第七章51 クレアスとフュエ 2
―――フュエ王女視点―――
『少し調べたい事が出来ました』
シャルマ達にそう告げて、私はクレアスに連れられ家に向かう事にしました。
クレアスはセシリア、トリーノとは違い貧民の生まれだと聞きました。
と言う事は住んでいる家は貧民街でしょう。
女の私が一人不用心について行っても大丈夫なのか少し不安になりましたが、私にはディケム様から頂いた九属性オリハルコン装備があります。
これが有れば英雄ラス・カーズ将軍ですら私を傷つけるのが難しい事は模擬戦で実証されています。
それに使い魔猫のシロも居ます。
もし私を傷つけられないにしろ何かしら動けない事態に陥ったとしても、シャルマ達に私の危機を知らせる事が出来ます。
「ねぇクレアスの家は何処にあるのですか? 」
「僕の家はボーヌ中央墓地です」
「………ボーヌ中央墓地? 墓地のすぐ近くと言う事?」
「いえ、そのままの意味です。 僕は墓場に捨てられた捨て子だったんです。 それを墓守のお爺さんに拾われて育ててもらいました。 だから戸籍も何もない貧民なのです」
「そ、そう……ごめんなさい」
「ん? 謝らなくても良いですよ。 僕の身の上を聞くと皆さん同情されますが、僕はお爺さんに育てられました。 貧民で差別される事も有りますが……平民や貴族でも愛のない家に生まれ虐待される子は沢山います。 僕は貧しくてもお爺さんに愛されて育てて貰いました、それはとても幸せな事です。 それに貧民の僕を差別しないで遊んでくれるセシリアとトリーノも居ましたから、僕は自分を不幸だと思った事など有りませんよ」
クレアスの言葉が胸に突き刺さります。
私は王女として生まれたけど、愛されず育ちました………
私はつい最近まで死にたがりでした。
確かに誰からも愛して貰えない王女より、一人の人に愛され大切に育てられた貧民の子の方が幸せかもしれません。
でもそれよりもクレアスの心の持ちようが…… 自分を卑下して生きて来た私なんかよりずっと人として出来ていると痛感させられました。
私のクレアスの評価は、『コミュニケーションが普通の人以下で、常識知らずの無神経』でした。
でも本当は、『コミュニケーションが下手で常識知らずの無神経』なのは私の方では無いの?
私は――
他人を恨み、妬み、誰も寄せ付けない壁を作り拒絶しているのに……誰かに愛されたい。
誰が聞いてもワガママなのは私でしょう。
「大丈夫ですか?フュエさん。 先程から考え込んでしまって…… もう着きましたよ、ここが僕の家です」
物思いにふけっていた私は、クレアスの言葉に顔を上げると、そこには決してお世辞にも素敵な家とは言えない小屋が有りました。
「ボロ屋でしょ? でも墓地の中ですから研究小屋を作るのとか自由なんですよ。 それにここは王族墓のエリアだから奇病の遺体が運び込まれる事も有りません。 よほど現状遺体が放置されている街よりもここの方が衛生的かもしれませんよ」
確かに…… ここには街に漂う死臭も有りません。
物は考えようと言う言葉はこの事かもしれません。
「お爺さんただいま。 今日は友達を連れて来たんだ、彼女は冒険者のフュエさん。 彼女には冒険者として僕の研究を見て貰おうと思って」
「あぁお帰りクレアス。 いらっしゃいフュエさ――……」
挨拶をして私の顔を見たクレアスのお爺さんが私の顔を見て目を見開く。
⦅え!? 明らかに私の顔を見て驚いている⦆
「あ……あの私の顔に何か?」
「い…いえすみません。 冒険者様にしてはお美しかったもので……」
さっきの反応はそんな感じじゃ無かった。
このお爺さん…… もしかしたら私の顔を知っている?
