第七章50 クレアスとフュエ 1
―――フュエ王女視点―――
三日ぶりにブランさんと会った翌日。
私達は、いつもの様に患者さんの回診に向かいます。
状態異常回復が使える私達四人はセシリア達三人とペアを組み四手に分かれて回診に向かう事にしています。
ペアの組み合わせは毎日変えて、余った一人がアルカルド医院長と回診を行います。
これはペアを変えた方が新しい気づきが有るかもしれないと言う私達の提案でした。
そして今日から私達はブランさんに言われたように、マナの訓練も並行して行わなければなりません。
私達四人の中で今現在一番マナを感じているのはフローラです。
フローラは今までも武器の善し悪しを、マナ量をかぎ分ける事で見分けていたようです。
今回、奇病の根源に辿り着く大本命です。
そして奇病の根源に辿り着く大本命の二人目がリサです。
リサは三度のネフリムの力開放で腐食のマナに適応力が出来たのか、なんとなくこのボーヌ王国に漂う負のマナを感じる事が出来ているらしいのです。
でも『負のマナを感じている』と言っても、ブランさんに指摘されるまで気づかなかった程度、まだまだ実用に足るレベルでは無いそうです。
マナに関して一番苦労しているのはシャルマです。
情報収集を得意とするモンラッシェ共和国の気質を色濃く持つシャルマは、集めた情報をどう組み合わせて答えを導き出すかと言う論理的思考に長けています。
ですが魔法師に強く求められるのは論理的とは対照のイメージや創造と言った感覚的素養。
シャルマがいつもこのギャップに苦労しているのを私達は見てきました。
そして私はと言えば………
これまでも散々ディケム様やラトゥール様に何度も何度も言われ続けられていたのに、未だにマナを良くわかっていません。
ネロにも呆れられる始末です。
あのゴールド・ゴーレムと戦った時、確かに私はマナを近くに感じ『セイクリッドスプラウトメイス』から力を引き出すことが出来ました。
なのに今はどうしてもその感覚が良くわからないのです。
あれ以来メイスも答えてくれない感じです。
ディケム様は『焦る事は有りません。常にマナを消費するゴーレムといつも一緒に居ればそのうち理解できます』と言ってくれたのですが……
やはり自分の努力不足は否めません。
そんな感じの私達ですが………
今日の回診、私のペアはクレアスです。
クレアスは状態異常回復を使えるのですが、私達魔法師のように使えると言う事ではありません。
正直辛うじて使える、居ないよりはマシ程度だそうです。
ですから私達ペアになった魔法師が毎日クレアスに魔法を教えて、アルカルド医院長の力になれるよう鍛え上げる事にしました。
ですが…… クレアスの魔法に関しては、私は少し思う所が有ります。
セシリアの話によればクレアスは誰にも魔法を教わったことが無いのに、アルカルド医院長の状態異常回復を見ただけで使えるようになったのだとか……
にわかに信じ難い話しですがもし本当なら、回復を中々使えなかった私は少々複雑な気分です。
「あ、あの……フュエさん。 フュエさんは好きな方とか……いらっしゃるのですか?」
「……はぁ?」
考え事をしていた私に、クレアスから突然投げかけられた脈絡もない質問。
最初私は何を聞かれたのか分かりませんでした。
「あ……ごめんなさい。 僕はセシリア以外の女性とあまり話した事が無いので、女性とどう接して良いのか良くわからなくって」
「はぁ……」
どう接していいか分からなくても、あまり知らない人に突然聞く質問では無いと思います。
「クレアス。 こんな事を言うのはアレですが…… あまり知らないうちに女性に好きな人の事など聞くものでは無いですよ」
「ぁあっ! ご、ごめんなさい………」
「これから覚えてくれれば良いのです」
「はい……… それで好きな人は居るのですか!?」
「………………」
⦅もぅ~なんなのよ! この人バカなの? 天然なの!?⦆
「………お、お慕いしている人は居ます」
「そ、そうなのですか…… フュエさんに慕われているなんて、きっと凄い人なんでしょうね?」
