第七章35 決意
―――シャルマ視点―――
「………………」
「………………」
フュエと二人の帰り道。
今日は目覚めたリサのお見舞いに行く予定になっている。
今は学校に行くことが出来ないフローラを誘ってから、三人で行くと約束している。
朝、通学前に『リサが目覚めた』と聞いたフュエは凄く喜んでいた。
それが今は……
これから帰宅してお見舞いに行くと言うのに、何か思い悩んでいる様でおかしい。
「ねえフュエ、さっきから考え事ばかりしてるけど何かあったの?」
「え? あっごめん。 リサの事考えてた……」
「そうだよね…… もしリサにこの前の記憶が有るのだとしたら、それは辛い事だよね」
「うん。 私ならきっと耐えられない」
「でもだから私達がそんな顔してたらリサが悲しむんじゃない? いつもの変わらない笑顔で会わなきゃダメでしょ」
「あっ…… そ、そうだよね。 こんな顔見せたらリサが傷つくよね」
「うん。 私達四人はどんな事が有っても友達って約束したじゃない。 いつもと変わらず笑顔で会いに行こうよ!」
「うん」
『リサの事を考えていた……』フュエの言葉は嘘ではないけど、半分は本当じゃ無いと思う。
フュエは何か誤魔化す時、必ず左の耳を触る癖がある。
ソーテルヌ邸へ戻り、リサと同じ学校を休んでいるフローラと合流する。
フローラに私とフュエが学校の授業をノートにまとめた物を渡す。
フローラとリサは、このノートを元に自宅学習している。
まぁこのソーテルヌ邸には、先生が沢山いるから学業が遅れる心配はないでしょう。
本当の事を言えば、フローラは自宅学習しなくても良い立場である。
結局今も続くこの事変は、ボーヌ王国が『人族五大国同盟』から勝手に離脱して形だけの宣戦布告をしてきただけ。
内部から天使を使っての国落としが失敗した今、国内に奇病が蔓延しているボーヌ王国は戦争どころではなく宙ぶらりんの状態だ。
そしてロマネ帝国とドワーフ族国はボーヌ王国と同盟を結んだだけで、それ以上の事は何もしてこなかった。
要はもともと『人族大国同盟』には参加していなかった帝国は、現状なにも変わらないと言う事だ。
だけど標的にされたシャンポール王国の人々の心情はそうはいかない、特に感受性の強い年頃の学生は自制させるのが難しい。
結局学校側は、問題が起きる前に仮措置として、フローラにも暫く自宅学習をお願いしたのだ。
三人並んで、私がリサの部屋の扉をノックする。
ディケムさんがリサの為に付けてくれているメイドが、部屋に招き入れてくれる。
ボーヌ王国の従者は皆、リサを恐れ逃げてしまっている。
私達を招き入れた後、メイドは気を利かせて『御用の時はお呼びください』と席を外してくれました。
『リサ。 よかった…… 怪我も無いようで』
私が話しかけるとリサは、少し怯えを見せてうつむく。
「リサ…… 私達は大丈夫だよ」
「フ、フュエお姉様……」
「わたし…… 人では無いのですって。 天使……いや、堕天使と人との間に生まれたネフリムと言うのだそうです」
「「「……………」」」
私達も既にディケムさんから聞いていました。
人としても心が弱いリサが…… よりにもよって堕天使と人との間に生まれたネフリムだと知らされた。
普通の人でも押しつぶされそうなその真実に、心の弱いリサが普通で居られるはずが無い。
「わたし、堕天使だった時の記憶が少し有るのです…… だから怖くてパニックになっていた私を見かねて、ソーテルヌ様がいろいろ話してくれました。 少しでも知識が有れば無暗に恐れる事は無いと……」
「「「……………」」」
「私…… お姉様たちに迷惑はかけたくありません。 人でもない私なんかに関わってはなりません!」
「そんなリサ! あなたがネフリムだろうが何だろうがリサはリサよ!」
「なぜ…… ソーテルヌ様は堕天使となった私を殺してくれなかったのでしょう……」
『『リサ………』』
私とフュエは言葉を失う。
もし私が同じ立場だったら、たぶん同じ事を想ってしまうだろうから……
でもフローラは気丈にリサに言い放つ。
「リサ。 キツイ言い方になるけど…… 死ぬなんて楽な方法ソーテルヌ卿は許してくれないわ。 あなたがネフリムなのはあなたのせいじゃないけど、ネフリムとして生まれてしまった以上、あなたには役割が有るはずよ」
「役割って……?」
「私に分かるはず無いじゃない。 だけどソーテルヌ卿はあなたを殺さなかった。 あの堕天使の力を見たら、殺さないで戦う事の難しさは誰だって分かるわ」
「私は生かされた……」
「そう。 でもソーテルヌ卿の思惑で勝手に生かされたのなら…… あなたはクヨクヨせず割り切って楽しく生きてやれば良いのよ。 それがソーテルヌ卿の思惑と違ったとしてもリサには関係ない事ですもの」
