第七章47 精霊様の導き
―――クレアス視点―――
今日は冒険者パーティーの人達とお友達になった。
そして僕は何故かその中の一人、フュエさんから目が離せなかった。
もし天使様がこの世にいらっしゃったのなら、多分それはフュエさんの様だろう………
そんな事を食事の時間、僕はずっと考えていた。
そして皆との食事の時間が終わったあと、僕はいつもの様に一人で街を出て森へと出かける。
僕の日課は薬の材料になりそうな素材を探す事。
僕がそんな事を始めるきっかけとなったのは、ある素材を見つけた事からだ。
僕が育った環境は、捨て子だった僕を墓守だったお爺さんが拾ってくれ育ててくれた事から、生活するのは墓場の近くが主だった。
言葉も文字も全てお爺さんが僕に教えてくれた。
お爺さんは貧民の墓守なのに何故か文字を書く事までできた。
僕はおじいさん以外に文字を書ける貧民を見た事が無い。
『なぜ?』と聞いても……
お爺さんは過去の事は何も教えてくれませんでした。
生活基盤が墓の為、僕は墓場で過ごす時間が一番長かった。
だから気づけたのだと思う…… その『苔』の存在に。
墓場には多くの人々がお供え物を持って来る。
墓に供えられる『お供え物』は、僕が口に出来ないような美味しそうな甘味物が多かった。
少しだけと手を出そうとして、よくお爺さんに叱られたものだ。
そんなお供え物を毎日毎日眺めていた僕はある事に気づく。
『ある場所に供えられた、お供え物だけが腐りにくい』と言う事を。
日の当たる加減、風通し、湿気………など。
腐る要因は色々あるけど、その場所だけは何かおかしい。
腐りやすい腐りにくいの定義が当てはまらないのだ。
最初は神の御業とか……
そこに死んだ人の魂が有るから、とか思おうとしたけど……
僕はある事に気づく。
『お供え物が腐りにくい』場所には必ず同じ『苔』が生えている事を。
その『苔』を面白半分で調べ出すと、この街にはこの墓場の特定の場所にしか生えていない事が分かった。
そして僕の考えが確信に変わったのは、奇病に感染したネズミを見た時だった。
この国を汚染している奇病は人だけでなく、動物にも感染を始めている事に僕は気づいていた。
そんなある日。
その腐食の奇病に感染したネズミが、その『苔』を食べているのを僕は見た。
そして驚く事にそのネズミはその『苔』を食べ後、一時的にだけど回復したのだ。
結局は死んでしまったから、大人はその話をしても誰も信じてくれない。
墓場に生えている『苔』に嫌悪感も有るのかもしれない。
大人達は日増しに疲弊していく毎日に、子供の言う事など信じる余裕も無かったのかもしれない。
現状この奇病の対処法は『状態異常回復』の魔法をかける事だけ。
でも『状態異常回復』では奇病は回復できない、進行を遅くする事しか出来ない。
それなのに……
この『苔』を食べたネズミは一時的にだけど回復した。
僕はこの病気が一時的にでも回復した所など見た事が無かった。
⦅誰も信じてくれないのなら僕がやるしかない!⦆
僕は住んでいる墓場の家の納屋を改造して、その『苔』を研究する場所を作った。
お爺さんは僕がやる事に、一切の反対をしなかった。
『お前がやりたいと思う事をやれば良い』と。
僕は研究を続けこの『苔』の繁殖を成功させた。
そして何度も何度も奇病に感染したネズミに与えてみた。
結論から言うと、現状ではこの『苔』では奇病を治すだけの効力は無い。
特にネズミより体の大きい人では、今のままでは『回復』という効果は一切見られないと思う。
余程、大人たちが言っていた様に『状態異常回復』を使った方が実用的だ。
でも僕には確信が有る。
きっとこの『苔』に他の何かを加えれば、この『苔』の効力を格段に引き上げる事が出き、奇病の特効薬になってくれると。
そして僕は探し続けている『苔の効力を倍増させてくれる何か』を。
街の中で採取できるものはもう全て集めた。
あとは街の外、今は森の中を探し続けている。
そして今日、僕はとても不思議な光景を見る事になる。
それは初め、朝 診療所の手伝いに向かおうと家を出て、いつもの様に墓場の中を通って走っている時、この街では見た事も無い美しい女性が墓場を歩いているのを見かけた事から始まった。
