第七章61 父と娘
―――フュエ王女視点―――
「どうだったみんな? 『雷の属性結晶』見つかった?」
街中を『雷の属性結晶』を探し回っていた私達は一度、情報共有の為あらかじめ決めていた時間にアルカルド中央病院に集まりました。
「ダメだった『属性結晶』自体この国での流通が無いに等しいよ。 このままじゃ手に入れられる目途は無いと思う」
「こっちも同じ。 それに先日の『流れ出た腐敗霧』で有数な金持ちも貴族も皆奇病に感染してしまったようよ。 皆『それどころじゃない!』って私の話なんて聞いてくれなかったわ」
皆も私と同じ結果だったらしい。
この国では商店での『属性結晶』の流通は無く、冒険者も奇病が流行し戦争が始まると言う事で新しくはこの国に入って来ない。 現状持っているとすればお金と権力両方を持っている大貴族くらいでしょう。
でもその大貴族も皆、奇病に感染してしまい私達の話など聞いてもくれず門前払いだった。
「なぁ雷の魔法じゃダメなのか? 魔法師ならどうにかすれば手配出来るんじゃないのか?」
「さっき試したけどダメだったの…… 理由は分からないけど『属性結晶』はもともと精霊様が遊びで作った人知を超えた特殊物、もしかするとその中には属性だけでなく精霊的な何かが有るのかもしれません」
薬を完成させる為には、雷属性なら何でも良かったって訳じゃ無かった。
たまたま持っていた『雷の属性結晶』を試したのはホント神がかった偶然だったと言う事です。
まぁ……それしか持っていなかったから必然とも言えますけど。
そんな『雷の属性結晶』が全く見つからず焦りが増し時間だけが無駄に過ぎてしまう状況の中、『雷魔法なら代用できるのではないか?』と言う一縷の望みも潰えてしまいました。
街で聞き込みをする事で私達は、『流れ出た腐敗霧』で奇病に感染した患者の人たちは、症状が重く四肢の欠損は無いにしても、死に至るまでの時間が異常に早い事に気づきました。 すでに小さい子供から多くの人々が亡くなり始めています。
自分達も仲間のフローラとセシリアが感染している状況で、刻一刻と過ぎてしまう時間に焦りを覚えていました。
でも、さっきまで街中を必死に走り回った結果、これ以上また闇雲に走り回ったところで時間の無駄だろうと言うのが皆の総意です。
「なぁ、フローラとセシリアもやばいのか?」
「このままでは明日まで持つかどうかって感じです……」
「……クソ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」
皆黙り込み『このままじゃマズイ』と言う空気に包まれていました。
そんな時――
『あぁあああ……あぁあアあああああ――セシリア―――!!!』
遠くからクレアスの叫び声が聞こえてきました。
『ッ―――!!!』
その声から、皆が恐れていたことが現実に起きてしまったのだと思いました。
皆でセシリアが寝かされている部屋に駆け付けると……
ベッドに寝ているセシリアの側でクレアスが泣いています。
その後ろで父親のアルカルド医院長が呆然と立ち尽くしていました。
「そ、そんな……」
「ウソでしょセシリア!」
「ウ、ウソ………」
「セシリア! うそっ……嫌だよ……」
部屋に入って来た私達を見て、力なく立ち尽くしていたアルカルド医院長が無理矢理気を取り直すように私達に話しかけてくれました。
「皆さん有難う御座いました。セシリアは眠りにつきました。 見てくださいセシリアのこの幸せそうな笑顔を…… 奇病で早くから母を亡くしたセシリアは決して幸せな人生では無かったでしょう。 なのにこんな幸せそうな笑顔で逝けたのは皆さんのお陰でしょう。 本当にありがとうございました」
「ぐっ……」「…………」「…………」「…………」
「そしてクレアス君。 最後までセシリアの側に居てくれてありがとう。 あの子は君の事が本当に大好きだった。 いつもセシリアは私にクレアス君の事ばかり話してくれましたよ。 こんな幸せそうな笑顔で寝ているこの子を見れば…… 最後に大好きな君に手を握ってもらい眠りにつけた事が嬉しかったのでしょう」
アルカルド医院長はセシリアの手を握り額に当てたまま泣き続けるクレアスに近づき、『本当にありがとう』とクレアスの肩にそっと手を置きました。
「でも…でも医院長! 僕は……僕はセシリアを助けられる薬を持っていました! なのに―――」
「クレアス君! その薬は多くの命を救える可能性が有るフローラさんに使ってください。 そしてセシリアの意思と決断を悲しむのではなく褒めてあげて欲しい。 私はこの子を誇りに思います」
「医院長………」
『さあ早く―― フローラさんが手遅れになる前に!』とアルカルド医院長がクレアスの両肩をギュッと掴みゆっくりとセシリアから離します。
「お願いしますクレアス君! この子の……セシリアの死が無駄とならないように。 早くフローラさんを!」
『は…はい!』とクレアスは後ろ髪を引かれながらも……
アルカルド医院長に背中を押され走り出しました。
「さぁ皆さんも、フローラさんの所に行ってあげて下さい。 彼女も今きっと心細い気持ちでいっぱいだと思います。 そして私も今だけは……最後に少しだけ娘と二人だけの時間を過ごしたいのです……どうかお願いします」
『……はい』と私達もセシリアの病室を後にしてフローラの病室に向かいました。
しばらくフローラの病室に向かい走っていると後ろから……
『あぁあアあ――あぁああセシリア……あぁあああぁ――……』
と医院長の嗚咽し大泣きする声が聞こえてきました。
その声は、皆が『えっ?この泣き声……本当にあの医院長なの?』と思ってしまうくらい、恥も外聞も気にしない大きな泣き声でした。
それは、さっきまで演じていた尊敬される医院長の仮面を外し――
今はセシリアと二人きり、家族を愛する一人の優しいお父さんに戻った声。
どれだけ医院長がセシリアを愛し育てて来たのか……誰もが直ぐ分かりました。
私達はつい立ち止まりセシリアの病室を一瞥し……
またフローラの病室へと走り出しました。




