第七章37 ボーヌ王国 幼馴染の三人
十三年前、ボーヌ王国では大きな奇病が流行した。
その奇病に感染すれば徐々に体が腐っていき、時期に命まで落とすと言う恐ろしい病気だ。
人々はその奇病を恐れ、ありとあらゆる解決法を模索した。
薬、腐食部位の切除手術、回復魔法、解呪魔法………
しかし何を行っても奇病を直せる治療は見つからず、しまいには魔女狩りまで行われる始末だった。
奇病の大流行は一年ほどである程度の落ち着きを見せたが、無くなった訳でも治療法が見つかった訳でもなかった。
それからも毎年奇病にかかる人は居て、百人ほどの人が奇病が原因で死んでいた。
それはボーヌ王国の人々の心に、真綿で首をじわじわと締められるような恐怖を植え付けていった。
そして奇病の大流行から十三年たった今、またこの国を奇病大流行の猛威が襲おうとしていた。
だがそんなボーヌ王国にもまだ、必死に奇病に立ち向かおうとしてる人たちが居た。
「ねぇクレアス。 この国民が病気で大変な時に、この国ボーヌ王国は大国同盟から離脱して戦争を仕掛けるって噂本当なの?」
「あぁセシリア、僕も同じ噂を聞いたよ。 とても国のお偉方さん達は正気とは思えないな。 そう思わないかトリーノ?」
「そんな事言ったって、ただの平民の俺達には何もできる事も選ぶ権利すら無いだろ。 戦争になれば身分の低い俺達から真っ先に戦争に連れて行かれて、人間の盾とされるだけだ」
「国同士の争いとか大きな事は今僕たちが考えても仕方が無いよ。 それよりも僕たちが今出来る事は、猛威を振るっている病気で苦しんでいる人々の役に立つ事だろ? リーダー」
「もぅ…… クレアス。 私をリーダーって呼ぶのやめてよ! むしろ本当にリーダーに相応しいのはクレアスだと私は思うわ」
「それが無理な事は言わなくても分かるだろ? 良いじゃないか、僕はどう考えても三人のリーダーはセシリアが適任だと思ってる。 僕もトリーノも人を助けたいと言う気持ちは有るけれど、それを即実行に移せる行動力が無い。 それに僕達を『手伝って』と連れ出したのはセシリアだろ?」
クレアスが『言わなくても分かるだろ?』と口には出さなかった事は、この三人の中でクレアスだけが孤児で貧民だったからだ。
クレアスがそれを口にすれば、セシリアもトリーノも『そんな事を言うな!』と怒るが、この国では現実に貧民と平民には大きな壁が有る事をクレアスは身をもって知っている。
シャンポール王国よりも貧富の差が激しいここボーヌ王国では、貧民街の人々への差別が強く、特に親の居ない出生の分からない孤児達は能力鑑定の儀すら受ける事は出来なかった。
この国では貧民の出と言うだけで、リーダーには相応しくない理由となる。
「セシリア。本当に奇病に立ち向かいたいのなら奇病の大流行が始まりそうな今、ちゃんとリーダーが誰か決めた方が無駄な時間が省けて良い」
「俺もセシリアがリーダーに一票だ」
「クレアス、トリーノ…… わ、分かったわよ。 その代わりリーダーの命令には逆らわないでよ。 奇病で母を亡くした私の願いは奇病から一人でも多くの人を助ける事。 良いわね」
「わかった」
「あぁそれでいい」
セシリア、トリーノ、クレアス。
この日、幼馴染の三人は十三年前から国民を苦しめ続けてきた奇病に立ち向かう決意を新たにした。
今三人が必死に手伝いをしているのは、セシリアの父親が営んでいる病院だ。
ボーヌ王国でも比較的大きいこの病院も、やはり治療法が確立していないこの奇病に対して出来る事は少なかった。
この腐食の奇病、現在出来る対処法は魔法の状態異常回復を掛ける事しかない。
だが状態異常回復では奇病は回復しない。
けれど腐食の進行を少しだけ遅らせる事が出来るのだ。
この病院には、医院長のセシリアの父親が状態異常回復を使う事が出来る。
しかし使えるのは一人だけ、しかも一日一回は患者に状態異常回復を使わなければ奇病の進行を遅らせる事は出来ない。
だのに今週に入ってから、奇病患者が次々と運ばれてくる……
病院に状態異常回復を使える医師が居る事が珍しいからだ。
白魔法師と医者は別物。ただでさえ魔法師が希少な人族では白魔法師は基本軍の管轄となり、一般市民を治す事はほとんどない。
既に病院のベッドはすべて埋まり、廊下にも患者が溢れている。
しかし患者たちは藁にも縋る思いでこの病院に駆け込んで来る。
たとえ病気の進行を遅らせるだけ、少しだけ延命しているだけだと誰もが周知しているにもかかわらずだ。
この状況ではとても一人で患者を全て診る事は出来ない。
既に医療崩壊に陥っている事は誰が見ても明らかだが、人一倍心優しいセシリアの父親は患者の受け入れを断る事が出来ないでいた。
セシリアに呼ばれたトリーノ、クレアスは、とりあえずセシリアの指示通り、見よう見まねで看護師見習いの仕事を手伝う。
患者で溢れかえっている病院では、それだけでも有難い事だ。
「おぉトリーノ君、クレアス君。手伝いに来てくれたのか、ありがとう」
三人が患者の面倒を見ていると、セシリアの父親が患者を診る為に廻って来た。
そして患者の容態を見て……
≪――ανάκτηση・κατάστασης(状態異常回復)――≫
状態異常回復を唱える。
治療魔法を受けた患者は『先生有難うございます』とセシリアの父親にお礼を言っている。
その横で……
初めて間近で治療魔法を見たクレアスは、自分の中に今まで感じた事のない感覚に襲われていた。
⦅なんだこれ…… 今の魔法僕は理解できている?⦆
⦅これもしかして…… この手の中の温かい何かを患者に向ければ――⦆
セシリアの父親が患者を治療している横で、セシリア、トリーノも手伝いをしている。
その横で突然――
両の手の平をじっと見ていたクレアスの手の中に光が集まりだす。
「ッ――!!! ちょっ……ク、クレアス? なにを?」
皆が目を見張りクレアスを見る中、クレアスは両の手の平に集まった光りを患者の幹部に流し込む。
「こっ……これは! 状態異常回復…… クレアス君、きみ魔法を……」
「なんか…… 先生の魔法を見たら何故か理解できたんです」
「凄いじゃない! クレアス」
「うん。 すげーぞクレアス!」
幼馴染のセシリアとトリーノは、親友が突如使った魔法に大喜びしたが……
四年間魔法学校に通い、やっと 状態異常回復を習得したセシリアの父親は、そのクレアスの異常さを理解していた。