ受け止めることが出来ないまま、フローラの病室を訪れました。
私達が病室に入った時、何か病室が慌ただし事になっている事に気づきます。
「えっ! どうしたの? 何が起きているの?」
病室では、先にセシリアの病室を出て私達より先にフローラの病室に入っていたクレアスが何か看護師の方と懸命に話し合っています。
素人の私が見てもフローラの状態が危険になっている事が分かります。
「ちょっ……えっ? そんなフローラ! 嘘でしょ?」
私達は必至に救命を行う看護師とクレアスの姿を、何もできず呆然と見ている事しか出来ませんでした。
「頼むよフローラさん、戻って来てください! これじゃぁセシリアの命が無駄になってしまう。 頼むよ…お願いだから……戻って来てください!」
必死に叫び続けるクレアスの言葉に、フローラは目を瞑ったまま動かない。
「あぁ……嫌っ! フローラこんな所で負けないでよ。 私達ずっと一緒って約束したじゃない!」
「フローラお姉様。お願い目を開けてください! わたし……お姉様が居なくなってしまったら………」
シャルマとリサの必死の言葉にもフローラは全然応えてくれない。
クレアスの説明では、奇病の薬を飲むまではフローラの意識は辛うじてあったのだと。
それなのに薬を飲んだとたんフローラの容態が急変したと言うのです。
フローラは確かに薬を飲んでいる。
それなのに容体は良くならずフローラの意識は無くなってしまった……
「えっ……ウソでしょ? 薬を飲ませるのが遅かったと言うの?」
「分かりません。 ……ですがこのままじゃフローラさんは助からない!」
「そんなの嫌! フローラまで助けられないなんてそんなの嫌よ!」
「分かっています! 僕だってセシリアの命を無駄になんかしたくない!! なにか……何かいい方法は――」
『嫌っ!』と思った瞬間から皆の意識を遠くに感じる。
シャルマとクレアスの声が遠くから聞こえる……
⦅あぁ……こんな事ならこの国に来なければ良かった……⦆
⦅誰かお願いよ……もう一度あの楽しかったソーテルヌ邸に居た時に時間を戻して!⦆
⦅もう一度、私達の選択をやり直させて……⦆
そんな私の我がままな願いが叶うはずが無い。
私は――
私達四人で力を合わせれば何でも出来ると思っていた。
たくさんの命を救えると信じて疑わなかった。
……なのに現実は一つの命も救えない。
……辛うじて少しの延命が出来ただけ。
沢山の命が消えていくのを見ました。
私の手の中でまだ幼い子供達が冷たくなっていきました。
子供を抱えながら守るように死に絶えた若い夫婦も見ました。
若い青年少女、年老いた老夫婦、貴族も兵士も商人も男も女も――
病気は全て平等に人々の命を奪っていきました。
私はなんて傲慢だったのでしょう。
自分の力を過信して何でも出来ると思っていました。
そんな思い上がりの結果がこの様です。
自分の腕の中で死んでゆく子供達の温もりが……
最後まで生にしがみつき生きようともがき苦しむ人々の姿が頭から離れないのです。
「私はなんて無力なのだろう…… やっぱりディケム様が居なければ、私は何もできない」
絶望に打ちひしがれ私の意識は昏倒する――……
⦅私はどうすれば良かったの?⦆
⦅ディケム様…… 私は選択を間違えてしまったようです⦆
⦅やっぱり私は、自分から幸せなんか望んじゃいけない子だったのです……⦆
⦅あぁ、こんな辛い思いをするのなら………やっぱり⦆
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⦅⦅――ダメだよ! フュエ!!!⦆⦆
⦅ッ――! えっ……誰?⦆
意識がぼやけ夢の中に迷い込んだ私を、聞き覚えのある声が呼び止める。
⦅⦅それはもうダメだよ! フュエ!!!⦆⦆
⦅だれ? 私を呼ぶのは誰?⦆
私は今、絶望した時いつも逃げ込む真白な部屋に居る。
そこに――
私の前にポツンと鬣のある白猫が座っている。
「シロ?」
「あぁフュエ。 そうだよ」
―――シャルマ視点―――
「えっ……ウソでしょ? 薬を飲ませるのが遅かったと言うの?」
「分かりません。 ………ですがこのままじゃフローラさんは助からない!」
「そんなの嫌! フローラまで助けられないなんてそんなの嫌よ!」
「分かっています! 僕だってセシリアの命を無駄になんかしたくない!! なにか……何かいい方法は――」
薬を飲ませても回復しないフローラを前に、私とクレアスが語気を強めて話していると――
フュエの様子がおかしいのです。
友人のセシリアの死を目の当たりにし、今度はフローラまで……
もともと感受性の強いフュエは、この残酷な現実を受け止められなくなっているようです。
『フュエ? 大丈夫フュエ!?』私の呼びかけに目の焦点が合わなくなったフュエの反応はありません。
クレアスが直ぐに動こうとしたけど私はそれを止めました。
「ごめんクレアス! フュエは私が見るからフローラをお願い。 どうせ私にはフローラにしてあげられる事が無いから」
「はい分かりました! でもシャルマさんも無理しないでくださいね、皆さん精神的に参っていますから」
「うん、有難う。 ……本当はセシリアを失ったクレアスこそ大変なのに……。ごめんなさい、今はあなたを頼るしか無いの」
「はい。 がんばります」
クレアスの言う通り、私もリサも正直精神的に参っています……
気を抜けば直ぐに涙が溢れ泣き崩れてしまいそうです。
フローラをクレアスにお願いして、呆然自失のフュエを空いているベッドに連れて行き横に寝かせました。
一点を見つめ焦点が合わないフュエはそのまま天井を仰いだまま動きません。
「フュエ……ゴメン。 わたしレクランのリーダーなのにフュエの心が限界だったの気が付かなかった……」
フュエを寝かせ、手を握ったところで私も涙が溢れてきました。
「ここで少し休もぅ。 フローラもきっと今戦っているわ、だから私達も頑張ろ」
私がベッドに横たわるフュエの手に額を付けた時――
突然フュエから膨大な冷気が流れ出しました。
「ッ――!!! えっ……なに!?」
そして世界は真っ白な氷に包まれたのです。




