第七章41 ブランの力
―――フュエ王女視点―――
魔神族の女戦士ブランさんと赤の牙リーダーのヴァンさんを加えた、いかにも訳ありそうなメンバーで旅が始まりました。
今日はもう日も落ち始めたと言う事で、早めに見通しの良いひらけた草原で野営をする事にしました。
火をおこし焚火の側で寛いでいるブランさんを見ると……
夕闇の中、焚火の灯火に照らし出されたブランさんのその美しさに目を奪われます。
ブランさんの装備をあらためて見ると、オリハルコン金属の軽鎧を隠すように着ているレースをあしらった黒色の布服。
そしてブランさんの豪奢な銀色の髪で目立たなかったけれど……
良く見れば首、耳、指、髪には品よくブランさんを彩る様々な宝石が付けられている事に気づきます。
本当なら鎧を着た戦士が身につけるには似つかわしくない宝石の数々。
それをレースをあしらった黒色の布服を合わせる事で違和感無く、派手になり過ぎず品よくまとめられている。
ブランさんのセンスの良さに感嘆させられます。
「ブランさん、凄い宝石ですね?」
「宝石? ………あぁ、これは宝石だが別に着飾る為の物ではない。 全て魔法の触媒となるものだ。 女の一人旅はそれなりの準備が無ければ危険が多いからな」
そう言いブランさんはヴァンさんを見る。
すると――『そんな奴が居れば俺がブランを守ってやるぜ!』とヴァンさんはブランさんの視線の意味を履き違えているようです。
そんな話をしていると……
「ヴァンよ。そもそもお前は私を守ると言うが、お前は私との力の差に気づいた方が良いと思うぞ」
「ほぉ、惚れた女に手を上げたくはないが…… そこまで言うなら俺の力をちゃんと見せておいた方が良いみたいだな」
突然そんな話の流れになってしまいました。
『ウソ…… ちょっと誰か止めて!』と私は狼狽えましたが、アマンダはこの機会にブランさんの力の程を測っておきたいようです。
腐ってもヴァンさんは赤の牙のリーダー。
サシで勝負をすれば、たとえアマンダが『次元斬』を使えるようになったと言ってもまだその練度も低く、今までの戦いの経験値の差で敵わないだろうと言います。
そのヴァンさん相手に、ブランさんがどれ程の戦いを見せてくれるのか?
いつの間にかシャルマ達も食い入るように二人の戦いを見ています。
私達の予想を裏切り、二人の戦いは静かに始まりました。
いつものヴァンさんのイメージからすると、初めから激しい激闘が始まると思っていた私達は、逆に静かに始まる事でヴァンさんの本気を見た気がしました。
でも……
「ブラン…… いくら何でも刀を抜かないとかどう言うつもりだ?」
「フン、刀を抜かないと本気じゃないと思っているのか? そんな単純な思考だからお前は弱いと言っているのだ」
「何だと?」
「現に私が刀を抜かない事でお前は躊躇している。 戦いとは相手が実力を出し切る前に倒してしまった方が勝つ確率は上がる。 相手の実力を全部出し切った上で勝つなど愚の極みだと私は思っている。 真剣勝負での負けとは死を意味するものだ、負ければ次など無いのだからな」
「くっ…………」
ブランさんはそう言い――
右手の薬指にハメている紫色の宝石が付いた指輪に口づけをし、怪しく微笑します。
「………………」
皆がブランさんのその一挙手一投足に注視しました。
特に対峙しているヴァンさんは最大限の警戒を怠ってはいません。
ブランさんは他にはおかしな動きはしませんでした。
だけど……
ブランさんは『既に準備は終わった』とばかりに微笑んだあと、ゆっくりとヴァンさんに向かって歩き始めました。
ブランさんは刀も抜かず、拳を構えるでもなく、ただ無防備のままゆっくりと歩いているだけ………
だけど、明らかに今動揺し焦っているのはヴァンさんの方。
いつもの様に踏み込んで剣を振り下ろせばブランさんはそこに居る、斬る事など容易に思えるのに………
でもヴァンさんはブランさんが無防備だからこそ動けないようにも見えます。
「…………。 話にならんな、ヴァン。 既にお前は私の術中にはまっている事も分からないのか? もうお前は詰んでいるのだぞ」
「なっ………なんだ? 何かしたのか?」
「お前が持つその剣で私に斬りかかってみれば分かる事だ…… これほどバカにされてもお前は私に斬りかかれぬのか? そんな腰抜けに私がなびくとでも思っているのか?」
ブランさんはヴァンさんに、とにかく斬りかかって来いと言います。
対峙した時点で敵は敵、無手でも女でも躊躇などするな、情けなど無用だと。