「フュエさん、時間も無いのでしょ? 早速ですが僕の研究を見て貰えますか?」
「は、はい。 では………」
私は『失礼します』とお爺さんに深々と頭を下げ、クレアスの研究小屋へ向かいました。
クレアスの研究小屋に入ると、そこは圧倒されるほど沢山の植物に埋め尽くされていました。
鉢に植えられた生花、吊るされ干された草花、瓶に入れられた種……etc
そして瓶を見てみれば、種だけでなく虫なども採取されています。
「こ……これは―――」
「この国にある植物や虫などあらゆる物を集めて、奇病に効く薬になるか試してるんです」
そう言いクレアスは私に一つの瓶を見せてくれました。
その瓶の中には何の変哲もない、よくそこら辺には生えている苔が入っているように私には見えます。
「この『墓苔』が僕の研究の始まりだったんです」
そう言い、クレアスは私にこの苔の事を教えてくれました。
この『墓苔』が生えていた墓のお供え物が腐りにくかった事。
腐食の奇病に感染したネズミがこの『墓苔』を食べていた事。
そして『状態異常回復』では奇病は回復できないのに、この『墓苔』を食べたそのネズミが一時的に回復した事。
『墓苔』の栽培に成功した事。
現状ではこの『墓苔』だけでは奇病を治すだけの効力は足りない事。
「あ……あなたこれを一人で調べたの?」
「はい……ですが正直これ以上の成果を出せず行き詰っていたんです。 僕の見解ではこの『墓苔』に何か別の物を足してさらに力を引き出す事が出来れば、奇病を治せる特効薬になると思うのです。 そして先日精霊様の導きによりついにその可能性のある素材を発見しました」
⦅精霊様の導きって……なに?⦆
怪訝な私の顔など気にもせず、クレアスはもう一つの瓶を持ってきました。
「あ…蟻?」
「はい『針蟻』です。 この蟻は蜂のような針を持ち『蟻酸』と呼ばれる強力な酸性の毒を持つ危険な蟻です」
「ッ―――なっ! ど…毒!」
「はい、そして私は見たんです。 なんとこの毒を持つ『針蟻』を奇病に感染した猿が捕食しに来たんです。 私はこの『針蟻』を持ち帰り、墓苔と同じように研究しました。 そして墓苔と同じように奇病に効く事が分かりました」
『…………』凄い!
クレアスは観察と考察と実験を繰り返し一人でここまで研究を進めていました。
彼は間違いなく天才です!
既にここまで薬が完成に近づいているとは予想以上でした。
「クレアス、ここまで研究が進んでいるなら、もう薬が出来上がるのは直ぐではないの?」
「僕もそう思ったのですがダメなんです! 僕もこの二つを混ぜれば薬は出来上がると思ってたのに、このままでは『蟻酸』が強すぎて『墓苔』の成分を溶かしてしまい相乗効果とはならなかったんです。 あと…あともう一歩なのに! ……もうひと工夫必要なんです。だからフュエさんに見て貰おうと思って来てもらったんです」
………私にはクレアス程の観察力も考察力も考える頭も無い。
でもクレアスが私をここに連れて来たと言う事は―――
「……ねえクレアス。 あなたは私にこれを見せて、私の横の繋がりで色々な人の意見を聞きたいと言う事なの?」
「………はい。 端的に言えば」
「あなたは自分の研究を独り占めしようと思わないの?」
「そんなつもりは端から有りません。この奇病を一日でも早く治す事が目的ですから。 ですが……今まで何度も大人たちにこの研究を相談したのですが、誰も僕の話を聞いてはくれないのです。 でも……フュエさんなら僕が出来ない事が出来るでしょ?」
クレアスは研究を抱え込むこともせず、多くの人の意見を聞く意義も知っています。
そしてより多くの人の意見を聞くため、冒険者の私に話しを持ちかけました。
「………なるほど、分かりました。 私で良ければ協力致しましょう」
「あ……有難うございます! やはりフュエさんは僕の思った通りの人だ!」
「ですが……この件に関して適任なのは私ではなくシャルマですよ」
「は、はい……ですが…… ぼ、僕が…シェルマさんが少し苦手なんです」
⦅………………⦆
私はクレアスに協力する事を約束し、『墓苔』『蟻酸』のサンプルが入った瓶を貰いました。
そして研究小屋での話を終え、宿屋に帰る支度をしているとクレアスのお爺さんが挨拶に来ました。
「クレアス、フュエさんに夕ご飯でも儀馳走してはどうだい?」
「あ……すみませんお爺さん。 夕食のお誘いは嬉しいのですが、宿屋でパーティーメンバーが私の帰りを待っているものですから。 もう日も暮れて時間も遅いですから……」
「そうですか………残念です。 ではフュエさん。 どうか――どうかこの子、クレアスを今後ともよろしくお願いします!」
クレアスのお爺さんは何故かそんな事を言い出し、私の手をギュッと握り、懇願するように私にクレアスの事をお願いしてきました。
「は…はぁ。 わ、わかりました」
―――ブラン視点―――
「ラフィット様。 ボーヌ国王の病を診ているロマネ帝国から派遣された医師団、ラフィット様の予想通りルカ教にも出入りしていました」
「そうかペデスクロー良く調べてくれた」
「ラフィット様、アルバリサ王女の出生についてですが―― 王女の出生を知る者、当時母親の女王の側にいた者は全て奇病に感染して死んだと伝えられています。 ですが二人ほど生き残っている者が居るかもしれません」
「ほう……」
「一人は元ボーヌ王国の将軍だったゴードルフ。 退役後その信頼を買われ女王の側近として仕えていたそうですが…… 女王の死後行方不明だそうです」
「……………」
「そしてもう一人は女王の宦官だった者が生き残っていたのですが………」
「どうかしたのか?」
「その生き残っていた宦官の名が……『ボノス』と言うそうです」
「ッ――ボノス!」
「ペデスクロー良く調べてくれた。 シャンポール王国で拘束中のボノスがその生き残りかは俺の方で調べる。 お前はもう一人の生き残りゴードルフを探してくれ」
「はっ!!!」




