第一章3 知慧の書
午前中は父の手伝いをし、午後は本屋に通う。
そんな毎日を送っていたある日、俺はその本に出会った。
表紙はボロボロでほぼ読めないが、かすかに読み取れる文字から考察するに、古代語で書かれているようだ。
オーゾンヌ曰く、古い【いにしえの呪文書】だとか………
正直、そんな胡散臭い本は毎週毎週、何冊も古本屋に持ち込まれる。
今回の本もまた、胡散臭い本だろうと中を開くと【古代神聖語】で書かれた本だった。
俺はもう、古代語は完璧に理解することが出来るようになったが、今ちょうど古代神聖語に手を出し始めたところだった。
古代神聖語の本は少ない、というより古代語の本の中に、文献や研究として少しだけ載っている言葉しか見たことがない。
教会などに秘蔵されている文献には有るのかもしれないが、俺がそんな本を見られる訳がない。
この本は、一冊すべてが古代神聖語で書かれている。
オーゾンヌの言う【いにしえの呪文書】っていう胡散臭い言葉は置いておいて、古代神聖語の勉強にはちょうど良かった。
俺はその本の内容は半信半疑で読みだすと、いつしかその内容に引き込まれていった。
その本は【隠された知慧の書】と書かれた錬成術の様な、魔術の元についての本だった。
『魔法を錬成したり作り出したりする』そんな事は聞いたことがなかった。
この世界での魔法は、
【白魔術:回復、補助など、神聖系の魔法】
【黒魔術:攻撃系の魔法】
【青魔術:魔物の技をラーニングする】
【召喚術:契約した魔物を召喚する】
その他にも細かな分類があるが、大まかに分けるとこの四系統が良く知られている。
しかし、この本に書かれているのは魔法の錬成術。
確かに、現在ではこの四系統の魔法が当たり前に魔法のすべてのように扱われているが、おおもとをたどれば大昔に誰かが作り出した術だ。どれだけ強力な魔法でも全て一つの術でしかない。
勝手に誰かが系統立てて四系統魔法としただけだ。
おれは、この本に夢中になった。
常識人が見たら、胡散臭いただの空想の本に見えるだろう。
しかし俺はまだ六歳の、ただ夢に夢中なクソガキだ。
疑ってかかるという懐疑心など無く、その本に没頭した。
本に書かれていることは難しく、また頭で理解することだけではなく感覚的なことも書かれているから、さらに解らなくなる。
既成概念が固まった大人には、理解は出来るが信じる事が難しい内容だろう………。
しかし既成概念がない子供には、その内容が難しくて理解が及ばないだけで真には受ける。
解らないことや理解できないときは何度も繰り返し熟読するしかない。
俺は毎日毎日、本屋に通いその本だけを何回も何回も繰り返し読むようになった。
そんな毎日を送っていたある日、
『そう言えばディケム、六歳の誕生日プレゼントをまだやっていなかったな』
オーゾンヌがそんなことを言い出し……
「その本がそんなに気に入ったようならば六歳の誕生日プレゼントだ、持っていけ!」
なんとその本をプレゼントされた――!
やばい! ほんとに嬉しい!
「ありがと! オーゾンヌ!」
その日から俺は毎日毎日、その本を朝でも夜でも繰り返し読み、本の内容を全て暗記するほど繰り返し読み込んだ。
そんな毎日の中、ある日【隠された知慧の書】に書かれているマナについて、考えてみることにした。
『マナはどこにでもある。自分の中にも、草木にも、家の机や椅子にも。 まずは自分の中のマナを感じることから始め、マナを空気のようにごく自然に感じられるようにする』
………と書いてある。
まず、全く言っている意味が分からない………。
「なんだ? マナって?」
どうすれば最初の一歩となるのか、その踏み出す一歩の意味すらわからない。
俺は毎日の生活の中で、マナを感じることを考えながら生活することを心がけた。
木を伐り、本屋に行き、帰ってきて【知慧の書】を繰り返し読む。
食事の時間、寝る時間、そのすべての時間マナを考える。
毎日毎日毎日毎日―――………
そんなある日、木に斧を振り下ろすときに木の回りを覆う、うっすらとした【気】の幕のようなものを感じた。
そして、自分の持っている斧にも――!
その斧に帯びている【気】の一番輝いている位置を、木を覆う【気】の一番うすい位置に叩きつける!