長身で黒服を着た女性の黒髪はとても豪奢で、墓場ではとても目立って見えた。
僕にはこの美しい女性が同じ人間だとは思えなかった。
僕はどうにも気になって少し後をついて行ってみると、その女性は一つの墓の前に立ちじっと墓を見つめていた。
その墓は王族用の墓、女王様の墓石横に一つ小さな墓石が有る。
王族で子供の時に亡くなった人でもいたのかもしれない。
その小さな墓石を見つめているこの女性は王族に縁が有る高貴な人なのだろうか………
僕がこの女性が気になったのは、その豪奢で品のある雰囲気だったからだけじゃない。
この小さな墓石の周りが僕の研究している『苔』を最初に採取した場所だったからだ。
女性はしばらく墓石を見つめた後、墓場を出て行った……
僕もその後ろ姿を見送って、診療所へ向かい手伝いをしている間にその女性の事もすっかりと忘れていた。
そして僕がその女性を思い出したのは、その日冒険者の人達、フュエ達と会った後。
いつもの様に一人で研究用の素材を探しに街を出て森へと出かけた時だった。
⦅あ…… あの人は!⦆
森には似つかわしくない品のある女性が森の中を一人で歩いている。
着ている服は違うけど、あの人は今朝墓場で見かけた女性に違いない。
僕は人を覚える事を得意としていなかったけど、何故かこの人は朝墓場に来た人だと確信を持っていた。
どうしても僕はこの女性が気になり、また後をつけてしまう。
森の奥地へと歩いて行った女性は突然立ち止まり腕を上げ大きく広げる。
すると―――
⦅え…… 何が起こっているの?⦆
僕にはその女性の周りに光の膜が薄っすらと見えた気がした。
その光景に目を奪われていた僕は、女性の黒髪がいつの間にか豪奢な銀色に輝く髪色に変わっている事に気づかなかった。
⦅せ…… 精霊様………?⦆
女性が宙を飛ぶように軽やかに歩く。
僕は必至に走っても追いつかない。
⦅もうダメ! 見失っちゃう……⦆
そう思ったとき、女性が巨木の前で立止まっているのが見えた。
女性の周りには精霊オーブがいくつも飛び回っている…… これは幻じゃない!
女性が巨木の元、木の根の部分を指で『ツン』と突く動作をした時―――
僕は目を開けていられない程の暴風に襲われる。
暴風が収まり、やっと目を開けた時には女性の姿はそこには有りませんでした。
まさに狐に騙されたような僕は急いで女性が立っていた場所に走り、指で突いた場所を探りました。
するとそこには『蟻』が居ました。
その蟻の種類を見た時、僕はその場から飛び退きました!
「こ、この蟻は――― 針蟻!」
針蟻とは、森で最も恐れられる生き物の一つ。
普通の蟻と同じ集団で行動する蟻だけど、その体には蜂と同じように針を持つ。
その針には蟻酸と呼ばれる強力な酸性の毒を持ち、集団で襲われれば人でも命を落とす危険な蟻だ。
主に森の奥地に巣を作り、我々人族の生活域には殆どいない事から知らない人の方が多く、たまに出会ってしまった人がたかが蟻と侮って事故に繋がる事がある。
⦅………………。 これはどういう意味なのだろう⦆
さっきまでの夢の中のような出来事。
あの出来事が幻覚では無いとしたら、それを見た僕に何か意味のある事のはず。
僕は墓守に育てられた貧民。
神の導きや奇跡なんて信じた事は無い。
⦅でもあれは………⦆
僕は一つだけ持っていたガラス瓶を取り出す。
今まで毒性のものを持ち帰った事は無い。
確かに薬学の中に毒を使った医療も有ると聞いた事が有る。
でもそれは恐ろしい毒生物を使う事から人々から忌み嫌われ、薬としての効力も人によって違う事から邪教の技と恐れられている物だ。
『針蟻』を採集しようとしている僕の手が震える。
こんなモノを街に持ち帰った事がバレれば、ただで済むとは思えない。
でも……
僕は僕の直感を信じたい。
たぶん僕が求めていたモノの答えがコレなのだと。
その時――
クレアスの直感が確信に変わる出来事がさらに起こる。
巨木の側に奇病に侵された猿が来たのだ。
普通なら猿が毒を持つ針蟻に近づく事などあり得ない。
しかし、あろうことかその猿が針蟻を捕食しだしたのだ。
⦅間違いない! 僕が求めていたモノはコレだ!!!⦆




