第七章39 竜の狩猟場 救出
―――フュエ王女視点―――
ボーヌ王国はシャンポール王国から北西の地、ドワーフ族国との国境近くにあります。
シャンポール王都からボーヌ王国へ向かうには大きく分けると二つのルートになる。
一つは西ルート、ロワール平原を抜け黒の森から北に行くルート。
もう一つは北ルート、シャンポール王都から北に向かい魔の森手前の街道から西に向かうルート。
どちらから行っても王国騎士団の砦の近くを通らなければならずリスクは同じだけど、私達は北ルートを選びました。
西ルートにはディケム様の故郷サンソー村が有るからです。
ディケム様、四門守護者の三人、そしてウンディーネ様……
今も続くディケム様の英雄譚はここから始まったのです。
リスクを極力避けたい今、この村を通る事は避けた方が良いでしょう。
⦅個人的には…… ディケム様の生まれ育った故郷を見てみたいのですけれど⦆
シャンポール王国を出て二日目。
私達は大きな表街道を通る事は避け、近道でもある小さな裏街道を通りボーヌ王国を目指していました。
ここで私達は一番恐れていたモノに出くわしてしいました。
ボーヌ王国へ向かうには、西ルートでも北ルートでも必ず『竜の狩猟場』近くを通らなければならないのです。
そこには活動期に入ったシューティングスターと云われる竜が居ます。
私達はシューティングスターに見つからないよう、最新の注意を払い裏街道を進んでいました。
すると……
ドォオオオオオ―――ン!!!
ダァアアアアア―――ン!!!
凄まじい轟音が聞こえてきます。
『な、なに?』怯える私達でしたが、アマンダは直ぐに高台に登り懐から遠眼鏡を取り出し、音のする方角を確認します。
「あれは―― どこかのバカがシューティングスターと戦っているみたいだ」
「ウソでしょ? あんなのに勝てるはず無いじゃない!」
私達はボーデンドラーゴ討伐の時に見たシューティングスターの姿を思い浮かべ畏怖しました。
「そ、それでどうなの? もしかして勝てそうなの?」
「いや、二人組だが逃げ回っている」
「そりゃそうよね……」
問題は私達がこの後どう行動するかでした。
普通に考えれば、シューティングスターが居なくなるのを待つ。一択でしたが……
「あの二人組の一人は…… 赤の牙のヴァンだ」
「はぁ?」
赤の牙のヴァンって……
ゴーレムチャレンジの時にレクランに喧嘩を吹っ掛けて来た人。
民衆の守り手、冒険者パーティー四牙隊の一つ、赤の牙のリーダーです。
シャルマと大喧嘩していた人を私は思い出します。
「な、なんで赤の牙のヴァンさんがシューティングスターと……」
「知らないわよ。 あいつはバカだから腕試しとか言ってシューティングスターに挑みそうだけど……… 問題はもう一人の人ね、もう一人は女性よ」
「じょ、女性!? 女の人がシューティングスターに襲われてるの?」
「ヴァンだけだったら放っておいたけど…… これは見過ごせないわね」
「で、でも見過ごせないって言ってもシューティングスター相手じゃ私達でも何も……」
「いや、我々人族だってバカじゃない。 これ程長い年月、王都近くにシューティングスターが住んでいるんだ。 人族だってそれなりの知恵を付け対処法を考えて来た、方法はある」
そう言いアマンダは私達に火薬筒をいくつか手渡してくれる。
「これに一切の殺傷能力は無い。 大きな爆発音が出るように作られたただの火薬筒だ」
「ただの音だけなの?」
「あぁシューティングスターは耳が良いんだ、だから大きな音を嫌がる。 多分さっき聞こえた爆発音はヴァン達もこれを使ったのだろうけど、二人で使っても意味がない。 だけど四方からこれを何度か鳴らせばシューティングスターも嫌がって去って行くはずだ。 コツは引き時を間違えない事、決してシューティングスターを怒らせてはいけない。 シューティングスターが嫌がるのを良い事に、あまりしつこくして怒らせてしまえば…… こんな小手先の方法も効かなくなる」
『う、うん……』と私達は頷いたものの……
音だけでシューティングスターを追い払うって…… 本当に出来るの?
