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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第7章 腐りゆく王国と隠されたみどりご
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第七章48 エクスペリメント

 

 ―――ブラン視点―――


 ボーヌ王都西の外れ、家もまばらにしかない小高い丘に小さな教会が有る。

 ここは海を一望できる最高の場所だが今は誰も居ない。

 国から不要不急の外出を避けるよう戒厳令が出された為もあるが……

 教会などの場所は今、死者の数が多すぎる為布にくるまれたままの遺体が、埋葬されずに積み上げられているからだろう。


 ブランは神父すら居なくなった教会の中に入ると……

 教会の礼拝堂、最前列の椅子に息も絶え絶えな親子がもたれかかっているのが見える。

 母と娘なのだろう、二人は奇病に侵され、神に祈り召されるその時を待っているようだった。


 布で顔を隠したままのブランが二人に近寄ると、母親が一度こちらを見て微笑むだけでそれ以外の反応は示さない。

 死を待つ者にとって、近寄るものが誰であれ関係無いのだろう。

 奇病で死ぬのかナイフで刺されて死ぬのか、行きつく先は同じ死だ。

 むしろ今の苦しそうな姿を見れば、早くナイフで楽にしてほしい様にも見える。


「死を待っている様に見えるが違いないか?」

「はい。 せめてこの子が寂しくないよう…… この子が逝った後に逝きたいのです」


「今の状況を見ると、母親のお前の方が少し早そうだぞ」

「……………。 私達は信仰から自分で命を絶つ事は許されません。 ですからここでお祈りを捧げているのです。 ほんの少しだけ順番が変わる様に……と」


「だから私を見て微笑んだのか?」

「私にはあなたが、神が使わした御使いに見えました」


「私はそんな者では無いが……… そんなお前たちに一つ提案が有る」

「………………」


「私の実験にその身を捧げてくれないか? 最悪でもお前たちに死を与える事は出来る」

「私達の死が誰かの為になる…… 意味のある死にして下さるのでしたらどうぞお使いください。 それがあなた個人の為だったとしても構いません」


「そうか…… 恩に着る」



 ブランは、二人が最後の言葉を交わせるようゆっくりと歩き、娘の背に廻る。

 母親は娘と向き合い、頬に両手を添え互いに額を付け『大丈夫、お母さんも直ぐに行くから…… 愛しているわ』と娘に笑顔を向けている。


 ブランの指が娘の肩井(けんせい)(首の根元と肩先の真中)に突き立てられる。

「が!? あ、うぉが! おお、おおおお、あがががあああ!!」


 娘が苦しくもがくのを母親が『大丈夫、大丈夫』と強く抱きしめている。

 そして娘が動かなくなった後………

『よく頑張ったね、偉かったわよローラ』と動かなくなった娘の名を呼び微笑みかけた。


「ありがとうございます。 さぁ私も直ぐに娘の元へ行かせてください」

 動かなくなった娘を胸に抱いたまま母親はブランに懇願する。


 ブランは頷き、母親の背に廻り指を肩井(けんせい)に突き立てた。







 ―――マリア視点―――


 私はマリア・バルコス。

 そして娘の名はローラ。


 私はボーヌ王国でも屈指の貴族バルコス家の娘として生まれ、次期女当主として女だてらにこの国の権力闘争に明け暮れ、覇権を争って生きてきました。

 夫も権力地盤を固める為の愛のない政略結婚として自分で選びました。


 そんな私が―――

 最も恐れていたあの奇病に(かか)ってしまったのです。

 そして………あろうことか愛娘のローラまで。


『私の人生とは何だったのか?』

 奇病に侵された私を見て、それまで周りに沢山居た私の取り巻きは誰も居なくなりました。

 もう利用価値が無いと判断したのでしょう。

 それは私の夫まで同じでした。

 確かに愛のない政略結婚でしたが……

 それでも多少は縁を結んだ仲、せめて私が亡くなってから愛人の元へ行けばいいものを。


『私は何て愚かだったのでしょう………』

 大望無き権力などこれ程虚しいものなのでしょうか?

 しかし、もうそんな事もどうでも良いのです……

 死を目前にして、私の一番大切なものは愛娘のローラだけだと気づけたのですから。

 せめて……

 残された少ない時間だけでもローラの為だけに私の時間を遣いたい。


 あぁ………

 ローラが大好きだった海のそばの教会に行きましょう。

 そこで最後の時まで全ての時間を娘の為に遣いたい。

 願わくば、寂しがり屋のこの子を一人にさせたくない。

 この子が逝くまで私の命が持ちますように………

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 最後の記憶は、布で顔を隠した旅人に私達の命を捧げた事………

 あの旅人は『私の実験にその身を捧げてくれないか?』と言っていました。

 でも私はまだ死んでいないの?


