第七章59 ボノスの告白 3
多くの犠牲を払い成功したこの研究でしたが……
この時我々は既に心身ともに疲れ切っていました。
そんな私達の唯一の救いは、マランジュ女王が宿した御子が双子だった事。
そして順調に育っていた事です。
……ですが。
私達の地獄はまだこれからだったのです。
最初の異変は天使の依代となった陛下が体調に変調をきたしたのです。
陛下の体は全身が腐り出し、何もしなければ直ぐにでも命を落とすという危険な状態でした。
その時直ぐに対処に動いたのが、当時すでにボーヌ王国の政治の中枢に居たロマネ帝国から来た貴族アルキーラ・メンデスでした。
アルキーラ・メンデスは『ネフリム計画』に置いてボーヌ陛下の絶対的信頼を得、ボーヌ王国内でも貴族位を叙爵されるなど、確固たる地位を確立していました。
アルキーラ・メンデスはロマネ帝国より呪術医師団を派遣し再生魔法を行使して陛下の延命を図ったのです。
当時の我々はアルキーラ・メンデスのこの働きを賞賛致しました。
ですが…… 陛下を延命した事は愚策だったのでしょう。
私達は後からこの過ちに気づいたのです。
再生魔法を止めれば陛下の命は潰える。
陛下の命を止める決断を出来る者、命令出来る者、そんな地位ある者など陛下以外誰も居るはずが無いのですから。
陛下に死を与えられるのは陛下だけ、苦痛のあまり精神に異常をきたした陛下にそんな命令を出す事など出来るはずがないのです。
今となっては…… 誰も陛下を死なせてあげる事が出来ない。
これが今も続くボーヌ王国の罪と呪いです。
そして次に起きた異変はマランジュ女王でした。
マランジュ女王はお腹に子を宿しながらも、奇病に苦しむ陛下を必死に看病し続けました。
その献身さは、精神を病んでしまっていた陛下が一時的に正気を取り戻す程でした。
しかしそのマランジュ女王も臨月が近くなったある日突然眠りから覚めなくなったのです。
女王が意識を失った時を同じくして、陛下もまた正気を失いました。
そして国中に腐食の奇病が出だしたのもこの頃です。
ここまで犠牲を払った『ネフィリム』計画。
研究者たちは王妃が宿した子供を失うわけにはいかなかった。
アルキーラ・メンデスを中心に、研究者たちの必死の努力で……
臨月を迎えた王妃が眠りから覚めぬままの難しい双子の出産が試みられました。
私は出産に立ち会う事は出来ませんでしたが、皆の必死の努力で双子のうち一人の子供の命は助かりました。
残念ですがアルバリサ王女の妹君は死産だったと聞いています。
そして…… 私の大切な主マランジュ女王もこの出産を終え、息を引き取ったのです。
マランジュ女王と陛下がまだ意識をお持ちの頃。
姉の名をアルバリサ。
妹の名をクレア。
と名付け――
姉のアルバリサ様を私。妹のクレア様を側近のゴードルフに乳母夫として着くようおっしゃられました。
ですが……ゴードルフは女王から託された王妹殿下(次女)が死産だった事を知り、赤子の亡骸と共に姿を消しました。
友人の話では『女王から託された赤子、亡骸であったとしても研究の材料として汚させはしない』と言っていたようです。
もちろん多くの犠牲を払ったこの研究、国家評議会がゴードルフのこの行動を許すはずもなく、国を挙げての王妹殿下の亡骸捜索が行われましたが……
それでも何故か王妹殿下の亡骸は見つかる事は無かったと聞いております。
そして私はと言えば口惜しくも国家評議会からアルバリサ王女の乳母夫としての任を解かれ……… それ以降は王宮を離れ何処で洗脳されたのかルカ教の幹部などと呼ばれる様になっていました。
これが私の知るボーヌ王国で起きた出来事です。
―――ディケム視点―――
「ボノス……アルバリサ王女に妹がいたなど初めて聞いたぞ?」
「死産だったと聞いていますので……双子と言うのもあまり意味の無い事かと」
「いや……アルバリサ王女のあの片翼は天使の力が半分だったからでは無いのか?」
「そうかもしれません。 研究者の話ですと最初に女王が子を宿したとき、鑑定水晶でマナを調べると宿った命は一つでした。 しかし子が育つにつれ双子になったと聞いています。 一卵性双生児となった事でネフリムとしての力も二つに分かれたのかもしれないです」
「なるほど……だからお前は死産だった赤子を妹と言ったのだな」
「はい。一卵性の場合性別は同じはずと研究者から聞いております。 ですからゴードルフが隠した王妹殿下の遺体捜索は、国中の女児と女児の遺体が集められました」
「ボノス、『天使召喚の儀』で降り立った天使の名は何だったんだ?」
「………。 『アザゼル』です」
「アザゼル…… 医療の中位天使として有名だが、天使や神には表裏の顔が有る。 アザゼルの裏の顔は『呪い』。 アザゼルは降臨させられ人の体に閉じ込められた事で『蝕堕(闇に落ちる)』したのだろう。 そして『腐食の呪い』をボーヌ王国にかけた」
「で、でもディケム……『天使召喚の儀』が成功したのはリサ王女の年から考えても少なくても十三年も前の事なのでしょ? その『腐食の呪い』が未だに発生し続けているのは何故なの?」
「呪いとはそう言うモノだと言いたいが…… 昨日ボーヌ王国で今までと違う呪いのパターンが見られた。 呪いの術者が生きていなければそれは非常に難しいことだ。 今回はアザゼルの依り代となったボーヌ王が未だに生かされている事を考えると……アザゼルもまだボーヌ王の中に閉じ込められたまま消滅する事すら許されず、ボーヌ王城のどこかに幽閉されていると考えた方が自然だろう」
「そ…そんな、ひどい……」
「天使アザゼルも精霊と同じ『役割の名』に過ぎないとすれば―― 死ねばマナに帰りまた新しい医療の中位天使アザゼルと言う役目を与えられ復活するはずなのだがな…… もし今の推測が正しければ、ボーヌ王国の奇病解決にはまず『アザゼル』を開放する事が最重要となるな」
「それで奇病は全て解決出来るの?」
「解決してほしいとは思うが…… 呪いの元を断った所で現在進行している呪い自体の事象は解けない。 さらにアザゼルがボーヌ王国を恨んで掛けた呪いと考えるならば、自分が消滅した後も未来永劫続く呪いと考えた方が普通だろう。 呪いとはそう言う類のモノだ。 自分が死んだら呪いが解けたのでは呪いの意味も半減と言うものだろ?」
「た、たしかに…… でも、そうしたらもう呪いは解けないって事?」
「いや、呪いとは必ずそれを解く『鍵』も用意しておくものだ。 逆に言えば強い呪いにする為には『鍵』や『制約』が必ず必要となる。 今回の腐食の呪いは解除する『鍵』が無ければ成立しない程強力な呪いだと言える」
ララが『良かった~』と胸をなでおろしているが……
『鍵』を探す事は簡単な事じゃ無い筈だ。
だが今までの話を聞く限りだと、多分『鍵』は……
「とにかくアザゼルに会ってみるしか無いだろうな……」
「えっ? 天使アザゼルって話せるの?」
「さぁ……? ボーヌ陛下の意識が有れば話せるかもしれないな」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」




