第二章6 木馬亭のヒルダ
サンソー村を発ってから約一ヵ月半。
俺たちはシャンポール王都目前のブロワ村まで来ていた。
無理をすれば今日中には王都に辿り着けたが……
『せっかくだから明日早くから観光を兼ねて王都に入りたい!』と言うララの願いで直前の村で一泊することになった。
いつものように四人部屋の宿を取り、情報収取の為に木馬亭という酒場に食事を食べに行く事にした。
「今日で宿屋暮らしも終わりだ、ララには苦労掛けたな」
「え、うん…… 確かに男の子と同室は少し抵抗あったけど、冒険者を目指すからにはこんな事はクリアしなきゃね」
「僕、すこし疑問が有るんだけど…… 伯爵様って冒険家になれるの?」
「え……ギ、ギーズ。 伯爵にだって自由ってものは―――」
「―――無理かもな! お前がどこかで野垂れ死んだらシャンポール王が許さないだろ」
「ディケムは国の重要人物だからね~。 でも冒険者の夢は私たちの目標にしようよ! 私達四人は『サンソー村冒険者パーティー』のメンバーだからね。 だれも欠けちゃダメなんだからね」
「ララ…… ありがとう。 お前ら抜け駆けは許さないからな! 俺がダメならお前らも道連れだ」
俺達がいつものように他愛ない話で盛り上がっていると、酒場の女将に声をかけられる。
「お客さんたち『シャンポール王』とか聞こえたけど、あんたらも王都入国待ちでこの村に来たのかい?」
「え? 女将さん。 入国待ちって王都にはすぐに入れないんですか?」
「あんたら、そんな事も知らないでこの街に泊りに来たのかい……」
『しょうがない奴らだね……』と女将さんは世間知らずの俺達に色々教えてくれる。
「王国軍が魔族軍に勝ったアルザスの戦いは、人族同盟連合軍が惨敗した敵に実質シャンポール王国軍だけで勝利した事になるからね。 滅亡寸前の人族領で今一番安全な場所はソーテルヌ伯爵様が住まうシャンポール王都だと、各国から移住の申請が殺到したって訳さ! さらにその殺到する移住希望の人たちを目当てに商人が集まって、今では城門受付で申請を出しても入れてくれるのに一週間はかかるらしいよ。 おかげで目の前にあるこの村は大賑わいって事さ!」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」
⦅おれまだ住んでないのだけれど………⦆
「あの、僕たち魔法学校に入学しに来たのですけど…… それでも入るの難しいですか?」
「あぁ学校入学者様ね! それなら一般者入国受付の隣に学生用の受付がある。 そこなら一日も待てば入れるかもね。 それでも今は一般者受付が大変な事になっているから、学生受付と王都住民受付が一緒にされてそこも長蛇の列になっているらしい」
「そ、そんなに……」
「朝早くから入国して観光しようなんて世間知らずもいいところだったね」
「うん……」
「あぁ……」
「それにしてもあんた達、えらい年に学校に入学になっちゃったね!」
「え? えらい年に入学って何ですか?」
「あぁ、王都の学校には毎年同盟国の王子が入っているんだけれど、たしか今年は魔法学校の新入生にマルサネ王国のコート王子が入学予定だったと思うよ。 まぁそこまでは例年通りなんだけどさ…… 今年はまだ同盟を結んでいないロマネ帝国のヴォーヌ皇子が戦士学校の三年に交流入学され、さらにはモンラッシェ共和国の大統領の娘グラン嬢が魔法学校二年に交流入学されるらしいよ」
「それは大変な事なんですか?」
「そりゃ~ 人族の六大国全てが同盟できるかどうかは大きな事だろ? これもソーテルヌ伯爵様の影響だろうから今の人族の注目は全てシャンポール王都に向いていると言っても過言じゃないよ。 あんた達若者は目まぐるしく変わる情勢をきちんと知っておかないと、大変なことになっちまうよ!」
「は、はぁ…… がんばります」
その後も酒場の女将さんは、シャンポール王都の名所や名産などいろいろな情報も教えてくれた。
そして……
「そうそうお前さん達。 なぜソーテルヌ伯爵様はシャンポール王都に住んでいるか知っているかい?」
「いえ、見当もつきません………」
⦅いや、だから…… まだ住んでないって!⦆
「ソーテルヌ伯爵様は水の大精霊ウンディーネ様の加護を受けておられる。 そしてシャンポール王都は湖の上に作られた水の王都! これ以上伯爵様が住むに相応しい都が他にあるかね!?」
「おぉぉぉ――水の都! カッコいい見てみたい」
「おうさ、その目で見てきな! シャンポール王都はどこの国にも負けない、それは美しい都さ! 私が愛してやまない、この地を離れられないのは あの王都に惚れちまったからさ」
酒場の女将の話に魅せられて俺達の期待も最高に高まった!
実は俺は二年前に戦争の後に王都に連れられてきている。
しかし馬車で連れて来られて、そのまま謁見の間、そして村に送還……
全く部屋の中しか見ていないのだ。
「女将さん色々情報をありがとう、これ情報料です」
俺は机に銀貨一枚を置いた。
「ふん、子供が生意気な事言うんじゃないよ! 子供から金巻き上げるほど、このヒルダ様は落ちぶれちゃいないよ!」
そう言って女将のヒルダさんは銀貨を受け取らなかった。
「そうだ、あんた達王都に行くなら情報料の代わりに頼まれてくれないかい?」
「なんでしょう?」
「私の娘がね、三年前に飛び出して王都に行ったきりなんだよ。 今でこそこの酒場もこんなに繁盛してるけどね、アルザス戦役の前は王都にこんなに人が来なかったから、王都のすぐ隣のこんな村に来る客なんて居なかったんだよ。 娘はお客の来ないこんな酒場なんて嫌だと飛び出して行ってしまってね…… それっきりなのさ」
「娘さんの名前は?」
「メリダって言うんだよ、歳は今十四歳。 髪の色は私と同じ黒に近い紺色、背丈はそこの娘さんと同じくらい。 左肩に蝶の入れ墨なんか入れていたね…… 探してくれとは言わないけど、もし見かけたらたまには家に帰って来いと伝えておくれよ」
「分かりました、見かけたら必ず伝えます」
「ありがとう。 いろいろ言ったけど、せっかくシャンポール王都に来たんだから楽しんで、いっぱい学んで立派な魔法使いになるんだよ!」
「はい、必ず!」
俺達は酒場を後にして宿屋に戻る。
「しかし物知りな女将さんだったな~」
「あぁ、いつもなら酒場で何人もの人と話して情報収集すけど、今日は女将さんとしか話さなかったな」
「なんで今年学校に来る重要人物の名前とか学年まで知っているのか…… あれは一つの才能だな」
「あぁ、こんな小さな村に王都の情報通が居るとは助かったな。 場所柄とあのヒルダ女将の性格がちょうど合ったんだろうな。 今後も通わせてもらおう」
今後王都に住むにあたり外からの情報も重要だ。 あのヒルダ女将には今後も懇意にさせてもらう事にしよう。




