第七章56 ボノスの告白 2
『天使召喚の儀』と『依り代への憑依』も成功させた我々は、次の難題に直面致しました。
『ネフィリム』を作り出すために、子を宿す母体として幾人もの修道女が選ばれましたが……
またしても依り代と同じ誰も適合者が居なかったのです。
その時に魔神が一人の男を連れてきました。
男の名は『アルキーラ・メンデス』ロマネ帝国の貴族だと言っていました。
その男は『ロマネ帝国の新しい技術を提供いたしましょう』と我々に言いました。
男から提供された技術は『属性結晶を母体に埋め込む』という、また悍ましいものでした。
しかしこれまで多くの犠牲者を出した我々に拒む事など出来ませんでした。
『母体の属性力を上げれば天使との子も宿せる』
この助言に従い、我々はまた多くの修道女を集め属性結晶を埋め込み、ネフリムを宿す母体として人体改造を試みたのです。
ですが、無理矢理属性力を上げられた修道女はほぼ全て人格を失い……
天使を宿した陛下との子を受胎させられる者は居ませんでした。
この頃でしょう……
私達王家の側近はこの計画のあまりの狂気に、多くの者が正気では居られなくなったのです。
そして救いを求める者は皆、ルカ教に入信したのです。
その後も研究の方はあと少しと言う所で失敗を繰り返しました。
その結果、研究者達は私にとって最悪の結論に至るのです。
『やはり依り代の時と同じネフリムを宿す母体にも王者としての格が必要なのだ』と……
それは私の仕える大切な女王様、マランジュ女王が依り代に選ばれると言う事。
私は絶望し『止めてくれ!』と懇願しました。
『これほど非道な計画を今まで黙認してきたくせに、自分の主の時だけ否定するのか!?』と同僚にも詰られましたが、そんな事はどうでも良かったのです。
私はありとあらゆる手段を使い女王を母体とする事を止めるつもりだった!
しかし……
マランジュ女王自身が母体となる事を受け入れてしまったのです。
女王は、自分の夫ボーヌ陛下が行っているこの悍ましい計画に心を痛めていたのです。
『これ以上の犠牲を出すくらいなら私が……』と。
私は実験が失敗し人格を無くし壊れていく女王を見たくなかった……
しかし実験が成功しても……ネフリムをお腹に宿した女王はどうなってしまうのか?
どちらに転んでも女王には地獄しか待っていません。
そして無情にも実験は行われ、マランジュ女王は唯一『属性結晶』に体が耐えられた適合者となったのです。
こうして多くの犠牲を払い長い時間を費やした『ネフリム計画』は成功し、マランジュ女王は天使の依り代となった陛下との子を宿したのです。
研究者たちも、ひとまずこの研究に区切りをつけられ安堵致しました。
もうこれ以上の犠牲者を見ていられない程、皆精神的に追い込まれていたのです。
ですが、この時の私達はまだ知りませんでした。
ボーヌ王国の地獄が始まるのは、まだこれからと言う事を………
―――ディケム視点―――
『…………』『…………』『…………』『…………』『…………』
またしても聞くに堪えない内容だった……
特に女性は耳を塞ぎたくなる内容だったはずだ。
耐性の無いララは青ざめ蒼白な顔色をしている。
アルキーラ・メンデスがボーヌ王国に伝えた『属性結晶を埋め込む』技術は、フローラが追っていたファイア・ウルフに使われた技術だ。
それを人間に使ったと言う事なのか!?
魔獣でも成功率が低かった実験を人間で行ったなど……正気の沙汰じゃない。
この時宿った子供がアルバリサ王女。
この悍ましい研究とこれだけの犠牲の上に生まれた子となれば……
多くの恨みと畏怖の念を抱かれるのも無理もない。
だが、アルバリサ王女が受けていた扱いは畏怖と言うよりも……
「なぁボノス。 まだ話の途中で聞くのは早計だと思うが……これだけの犠牲を払ってやっとの思いで生まれたアルバリサ王女は何故みなに忌み嫌われたんだ? 普通なら畏怖はすれど神の様に崇められても良さそうだが……」
「それは…… 一つは生まれた赤子があまりにも普通だったと言う事。 これは後程力を見せたアルバリサ王女を見れば私達の考えが早計だった事は否めません。 しかし当時は実験が失敗したのだと絶望したものです」
「なるほど……」
「そしてもう一つの理由は……あなたです。 ソーテルヌ卿」
「はぁ? 俺が原因?」
「『ネフリム計画』は滅亡寸前の人族を救う為に行った事です。 どれ程非道な事もこの大義の前に正当化できた。 全人族を救うためならばこの犠牲も致し方ないと…… なのにその十年後あなたが現れた! 今の人族の状況を見れば我々のやって来た事は無意味だったとみな笑う事でしょう。 私の話を聞いたあなた方も今、私達を嫌悪したでしょ?」
「…………………」
「ですが――そんな事は許せない! 私達は全人族を救う為に自分達を犠牲にし、命すら捧げたのです! 魂すら砕け散った依り代たち、発狂して死んで行った巫女たち、そして女王でありながらも身を捧げたマランジュ女王、そして陛下。 皆自分達の意志で人族の為にその身を捧げたのです。 決して無駄死にだったなど認めない! 彼ら彼女らの命が無駄だったなど誰にも言わせない――!!!」
俺達はボノスの話を聞き、この計画の悍ましさゆえ犠牲者は皆無理矢理参加させられて来た悲しい人たちだと憐れんでしまった。
しかし今のボノスの話だと、皆人族を救うという崇高な使命の為、自らその命を捧げたようだ。
その人たちを憐れむ事は、その人たちの死を冒涜する事と同義。
だが同時に彼ら自身が考えてしまっているのだろう。
『この計画は無意味だったのではないか?』と……
そのやるせない怒りの矛先がアルバリサ王女に向かった。
……と言う事だろう。
「ソーテルヌ卿…… 何故あなたは今現れたのですか? もしあなたがあの時代に居てくれたのなら…… 私達人族に今のような希望を与えて下されば……… 我々はあんな惨い決断をしなかった。 そしてあなたの存在が……マランジュ女王とボーヌ陛下の苦しみ、そしてアルバリサ王女の存在を無駄だったと証明してしまうのです!」
『あぁあああ……あぁあアあああああ――……マランジュ様……陛下ぁああああああ』
ボノスが泣き叫びながら俺を罵倒する。
筋違いで理不尽なそんなボノスの言い分にも俺は反論できなかった。
ボノスは……あの時代を生きて来た人々は、それ程の地獄を見て来たのだろう。
「さて。 では話の続きを致しましょう」
『へ……?』『…………』『…………』『…………』『…………』
壊れた人形の様に突然素に戻るボノスに俺達は言葉を失う。




