第七章42 不落の要塞ドラゴンヴィスタ
―――フュエ王女視点―――
ブランさんとヴァンさんの力試しから四日。
この四日間は驚くほど順調で、ボーヌ王国領まではもう直ぐそこと言う場所まで私達は来ていました。
そしてここが私達の旅の目的、ボーヌ王国領に入る為には最後にして最大の難所となります。
ここには『龍の寝床』と呼ばれるシャンポール王国が誇る鉄壁の砦要塞が有ります。
ドラゴンヴィスタと呼ばれる所以は、ここがシューティングスターの寝床に近い事。寝床をこの地域の人々の言葉で『ヴィスタ』と呼ぶのだそうです。
他にもヴィスタには『展望』『眺望』という意味もあるようで、地元の人々がこの龍の監視砦をそう呼ぶようになったとか。
他にもこの砦要塞を囲う長い塀を龍に見立てたのだという説も有ります。
私達は高台に登り遠眼鏡でこの街道先にある龍の寝床を観察しています。
ここはシャンポール王国の王国騎士団第五部隊カラ・エルマス将軍が預かる砦です。
王国騎士団第五部隊はマディラさんのお兄様、ジャスティノ様が元所属されていた部隊です。
そしてそれを率いるカラ将軍は、騎士団第二部隊のフォン・マクシミリアン将軍に続き直ぐに王国騎士団がソーテルヌ総隊の下につく事を提案した人物。
実質、他の部隊がディケム様の下につく流れを加速させたのがカラ将軍だと言っても過言ではありません。
そのおかげで現在の騎士団は色々な恩恵をディケム様から受け、格段に強くなったのですからカラ将軍の役割は大きかった事でしょう。
そんな人物が預かる砦、しかも『龍の寝床』と呼び名が付くほどの砦です。
そしてさらにこの砦には今、宣戦布告をしたボーヌ王国とその後ろに控えるドワーフ族国を見据えて、多くの将軍が騎士団を率いて続々と集まって来ています。
「まともにこの街道砦を通り抜ける事は無理ね」
「でもアマンダ、遠回りして南下すればシューティングスターに出くわす可能性が高いのでしょ? この場所は『竜の狩猟場』で最もシューティングスターの寝床に近いとされているもの」
「仮にシューティングスターを避けられたとしても…… やはりこの規模で騎士団が集まっていては、砦に気づかれずにボーヌ領へ抜ける事は難しいだろうな」
「シューティングスターとドワーフ族、両方を監視する為に建てられた砦、そこを任されるカラ将軍もよほどの豪傑でしょうしね」
「でも今までは同盟国のボーヌ王国が居たからこの砦も維持できたのでしょうけど…… ボーヌ王国まで敵対となっては、今ここが人族で最も危険な砦でしょうね」
「続々と王国騎士団が集まってるけど、もう戦争始まっちゃうんじゃないの?」
「それは困ります! その前になんとかボーヌ王国領に入らなければ」
「リサの気持ちも分かるけど…… この騎士団の戦列見ちゃうと、直ぐにとはちょっとね………」
結局この日は、続々と集結してくる錚々たる王国騎士団の戦列を前に、誰もここを抜けられる良い策が浮かばなかったので、遠目に砦を見張れて砦からこちらの焚火の煙が見えない場所を見つけ野営をする事にしました。
「それにしてもお前たち。 俺はブラン目的でこの旅について来たが…… あの難攻不落の『龍の寝床』を抜けて今は敵国のボーヌ領へ抜けようとか、どう見てもこれはたかが冒険者のする仕事じゃない。 お前たち何をしようとしている?」
あの錚々たる王国騎士団の戦列を見て、流石のヴァンさんもこの旅の異常さに疑問を抱いたようです。
いくら何でもここからは『面白そう』と言う理由だけで一緒に行動を共にする事は難しいでしょう。
「ヴァンさん、ブランさん、アマンダ。 さすがにここからは無関係の三人を巻き込むのは無理だと思いました。 何も聞かず私達を放って引き返して頂けませんか?」
「…………」 「…………」 「…………」
シャルマの提案に三人が少し考えて結論を出したようです。
「私は同じレクランの仲間だ。リーダーはシャルマお前だが私はお目付け役としてお前たちを放っておくことは出来ない。 最後まで付き合わさせてもらう。 もちろん理由も話さなくていい」
「アマンダ……」
「私もこのまま参加させてもらう。 こんな面白そうな事……今やめたら後で後悔しそうだからな」
「で、でもブランさん………」
「まったく…… ブランもアマンダもあの騎士団の戦列を見ても考えを変えないとか、頭のネジが外れてるんじゃないのか?」
「人の事はどうでも良いだろ? ヴァンお前がどうするかだ。 この状況で抜けたとしても誰もお前を侮蔑する者など居ない。 安心して引き返すがいい」
「はぁ? ブラン俺は止めろと言ったんじゃない。 理由聞かせろと言っただけだ。 だが話せないのなら仕方がない。話せるようになったときに話してくれればいい。 それにこのパーティーで男は俺一人、しかも惚れた女を放って一人抜ける訳無いだろう」
「それは私より強い男が言うセリフだろ?」