そんな半信半疑のままの私達に『さぁ時間がない、みな行くよ!』とアマンダの指示が飛ぶ。
冷静に考える時間すらなく私達は指定された各々の持ち場に走ります。
ま、まさかシューティングスターと対峙する事になるなんて……
私はいつも側に居てくれたディケム様とネロがいない不安をひしひしと感じています。
いつも自分が守られている事をあらためて実感させられます。
⦅頑張らないと! 私はいつも守られていたけど……⦆
⦅シャルマ達はいつもこんな不安を抱え、自分一人で戦って来たはずだから!⦆
私は引きこもっていた夢からディケム様に連れ出して貰った。
あの時自分の幸せを願った私は、死ぬことを恐れ弱くなった。
でもディケム様はそれで良いと言ってくれた。
死にたがりの命知らずの強さなんてガラスで出来た諸刃の剣。
一度失敗すれば元に戻せない程粉々に砕け散ってしまいます。
⦅私はみんなと一緒に少しずつ強くなっていくの!⦆
私達はヴァンさん達が逃げてくる場所に、西方面だけ空けてコの字の囲みを作ります。
西側にシューティングスターの逃げ場を作り、周りを囲み音で驚かせる作戦です。
ヴァンさん達が私達の待ち受ける場所に入ってきました!
草むらに隠れていた私達が見上げると――
空を覆うように圧倒的存在のシューティングスターがそこに居ます。
⦅ッ―――ヒィッ!!!⦆
私達は今にも持ち場を捨てて逃げ出したい衝動を抑え、必死にアマンダの合図を待ちます。
⦅ま、まだなのアマンダ!? 怖いっ! はやく――⦆
あと数秒遅かったら私達の誰かが恐怖で暴発してしまったかもしれません。
でもそれよりも少しだけ早くアマンダが動きました!
コの字の罠の北に居るアマンダが草むらから立ち上がり火薬筒を使いました。
その時を待っていたとばかりに次々に東、南と私達は立ち上がり火薬筒に火をつけました。
ドォオオオオオ―――ン!!!
ダァアアアアア―――ン!!!
ダァアアアアア―――ン!!!
ドォオオオオオ―――ン!!!
ドォオオオオオ―――ン!!!
火薬筒を使った自分も驚くほどの大きな轟音が辺り一面に鳴り響きました。
シューティングスターも突然の爆発音に驚き怯むのが分かります。
『もう一回!』とアマンダが火薬筒を使うのに合わせ私達も必死に火薬筒を使います。
ドォオオオオオ―――ン!!!
ダァアアアアア―――ン!!!
ドォオオオオオ―――ン!!!
ダァアアアアア―――ン!!!
ダァアアアアア―――ン!!!
ドォオオオオオ―――ン!!!
ダァアアアアア―――ン!!!
今度は私達の火薬筒に合わせてヴァンさんともう一人の女性も火薬筒を使いました。
⦅お願いっ!!! シューティングスターこれで逃げて―――⦆
次の火薬筒に手をかけ、私達はじっと息を殺しシューティングスターを睨み続けます。
「――――」 「――――」 「――――」 「――――」 「――――」
私達の祈りが通じたのか、シューティングスターはゆっくりと上空へ飛んで行き、西へと去って行きました。
『はぁああああ――…… たすかった~』と皆、力が抜け地面に腰を落としました。
少しだけ皆で息を整える時間を作り、ようやく落ち着いたところでヴァンさんともう一人の女性を見上げました。
すると――
「えっ!? ラトゥール様……? じゃないか……」
ヴァンさんと一緒に立っていた人は。
女性にしては長身で、後ろで束ねた銀色に輝く豪奢な髪を持ち、彫刻の様に白い肌と見られれば吸い込まれそうな切れ長で闇夜でも光りそうな金色の目をしています。
人族ではあり得ない程整った容姿と引き締まった肉体美。
誰が見てもラトゥール様と同じ魔神族の女性がそこに立っていました。