第七章58 ボーヌ王国 時勢の十貴族達
―――マリア・バルコス視点―――
先日の突如起こった腐敗瘴気の雲の破裂とそこから国中を流れ出た腐敗霧。
私と娘そして私達の側に居た両親はブラン様のピアスの力により難を逃れました。
はじめ私と娘のローラが家に戻った時、私達を見みるや流石の両親も困惑しまるでゾンビや死人でも見た様に私達を恐れました。
確かに私と娘が家を出た時は四肢が腐れ、明日にでも死が訪れると言う有様でしたから致し方ありません。
しかし今回の『流れ出た腐敗霧』から守られた事で、私達の話に耳を傾けてくれる様になったのです。
私は…私とローラが体験した事、『主』を得た事を両親に話しました。
「するとマリア、そのブラン様と言う御方があなた達を助けてくれた。 そしてその御印を頂き、その力で私達も守られた……と言う事だな」
「そうですお父様! そして主はおっしゃいました『来たる時までお前の力を出来るだけ蓄え待て』と……」
ブラン様の話を聞いた両親は、私と共に動き出します。
私と両親はまずこの国でも有数の九人の貴族を集める事に致しました。
我がバルコス家を含めこの十家の貴族は、世襲貴族位は譲れないものの実質的な稼業運営を力ある次代に世代交代し、いまこの国で一番勢いと力の有る貴族でしょう。
この十家さえ掌握出来さえすればこの国を動かすことも容易な程です。
しかし問題は……この九家のうち五家は我々とは反対派閥の勢力でした。
それどころか犬猿の仲と言ってもいい程仲が悪かったのです。
そんな五家をなぜ選んだかと言えば……
我々と互角に戦える相手とは、逆に言えば力を認め合った好敵手と言えます。
我が主が国を動かせる力を求めるならば……それに全力で答えなければなりません。
えり好みで力の無い従順な貴族を集める事は愚策。
今まで敵であったとしても、力を認めていた貴族を取り込む事こそ主への献身と言えるでしょう。
私達は九家に『一度集まり話がしたい』と招待状を出しました。
正直……誼の有る四家は答えてくれると思っていましたが、反対派閥の五家はそう簡単には答えてくれるとは思っていませんでした。
ですが驚く事に九家全ての貴族が私の招待に答えてくれたのです。
意外な反応に驚いていましたが…… 事はそう簡単な話しでは有りませんでした。
要は私以外の他家九人の代表者が皆あの『流れ出た腐敗霧』により奇病に感染している状況だったのです。
反対派閥の五人も死を前に敵対派閥など言っていられない状況に陥り、奇病から回復した私の情報をどこからか手に入れたのでしょう、藁にも縋る思いで私の招待を受けたと言う事です。
⦅これは……もしブラン様のお力を貸して頂く事が出来れば、一気にこの国を掌握出来る千載一遇のチャンス⦆
しかし……ブラン様の真意が分からない。
我々の力を使いたいとおっしゃられたけど……この国を獲る事に興味は無さそうですし。
それは賭けのような物でした。
私は奇病に侵された九人の貴族達を一堂に集め、そこでブラン様を呼んだのです。
私はブラン様から頂いた守護の証のピアスを手に握り『ブラン様――力をお貸しください!』と念じました。
すると―――
薄紫色に輝く燕が一羽飛んできて私の前に降り立ちました。
その燕の輪郭がぼやけるや否や人の格好を形作り……気が付けばあの時と同じ全身を布で覆いフードから金色の目だけ覗くブラン様が立っていました。
「マリア…… 私を呼び出すとは、どう言う事だ?」
「ブラン様! 下僕たる身で主をお呼び立てした事、深くお詫び申し上げます」
普段から国家評議会の大臣にすら遜らない私が、ブラン様を主と仰ぎ傅く様を見て床に伏せながらも九家貴族の皆が目を見張っています。
ブラン様は部屋に置かれたベッドに横たわる九人の貴族を見渡し、『フン』と胡散臭そうな顔で私を見下ろしました。
⦅ここで失敗すれば……私も主を失ってしまう⦆
「我が主ブラン様、この者達はこの国を動かすことが出来る選りすぐりの貴族達です。 厚かましいお願いですが、どうかこの者達を救って頂きたいのです」
私の話を聞いたブラン様の顔が……さらに険しくなる。
私の額にはびっしりと脂汗が浮かび、その様を見た九家貴族の皆も顔が引きつる。
「………マリア……私がお前を救ったのは只の戯れだと言ったはずだ。 この貴族達が有能な者かどうかなど私には関係ない」
やはりブラン様はこの国に興味は無い。
そして藁にも縋る思いでここに来た九家貴族達は、私を救ってくれたブラン様が自分達に興味を示さなかった事に最大の恐怖を覚えている。
⦅ここが勝負所! ブラン様の説得に失敗しこの九人が死ねばこの国は終わる⦆
⦅しかしもしブラン様の説得を成功出来れば―――⦆
「はい。 ブラン様がこの国の権力などに興味が無い事は知っています。 ですが……それでもあえてお願いしたいのです。 この者達はここで死なせるには余りに勿体ない人材です。 我が主がこの国で何をなさりたいかは私程度には察する事は出来ませんが、この者達ならばどの様な要望にも応えられます。 どうかブラン様の奇跡をこの者達にもお与えください!」
私の言葉の後に、瀕死の九家貴族が床から這いずり起き上がりブラン様に傅く。
これで……もしブラン様が動いて下されば――
一度ブラン様に突き放された事により、九家貴族のブラン様への忠誠がさらに強固になるはず。
そして今まで決してまとまる事の無かったこの有力十貴族が、初めて一つの派閥となれるのです。
私の顔を見るブラン様がまた『フン』と言い、今度は『まったくこの策士め……』と言わんばかりの笑みを私に向けました。
「………まったく……マリア、手間をかけさせよって。 だがお前には私との縁を示すピアスを渡し守護を約束した。 あまり世情に関わりたくは無いが約束を果たそう」
「あぁ我が主ヨ! 下僕たる私の望みを聞いて下さり感謝の念に堪えません!」
ブラン様はそう言って、九家貴族達の命をみな救ってくださったのです。
そして私と同じピアスを九個、私に渡してくれたのです。
「お前達を治したのはマリアとの縁と私のただの気まぐれだ。 お前達が私に忠誠を誓う必要は無い。 だがもし私との縁を大切に思うのならマリアに渡したピアスを貰うがいい。 だが……もうこれ以上この様な面倒は御免だぞ」
「「「「はい」」」」
ブラン様はそう言いましたが……
ここに呼んだこの九人がこの縁を見逃すはずは有りません。
私が呼んだこの者達は、時流を読みチャンスを掴む力に長けた選りすぐりの者達なのですから。
九人全員が私から『ブラン様との縁の証』を受け取ったのです。
此処に―――
これまで争い決して交わる事の無かったボーヌ王国有数の十貴族が、ブラン様を主と仰ぎ結束し……
ボーヌ王国の新時代を作る『時勢の十貴族』と謳われる大派閥が誕生したのです。