「うっせ― いつかお前を超えて認めさせてやる」
結局誰一人としてここで引き返す人は居ませんでした。
少しホッとしましたけど……
でもまだこの砦を抜けられる良い案が見つかった訳ではありません。
その日の夜、ブランさんが『ここを抜けられる方法に繋がるか分からないが、少し調べたい事が有る』と言って夕闇の中どこかえ消えて行ってしまいました。
この旅の間、ブランさんは毎日のように夜に情報収集と言って出かけます。
そして途中で戻って来て、夕食用の獲物を置いて『私の分は良いから皆で食べろ』と言ってまた出て行ってします。
そして朝起きると、いつの間にか戻っていて近くで寝ているのです。
一度『私も一緒に行っても良いですか?』と聞いてみたら……
『私は闇の中で動く事を得意としている。 他の者が夜の私についてこられるとは思えぬ。申し訳ないが足手纏いだ、遠慮してくれ』と言われてしまいました。
クレリック職の私は、体を動かす事が得意だったのですが……
ブランさんの動きはそう言う次元じゃ無いのでしょうね。
そして翌朝。
私達が目覚めるといつもの様にブランさんが寝ていたのですが………
近くに馬が四頭繋がれています。
「これは――」
「ブランさんでしょうね」
「これ野生馬だよね?」
「どこで捕まえて来たんだろ?」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」
私達が状況を飲み込めず話し合っていると、ブランさんが目を覚ましました。
「あぁ、みんな。 もう起きていたか」
「あのブランさん…… この馬は?」
「あぁ野生馬を捕まえて来た。 ある程度魔法で縛ってコントロールしやすくしている」
「そんな事出来るんだ……」
「人も動物も魔物もそう変わるものではない。 人に効く『回復魔法』が動物にも効くのは知っているだろ?」
「ならブランさんは人を縛ってコントロールする事も出来るって事ね………」
「まぁ…… そうなるな」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」
「それでこの馬で『龍の寝床』を駆け抜けようって事かしら?」
「簡単に言えばそうだが、他にも策を講じようと思っている。 私の案を取り上げるかどうかは別として、馬は有った方が良いと思わないか?」
『うん』と皆が同意を示す。
ブランさんの提案はとてもシンプルな物だった。
ブランさんが砦の注意を引き付けている間に、私達が馬で砦横を走り抜ける。
と言う事だった。
「で、でも…… ブランさん一人であの砦の騎士団全員の注意を引く事なんて出来るのですか?」
「そこに策を講じるつもりだ」
「俺達が砦を抜けられたとして…… その後騎士団の注意を引き付けているブランは抜けられなくなるんじゃないのか? まさか一人だけ犠牲になるなんてことは――」
「バカな事を言うな、ヴァン。 私はそんな自己犠牲論者ではない。 私一人ならあの砦を抜ける事など造作も無いと言うことだ。 この旅の本番は砦を抜けた後なのだろ? そんな楽しそうな事を前にここで脱落するつもりなど無い」
「そ、そうか…… それを聞いて安心した。 俺の目的はブランだからな」
「いつまでお前はそんな馬鹿な事を………」
結局私達はブランさんの提案以外には良い策は浮かばず、この策で行く事になりました。
決行日は明日の夜。
ブランさんは策を講じる為にまた出かけて行ってしまいました。
そして私達は明日の夜まで野生馬に乗る練習をする事になりました。
魔法で縛ってコントロールされていると言っても、野生馬を操る事は簡単な事では無いからです。
馬は四頭。一頭はブランさんが使い、残りの三頭に二人ずつ乗る事になります。
ちなみに……
私達が訓練の合間、休憩の為に野営地へ戻ると食事用の獲物が置いてありました。
ブランさん、雛にエサを与える親鳥みたいですね。
―――ディケム視点―――
「な、なにディケム…… ディケムにこんな趣味が有ったの? わ、私は…… か……構わないけど………」
記録魔石の映像に映るブランの姿を見てララがニヤニヤしている。
「こらララ違うから! これはネロとラトゥールが作戦を成功させる為に考えた事だ。 俺は嫌だったんだが…… 結論から言えば王女達に何も疑われずに同行出来ている。 今は致し方ないと思っている」
「あはっ冗談冗談だよぉ~。 それにしてもディケム、フュエ王女達の居場所掴んでいるのに連れ戻さなくても良いの?」
「良くは無いけど…… 連れ戻す事が最善とも思っていない。 このまま行けばボーヌ王国は亡ぶかもしれないしな。 でもそれを阻止できるのは彼女たちかもしれないからね」
「なるほどね。 それにしても『龍の寝床』を抜けるとか…… 成功しても失敗しても色々と問題が残る案件ね」
『…………』ララの指摘に言葉も無い。