 徐々に意識が戻り感覚が戻るにつれ自分の状況が分かってくる。

 辺りを見回すと……… 私と娘をあの旅人が観察している。


「わ、私は…… まだ生きているの………?」

「あぁ喜ぶがいい実験は成功だ。 お前も娘も生きているぞ」

「え………?」


 困惑しながらも、自分の体を冷静に見てみると奇病に侵されていた体が治っていました。

 ⦅え…… ウソでしょ?⦆

 ⦅あ…… 私の事はどうでも良い、娘は! ローラはどうなったの!?⦆


「ロ、ローラ! あぁ……私の大切な娘も生きている。 腐食で欠損した手足も治ってる! こんな事が……これは夢なのですか!? こんな奇蹟が――! あ……あなたは神様なのですね!? あぁ主よ――感謝いたします」


「興奮するのも分かるが……少し落ち着け。 私は神などでは無い。 お前たちの腐食ダメージが治っているのはエリクサーを使ったからだ。 それはお前たちが私の実験に身を捧げてくれた礼だ」


「あなた様が神では無いとおっしゃられますが…… 私と娘にとっては奇跡を起こしてくれた、新しい命を授けてくれた(しゅ)に等しいお方です。 私はマリア・バルコスと申します!娘はローラ。 どうか……どうかお名前を聞かせて頂けないでしょうか!?」


「…………。 私は表には出られぬ身。それに私は全ての民を救うなど崇高なエゴ思想など持ち合わせてはいない。 過度な期待をされると困るのだ。 お前たちが生きているのはただ実験が成功したから、お前たちを治したのはただの気まぐれ…… 全てお前たちは運が良かった―――ただそれだけだ」


「…………。 そ、それでも―――私はあなた様に頂いたこの命を、娘とあなた様の為に使いたいのです。 (しゅ)よ! お名前だけでもお聞かせください!」


「…………まぁ良いか……。 私の名はブランという」


 (しゅ)は私に『ブラン』とその尊いお名前を教えて下さいました。

 そしてさらにブラン様は………

『興が乗った、ならばお前とその娘にはコレをくれてやる』とおっしゃられ、ピンク色のパールのピアスを下さいました。


「それはな、巻貝からとれる珍しいパールだ。 それを右耳に着けていると良い。 私と縁があったという印だ」


「あぁ……なんて恐れ多い事です。 この様な光栄な御印まで……大切に致します」


 右耳のピアスは守護されているという意味があります。

 私と娘はブラン様の守護を頂けたのかもしれません。


「ブラン様。 我がバルコス家はこのボーヌ王国ではそれなりの横の繋がりが御座います。 もし必要な時は何なりとお申し付けくださいませ」


「ほぉ……それは面白いかもしれんな。 いつかお前の力が必要となるかもしれん。その時までに出来るだけ力を付けておいてくれ」


「はい! お任せ下さいませ」 


 私は主を得ました。

 奇病にかかる前は、王にすら心から帰順する事が無かった私は、ブラン様に心からの服従を誓ったのです。


 私は―――

 死を前に『下らない』と一度捨てた権力の座を取り戻す事を決心し………

 そしてさらにブラン様の力となる為、もっと上へと上り詰める事を誓いました。

 ブラン様の為ならばこの国をも取って見せましょう!



「あ……ゲスな事は許さんぞ」

「も……もちろんでございます。 私の強みは繋がりですから」







 ―――ディケム視点―――


「ちょっ……ちょっとディケム! なんか怖い繋がり出来たみたいだけど。 あのマリアさんって人の目、本気よ! 大丈夫なの!?」


「信仰心って怖いね………」


「そんな他人事みたいに……… ラトゥール様も何か言ってください!」


「ララ。 ディケム様は偶然だったようだが…… ボーヌ王国のバルコス家と言えばこの国で十指に入る有力貴族だ、そことの繋がりが出来た事は大きい」


「そ……そなんだ」


「あぁ…… 俺もバルコス家って聞いて『ウソだろ?』って思ったよ。 だけど使うか分からないが、フュエ王女達が目指す戦争回避に使えるかもしれない」


「なるほど……」



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