第七章45 地獄の中の光り
―――フュエ王女視点―――
ブランさんと三日後に会う事を約束して別れた私達は、ボーヌ王都へ入国。
ボーヌ王国へは王族だけが知っている秘密の抜け道を使う事にしました。
たぶん正面から入国したとしても、リサがシャンポール王国を脱出して帰ってきたと言えば入国する事は容易だったでしょう。
私達も冒険者として入国審査を受ければ入る事は出来たと思います。
ですがボーヌ王国は事実上、王女であるリサとボマール王女を見捨て宣戦布告したと言って過言ではありません。
その王女が帰ってきたとなれば…… どのような待遇が待っているのか分かりません。
いま国政を掌握しているのは国家評議会、下手に正面から乗り込む事は悪手だと言えるでしょう。
秘密の抜け道は、王城へ抜ける道と街中に抜ける道が有ります。
私達が使ったのは街中へ抜ける方、誰に知られることも無く街中に紛れ込み、リサは帰国を果たしたのです。
ですが、そんな心配する必要も無かったのかもしれません。
私達が入国を果たしそこで見たモノは―――
戦場激戦区さながらに街中に溢れるケガ人ならぬ病人の数々。
奇病に侵され生きながら体が朽ちていく人々。
腐った部位を生きながらに蛆に食われ……
早く死が迎えに来てくれる事をただただ願い生きる希望を失った人々。
死人の数が多すぎて墓に埋める事すら間に合わないのでしょう、順番待ちの様に布にくるまれ積み上げられた死体の山。
街中に漂う死臭………
「これは…… 予想以上にひでぇな………」
「うっぷ…… ご、ごめんなさい。 この手の耐性が無いから」
「こ、こんな……」
言葉を失う惨状。
事前情報よりもかなり酷い現状がここにはありました。
「酷い…… 私がシャンポール王国へ旅立つときはこんなじゃ無かったのに。 確かに奇病は流行の兆しが有るとは聞いていたけど……… ここまで」
「病の大流行なんて二~三カ月で爆発的に増えるモノよ。対処の初動を間違えれば大体こうなる。 まして治療法が解っていない奇病となればこの惨状は必然よ」
「みんな! まず原因が分からないから基本的な対処。 布で顔を覆い直接空気を吸い込むことを避けましょう。 手はこまめに洗い、何かを触った手で自分を触らない事」
「「「「うん」」」」
事前に打ち合わせていた伝染病の基礎的な対処法をフローラが改めて復唱。
この奇病に対して対処法が解らない今、基本的な防衛策以外は講じられる術がありません。
ボーヌ王国で私達が初めに行った事は、現状の情報収集でした。
初めて訪れた時の衝撃が強く『もう手の施しようが無いのでは?』と思ってしまった私達でしたが、街を歩き回り丁寧に情報を集めて行くと街ではまだ多くに人々が諦めず、この病に勝つために頑張っている事が分かったのです。
その病と闘う人々の中心となっていたのが『アルカルド中央病院』でした。
私達はまずこの病院を訪ね現在の状況を聞く事にしたのですが……
私達は信用の置けないよそ者、いやそれ以上に現在の状況では敵国と言う事になります。
情報を聞くためにはまず、私達は信頼を得る事から始めなければなりません。
「初めまして。 私がこの『アルカルド中央病院』の医院長アルカルドです。 あなた達が協力して頂けると言う冒険者の方達ですか? 魔法師の方だと聞いたのですが……」
「はい。 私達はレクランと言う冒険者パーティーです。 他国の者ですがこの国の状況を耳にして来ました。 この奇病にはまだ治療方法が無く、唯一進行を遅らせられる白魔法師を必要としていると聞いたものですから。 このパーティーには魔法師が四人います、何かお手伝い出来る事が有ればと………」
「おぉ魔法師が四人も、それはありがたい! この街の現状をご覧になったのなら説明は不要でしょう。 この有様でも国は我々平民の為に白魔法師を回してはくれない。 平民の為に魔法を使える者は私のような大怪我を追って現役を引退した元魔法師くらいなもの、そんな者などこの国にはほとんど居ないのが現状です」
「そうですか…… 私達で良ければ微力ながらお手伝いさせていただきます。 まずは私達の力が役に立つのか、現状分かっている事をお聞かせくださいますか?」
こうして私達は『アルカルド中央病院』を手伝う事で、彼らの信頼と情報を得る事になったのです。