剛剣を売りにしているヴァンさんの一番の弱点は――
その真逆、無手のか弱い女性なのかもしれません。
ブランさんの行動と言葉に、ヴァンさんは二重にも三重にも精神的に追い込まれているようです。
そして追い込まれたヴァンさんは『クッソォオオオ―――!!!』と叫びながらブランさんに斬りかかります。
もちろんそんな腰の引けた剣などブランさんにあたる筈もありません。
一度ためらいを捨てたヴァンさんがブンブンと大振りで斬りかかっていきました。
だけどその剣はブランさんには当たりません。
最初は私達もそんな大振りの剣など当たる筈も無いと笑っていましたが……
でも……『あれ?』と皆なにかおかしいと気づき始めました。
最初は無防備のブランさんに斬りかかる事をためらっていたヴァンさんも、一向に剣がかすりもしない事に徐々に熱が入り、今は一振り一振り真剣に斬りかかっています。
でも剣はブランさんには一切当たりません。
「くっ……くそっ!!! どうなってやがる? 全然当たらねぇ」
ブランさんはただゆっくりとヴァンさんに向かって歩いているようにしか見えません。
なのにヴァンさんの剣がブランさんを避けている様に剣は当たらないのです。
「ど……どうなってるの?」
「解らない。 ブランさんが避けている様には見えないのだけど……」
そしてヴァンさんの目の前にたどり着いたブランさんが………
一瞬夕闇に溶け込んだように見えました。
次の瞬間―――
ブランさんはヴァンさんの懐、少し動けば互いの唇が交わるほど間近に現れました。
「えっ……?」
普通ならこんな美女が、吐息が掛かるほど間近に来れば男は誰でも喜ぶでしょう。
でも今のヴァンさんは、まるで死神にでも吐息をかけられているかの形相で、目を見開きブランさんを見ています。
『あっ……』ほんの一言、言葉を絞り出したとき―――
ブランさんがヴァンさんの胸元を『トンッ』と指先でちょっと小突きました。
それは見ている私達も、時間が止まっているかのように錯覚する感覚でした。
次の刹那……
ヴァンさんはまるでゴーレムにでも殴られたかのような物凄い勢いで遠くまで弾き飛ばされ、そのまま仰向けのまま大の字で動かなくなりました。
「ッ―――なっ!」
その力の差は圧倒的。
さすがのアマンダも目を見張り、言葉を無くしてしまいました。
戦闘が終わり、大の字で動かなくなったヴァンさんの元へブランさんが歩いて行きます。
「どうだ? ヴァン」
「さすが俺が惚れたブラン。俺の目に間違いはなかった。 さらに惚れ直したぜ」
「まったくお前は…… 減らず口だけは一端だな」
ブランさんは動けないヴァンさんと一言二言話した後、『ミドルヒール』をかけて癒しました。
ダメージが癒え、立ち上がり首や腕を回しながらヴァンさんが『回復魔法まで使えるのか……』と呟きました。
『女の一人旅だ、回復魔法を使えるのは当り前だろう』と答えるブランさんの言葉に、『うっ……』とアマンダが地味にダメージを受けていました。
その夜は焚火を囲み皆でブランさんに質問攻めしましたが、基本『女の秘密を聞くものではないぞ!』とほとんどの事ははぐらかされてしまいました。
でも少しだけ教えてくれたのは、ブランさんの指にはめられた数々の宝石。
今回の戦闘で使ったのはその中の一つ、右の薬指にハメられている紫色の宝石。
私達は紫色なのでアメジストだと思っていたのですが、パープルダイヤモンドなのだそうです。
そこに込められた魔法を使ったのだと教えてくれました。
でもそれ以上は『詳しくは秘密だ……』と教えてくれませんでした。
ヴァンさんとの戦いを考察してみると幻覚や麻痺などの効果があるのではないかと私達は推測しています。
私は戦闘前にブランさんが言った言葉を思い出しました。
『これは宝石だが別に着飾る為の物ではない。 全て魔法の触媒となるものだ』
と言う事は―――
あの身に着けている全ての宝石が、今回のパープルダイヤモンド以上の魔法を秘めていると言う事でしょうか?
―――ディケム視点―――
「ディケム様…… お疲れの様ですね」
「あぁラトゥール。 ゴーレムへの憑依には慣れてきたんだが…… 女性になり切るのは中々難しい」
「あはぁ。あはははは――…… あ…… い、いや中々に素晴らしい淑女っぷりでした。 さすがはディケム様です。 特に宝石魔法という特性を設定付けたのには感嘆致しました! また魔法石に記録された次の記録を拝見するの楽しみにしております」
俺はじろりとラトゥールを睨んだ……