「もちろんです! 強くて、優しくて、素敵で、いつも守ってくれて―― ……ですが、その人は私を見てはくれません」
「えっ! フュエさんを見ないとかありえないです」
「あ、あああ…ありがとう………」
「えぇ! フュエさんはとても素敵な人です! 僕は初めて見た時こんな綺麗な人がこの世に居るんだってビックリしましたから!」
「………………」⦅もぅ~何なのよ~! 本当にこの人は!!!⦆
「僕がその人だったら、絶対にフュエさんにそんな顔させないのに。 その人は見る目を持っていないのです。そんな人の事は――………」
「な、何も知らないくせに…… ディケム様を語らないで!!!」
「ご、ごめんなさい」
「………………」
「………………」
「……ちょっと言い過ぎました。 私こそごめんなさい」
その後、この日の回診中私とクレアスはそれ以上余計な話をする事は有りませんでした。
「今日はお疲れ様でしたフュエさん」
「クレアスもお疲れ様」
今日一日クレアスと回診して分かった事は、彼が非常に……いや異常に優秀だと言う事。
私達の知っている魔法の知識を教えれば、直ぐに覚えて自分のモノにしてしまう。
でもその反面、人とのコミュニケーションと言えば普通の人以下、常識知らずで無神経な所が有ります。
興味が有る事を見つけると、他人の領域に気遣い無くズカズカと入って来るのです。
集中するあまり周りが見えなくなる天才タイプだと思われます。
「あ、あの……フュエさん。 この後時間が有るのでしたら少しお付き合い願えないでしょうか?」
「……は? 別にこの後用事は有りませんが…… 仕事や学校以外で男の方と二人きりになる事はディケム様以外考えられません」
「………あははは……そ、そうですよね。 でしたら勉学だと思って割り切って頂きたい。 僕の研究を一度見てもらい意見を聞かせてほしいのです」
「研究?」
「はい。僕独自で奇病を治す薬の研究をしているんです」
「ッ―――なっ!」
「実は先日、精霊様の導きにより研究が大きく前進したのです。 その成果をフュエさんにぜひ見てもらいたくって」
「他のお友達には見せていないのですか?」
「………僕の研究は少し危ない素材も使っているのです。 ……僕は貧民なので………そんな僕の研究がバレたらセシリアとトリーノに迷惑をかけてしまう。 特にセシリアは大きな病院の娘ですからね、危ない橋は渡らせられません」
「私には危ない橋を渡らせるのですね」
「ッ―――い、いや違います! フュ、フュエさんは冒険者だから色々なものを見ているし、違う国の人だからこの国のしがらみに縛られる事は無いでしょ!? だ、だから―――」
「まぁ良いです。 私も『奇病を治す薬』と聞いて放っておく訳に行きませんからね、あなたの研究を見せてください」
「は、はいっ!」
―――ブラン視点―――
「ラフィット様。 お待たせしました」
「ペデスクロー。 良く俺だと分かったな」
「さすがにラフィット様の素体が女性の姿とは……少し驚きましたが」
「ラトゥールの趣向だ。 俺も最初は戸惑ったが、気づかれたくない相手に効果はてきめんだった。 今ではこれで良かったと思っている」
「それでペデスクロー、ボーヌの軍はどうだ?」
「はっ! ラフィット様の指示通り表向きの流通はメリダが止めています。 裏の流通もメフィストを使い全て封鎖。 ボーヌの軍は戦争できるほど食料と軍事物資を確保できていません」
「そうか……だがあまり追い込みすぎて自棄となり窮鼠になってもたまらん。 ボーヌの有力な将軍を数人調略して不戦の方向に誘導してくれ」
「はっ! ついでにダメ押しで備蓄している食料も燃やしておきますか?」
「いや。 食料は民衆の為に取っておきたい。 アルバリサ王女が立った時、民衆の支持を得るには今程流通が崩壊している現状なら食料が手っ取り早い」
「はっ!」
「ドワーフ族とロマネ帝国の動きは?」
「両国ともボーヌ王国への軍事的動きは一切ありません。 ドワーフ族に至ってはむしろ救援を欲しいのではないかと言う惨状です」
「鬼神族はそれ程強敵か?」
「それはラフィット様が一番ご存じかと………」