今現在、この腐食の奇病の対処法は魔法の状態異常回復を掛ける事しかないそうです。
ですが状態異常回復では奇病は回復しない。
腐食の進行を少しだけ遅らせる事が出来るだけだそうです。
これまでこの国の人々は薬、腐食部位の切除手術、回復魔法、解呪魔法………
ありとあらゆる方法を試してきましたが、解決策は見つかっていないそうです。
ある程度の情報を聞いた私達四人は、そのあと実際の現場を見る為にアルカルド医院長の後に続き患者の回診を行いました。
一人一人の容態を見て状態異常回復を掛けて行く。
私達も何かこの病気の新しい対策方法が見つけられ無いかと、真剣に回診の患者さんを見て回りました。
「ふぅ~ 疲れたわね」
「…………」「…………」「…………」
今日一日診療を終えた私達はシャルマが辛うじて声を上げられただけで、あとの三人は言葉すら出すことは出来ませんでした。
「皆さん今日は有難うございました。 今日一日だけでも皆さんの貴重な魔力を使って頂けたおかげで、疲弊しきった私達の回復の時間が取れました」
アルカルド医院長は『今日一日だけでも』と言う言葉を使いました。
私達の疲弊しきった姿を見て、私達がずっとここには居られない事を知っているからでしょう。
多分、今までも私達のような支援者は居たのでしょう。
そして皆一日回診を行い、私達と同じ結論に至って去って行ったのだと思います。
現状時間稼ぎにしかならないこの奇病対策はあまりにも魔法師の消耗が激しく、その割に気休め程度の効果しかないようです。
そして一番の問題は精神的ダメージが大きい事でしょう。
今日も瀕死だった子供に状態異常回復を掛けたけれど……
結局は腕の中でその子供は息を引き取りました。
最初私達四人は涙を流し悔しがっていましたが……
何人も何人も今日一日で子供たちが私達の腕の中で冷たくなる姿を見続けて、涙も枯れ果ててしまいました。
病気は戦争と違い弱い者順に命を奪い去っていきます。
赤子、子供、女という順に……
戦争の為に魔法を学ぶ私達魔法師は、死に対して耐性が強いと言えるでしょう。
ですが戦場で兵士が死ぬことに耐性があったとしても、子供の死を許容することは出来ません。
こんな子共の命が簡単に失われていく様を毎日繰り返し見続けていたら精神が持ちません。
白魔法師はその特性から、少なからず人の命を救いたいと誰もが願っているからです。
ここは肉体的、魔力的、精神的にも白魔導士にとって地獄と言える場所なのでしょう。
でもそんな中……
私達は彼女ら三人に出会いました。
彼女達はこの地獄のような病院の中で、絶えず患者に向ける笑顔を絶やさず光り輝いていました。
患者が欲しいのは自分を見て絶望する医者の顔じゃない。
既に手遅れの状態でも『大丈夫』と言って笑顔を見せてほしい。
彼女達は誰よりも患者の事を分かっていて、手の施しようが無くても最後まであきらめない。
彼女達三人は私達と同じ歳だと言う。
それなのに悲壮感に包まれた私達や、既に諦めてしまっている大人達を尻目に、彼女達はこの病院で一際強く輝いて見えました。
私達の弱い心など笑い飛ばすかのように強い心を持った彼女達。
その三人の名はセシリア、トリーノ、そしてクレアスと言いました。
―――ディケム視点―――
「ディケム、ブランの髪の色黒にしたんだ…… 目の色も黒。 それだけで印象って全然違うのね」
「あの目を引く豪奢な銀色の髪は力のある魔神族の特徴だからね。 ボーヌ王国に単独で潜入するときは目立ちすぎる。 まぁボーヌではスカーフを頭に巻き目しか見えなくするからあまり意味無いかもしれないけどね。」
「ねぇでも…… 髪色とか目の色とか姿を変えちゃって、あとで元に戻せるの? フュエ王女達と会ったら『本当にブランさん?』みたいな事にならないわよね?」
「そこは大丈夫。 俺が感覚的に姿を変えていたらそうなるけど、ゴーレムコアに姿を何パターンか覚えさせる事が出来るから」
「あぁ確かに…… ゴーレムってそうだったわね」
「それにしてもディケム……」
「ん?」
「自分の影とか分身使って暗躍するのって――― ますます悪の黒幕っぽくなって来たわね、あなた」
「………暗躍って言うな! これは王女達の護衛任務だから!」




