第七章52 セシリアの想い
―――フュエ王女視点―――
宿屋に戻った私は、クレアスの研究の事を皆に話し協力を求めました。
「それは凄いわね………」
「今の所それより良い奇病を治す道筋が見つからない以上、私達も手伝いますわ」
「うん」
「それでみんな、マナの訓練の方はどうなの?」
「うっ……」「はぅ……」「ふぁ……」
「みんな同じようね………」
「う…うん……」
私達が今為すべき事は――
・奇病の根源を無くす事。
・奇病に侵された人々を治す方法を見つける事。
この国の人々を救うには、この二つを行わなければならない。
根源を無くせば病気も消えて無くなるはずです。
そうあって欲しいけど……
そうならない事を想定しなければ、未来に絶望が待っているかもしれません。
私達は物事がいつも、そう都合が良く行かない事を知っています。
もしそこで躓けば、さらにその先の戦争を終わらせることが出来なくなってしまう。
為すべき事全てが難題だけど、その一つ『奇病を治す方法』がクレアスの研究のお陰で解決の糸口が見えて来ました。
これは私達の大きすぎる目標の、達成への大きな一歩です。
次の日もまず患者さんの診療から一日が始まます。
今日の私のペアはセシリア。
診療中、今日は何故かセシリアからの視線を何度も感じました。
「フュエ。 今日の診療が終わったら少し話す時間をちょうだい」
「ええ良いわよ」
そんな普通のやり取りにも、少し棘が有る様に感じました。
今日の診療を終え、セシリアに連れられ病院の一室で二人きりで話をする時間を作りました。
「それで…… どうしたのセシリア?」
「……ねぇフュエ。 昨日クレアスの家に行ったって本当?」
⦅ん? 話ってクレアスの事?⦆
「えぇ行ったわよ」
「……クレアスはとても純粋なの。だから遊びならやめて欲しいの」
「………へ?」
「……だ、だからクレアスは純粋だから、冒険者のあなた達の様に……その……… 貞操が軽く無いのよ!」
⦅ッ―――なっ!!!⦆
「ちょっ! はぁ? はぁあああああ〜〜〜!? て…貞操が軽いってなぁに!? 私にはディケム様ってお慕いしている人がちゃんと居るからっ!」
「えっ? えっ? えっ?……そうなの!? じゃあなんで昨日フュエはクレアスの家に行ったの?」
「……ねぇセシリア。 貴女はクレアスが病院の仕事終わった後、いつも何してるか知ってるの?」
「えっ? 家に帰って……食事作って……寝るくらい……… かな?」
「はぁ……ねぇセシリア。 一つ確認しておくけれど―――あなたクレアスの事好きなの!?」
「ちょっ……えっ? そ、そんな事ある訳――……」
「――セシリア! 私はちゃんとあなたに私の事、話したのだけれど?」
「うっ……あ……わ、わかったわよ…… 私はずっとクレアスの事が好きだった! これで良い?」
「そう。 ならセシリア、あなたはもっとクレアスの事ちゃんと見た方が良いと思うわよ」
「………それはどう言う意味?」
私はセシリアに、クレアスが奇病の薬を作る為に研究している事を教えました。
病院の手伝いを終えた後、街中を歩き回り、街を出て森を歩き回り、毎日毎日奇病の薬になりそうな植物や虫など様々な素材を探し廻っている事を。
そしてその研究があと一歩の所まで来ているのに行き詰まり、私に助けを求めて来た事を伝えました。
「えっ…… で、でも……そんな事一言も私には教えてくれなかった……」
「クレアスは既に、貧民の自分の研究に平民の大人たちが聞く耳を持たないどころか忌避する事を知っていたわ。 たぶんこれまでに誰かに協力を依頼し嫌な経験をした事が有るのでしょう。 だから外から来た部外者で冒険者の私に協力を頼んできたの。 クレアスは平民のあなたとトリーノに頼めば、あなた達まで忌避の対象になってしまう事を恐れたのでしょうね。 あなたに至ってはアルカルド中央病院の御息女と言う立場も有りますからね」
「…………あ…あのバカ!」
「一応補足しておくけど、クレアスの研究は素晴らしいものでした。 あと一歩と言う所まで来ていると思います。 ですから私はパーティーメンバーに全て話して皆協力してくれる事になっているわ」
『う…うん』とセシリアは私の目を見て頷く。
「あなたはどうしますか? 私はあなたとトリーノこそ、彼の研究の手伝いをするべきだと思いますが…… でもまぁ……クレアスが話さなかったと言う事は、この国の貧民差別は私の国よりも深刻なのでしょう。 あなた達が首を縦に振らなかったとしても私は侮蔑などしません……」
「………て…手伝うに決まってるじゃない! トリーノには私が話します。 だからクレアスの研究の事を私にも詳しく教えて!」
『うん』と私は頷いてセシリアにクレアスの研究を話しました。
そして私達は皆でクレアスの研究の手伝いをする事になったのです。
クレアス、セシリア、トリーノ。
このボーヌ王国で、私達に初めて出来たお友達。
これからこのお友達と立ち向かう問題は困難を極めるでしょう。
でもここに居る誰一人欠けることなくこの難局を乗り切りたい、そう願わずに居られませんでした。
―――ディケム視点―――
その場所はソーテルヌ公爵邸の屋敷の地下、ルナの洞窟のとある場所にある。
その何もない真っ白な部屋に椅子が一つだけポツンと置いてある。
そこに一人の男が座っている。
「ボノス元気だったか?」
「ソ…ソーテルヌ公爵……」
椅子に座る男は一度俺の顔を見上げ、また力なく椅子の背もたれにもたれ掛かり項垂れるだけだった。
ボノスは一切の拘束を受けていない。
そしてこの部屋には鍵もかかっていない。
しかしボノスに自由は無い、この部屋を出てもこの部屋に戻って来るだけ。
もしこの部屋でボノスが命を終わらせようとしたとしても、死の自由すらボノスには与えられていない。
ボノスの体は別の所に有るのだから。
「ボノスこの場所は気に入ってくれたか? お前の望み通り誰からも干渉されない、暗殺される心配の無い場所だ。 体も拘束もされていない、お前は自由だろ?」
「あぁぁぁぁぁ…… あぁああああ――― こ、ここここ……ここに自由など無い。 人が持つ尊厳……最後に与えられた只一つの権利、死すら与えられない」
ボノスは既に絶望しきっている。
「ボノス、俺の質問に答えたら…… ここでの過ごし方のヒントを教えてやる」
「な、ななな………なんでも……き、ききき聞くと言い。 わ、私にはもう何も無い」