ッ―――ザシュ!!
(えっ?)
いつも、三十回~五十回は木に斧を打ち付けて倒すが、水を切るかのように斧が木を切り裂いていった!
あまりの事で自分でも驚いていると後ろにいた父のアランも、信じられない物を見たように目を見張る。
「いま…… なにをやった?」
「いや、自分でもわからない。 木の『ここだ!』という所に斧を叩きつけたらこうなった」
少し考えた後、父は嬉しそうに笑い言う。
「剣士か何かの才能なのかもしれないな―― 八歳の能力鑑定が楽しみだ」
その日から、まだなんとなくだが、マナを感じることが分かるようになってきた。
その感覚を磨けば磨くほど、少しずつマナは濃く見えるようになっていく。
マナが分かってくると、世の中の理がなんとなく分かるようになってくる。
火がどのように燃えているのか、どのようにすると火力が上げられるのか。
魔法を使うときの魔力とは何なのか?
魔力とはマナだ!
人、動物、虫、植物、土、水、この星、全ての物が持っているエネルギー。
そのエネルギーがマナだ!
では自分の魔力を使い切ったらどうしたら良いのか?
自然界にいくらでもマナがある、そのマナから分けてもらえばいい。
そしてマナを意識して、使えば使う程自分の持つマナ、魔力も大きく鍛えられていく。
しかし、ただやみくもに魔力を使っているだけでは、効率よく鍛えられない。
【隠された知慧の書】には、イメージが大切だと書いてある。
マナをろ過するイメージで純度をどんどん上げていき、その純度を上げたマナを薄い布を折りたたむように圧縮していく。
この純度が上がりさらに圧縮しまくったマナで、魔法を構築したらどうなるのだろうか?
俺は両親が寝ている深夜に家を抜け出し森の奥の崖に面した広場へ向かった。ここは最近の俺の練習場所だ。
「やはり最初は、誰でもあこがれる魔法第一位! 火炎球でしょ!」
本屋で普通の魔術書も何度も読み返して呪文を暗記した。
その時は魔術師の才能・スキルが有るかどうかもわからなかったから、ダダの趣味の知識として呪文を覚えた。
でも、マナの理をつかんできた今の俺はたぶん才能が無くても魔法が使える!
………はず!?
まずは、普通にマナを圧縮せずに火炎球の呪文を唱え撃ってみる。
≪――Φλόγα μπάλα(火炎球)――≫
イメージ通りの火球が崖に向かって飛んでいき、衝突と共に爆ぜて爆音を発する!
ゴオッ—————!! ドンッッッ——!!!!
「や…やばい! 凄い威力だ!」
しかし、呪文を唱えたが呪文で火球を作り出すというより、マナの力を借りて火球をイメージして打ち出す…… そんな感じだった。
呪文とは、マナを認識できない術師がマナを炎や氷に変換するシステムのようだ。
マナ自体を認識し、操作できれば、呪文など必要ない。
これは、速さにおいてかなりのアドバンテージになる。魔法使いの弱点はスピードで、接近戦では剣士のほうが圧倒的に強い。魔法使いが呪文を唱えている間に剣で切ってしまうほうが早いからだ。
そして、マナを操作して直接魔法を作るメリットはまだある。威力調整だ。
呪文による魔法は、決められたマナの量を自動的に物質に変換する。
熟練した魔法師は無意識にマナを圧縮して威力を上げるが、呪文で変換している時点でその上限は決められてくる。
しかし、マナから直接変換すればその威力はいくらでも調節可能だ。
俺は圧縮したマナだと、火炎球の威力はどれほど上がるのか興味が湧いた。
さらにマナを調整していけば威力はどこまで上げられるのか?
試してみたいが――。
最初の試し打ちで、夜中に物凄い爆音が響いた………
残念だが今日は急いで帰ったほうが良いだろう。
この小さな村で、火力のある魔法を練習することは難しいかもしれない。
しばらくは、マナの強化と操作、魔法の威力を抑える練習をすることにしよう。
自分の感覚だがマナ操作の訓練は、出力を上げて威力を増すことよりも、むしろいかに小さな出力に抑えそれをコントロールするか、この方が難しく訓練になると思う。
今日の訓練はこれでおしまい。
俺は来た道を急いで戻り、こっそりと家に帰り布団にもぐり込んだ。
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