『フローラ姉様……』と、初めてリサが少し微笑みを見せた。
「それにあなたが『死にたかった』と思っているなら、死ぬ気で何かをやれると言う事よ。 その命、無駄にせず精いっぱい何かを成しなさい」
「死ぬ気で何かを成せ…… でも私なんかがそんな大それたこと事……」
「大丈夫、私達がついているから。 あなた一人になんてさせないわよ!」
「うんうん」
「『少しは一人にさせてよ!』って言うくらい一緒に居てあげる」
リサの頬に涙が伝う。
自暴自棄になりかけていた気持ちが、少しは落ち着いてくれたらいい。
それからの時間は、堕天使事変の前に戻ったように普通に四人で話し合った。
その時間はとても普通で……
でもそんな普通の事が、この世界では実は幸せなのだと四人で幸せを噛み締めた。
「お姉様方、本当にありがとうございました。 やっぱりお姉様方は私の大切なお友達です。 短い間でしたが、このシャンポール王国での思い出は私の一生の宝物になりました」
「え? リサ…… どうしたの?」
「私、ボーヌ王国へ帰ろうと思います」
「ちょっ、ちょっと待ってリサ! さっき一緒に頑張ろうって……」
「違うのですシャルマ姉様。 皆さんが励ましてくれたから決心がついたのです。 わたし、もう自暴自棄になんてなっていませんよ」
「な、なら…… なんで?」
「ボーヌ王国は、私がシャンポール王国へ来る前から奇病に蝕まれていました。 奇病にかかった人は…… ゆっくり腐りじきに亡くなります」
「う、うん…… 国王陛下もその奇病にかかっているのよね」
「はい。 私は今まで奇病を『怖い』と思っていただけでした。 ですが私のネフリムの力は『腐食』。 そして父も感染した奇病に私はなぜかかからなかった。 今となっては私と無関係だとは思えません」
「でも…… それならあなたの姉、ポマール・ボーヌ王姉殿下も同じじゃない?」
「いえ。 姉は奇病が蔓延したときから、王国の後継者として大切に隔離されて育てられてきました。 ですが私は母、女王が亡くなった原因として皆から忌み嫌われた事も有り、特別には育てられませんでした。 私の育った環境では皆、奇病にかかり王宮を去って行きましたが…… なぜか私だけは奇病に掛かる事は無かったのです」
「ボーヌ王国に戻って、その原因を探ると言う事ね?」
「はい。 これは私の出生にも関わる事。 そして何か原因が分かれば―― 国民を救う事が出来るかもしれない。 『私の役割』『何かを成せ』と言われた時、直ぐに頭に浮かんだのです。 私は国民皆に嫌われてきましたけど…… それでもボーヌ王国は私の故郷なのです」
「戻ったら辛い事たくさんあるわよ」
「はい。 たしかに私は嫌われ者でしたが…… それでも物好きの方も何人かは居たのです。 それに…… 私をアルバリサと知らなければ、他の人たちも本当はいい人ばかりなのです」
「「「………………」」」
「なんかネフリムの話を聞くと…… その女王が亡くなられた理由でリサが皆に嫌われたって話しも、少し怪しく思えてくるわね」
「え? フローラそれはどう言うこと?」
「そのままの意味よ。 とにかく今はここで考えても答えなんか出ないのだから、確かめにボーヌ王国へ行くのも良いわね」
「ん?」
「なによ? さっき『あなた一人になんてさせない』って私がリサに言いだしたのよ。 私は一緒にボーヌ王国へ行くわよ!」
「「「ッ―――なっ!!!」」」
「なによ。 どうせ私はこのままここに居ても、閉じ込められているだけだし。 久々に外で羽根も伸ばしたくなるわよ」
「なら私も行きます」
「「「ッ―――なっ! フュ、フュエ…… あなたまで何を言っているのよ」」」
いつものフュエならディケムさんに相談も無くこんな無謀な事、勝手に判断しない。
今日の放課後から少しフュエの様子もおかしい。
「ちょっ、フュエ! あなたはそんな大事な事ディケムさんに相談してからじゃ無きゃダメでしょ!?」
「で、でも…… 相談したら絶対に止められちゃうもの。 ディケム様は大事だけど…… リサも同じくらい大切なの私は。 今、私の力を必要としているのはリサだもの、ならディケム様には黙って行くしか無いでしょ?」
「まぁ…… そうだけど」
リサは『な、なんで?』『どうしてこうなったの?』とオタオタしたままだけど……
フローラとフュエが『あなたはどうするのよ?』と私を見てくる。
「…………。 わ……分かったわよ! 私も行くわよ――! 私だけ除け者にして三人だけで行くなんて許さないわよ!」
結局私もこの無謀な『ボーヌ王国救済』への冒険に旅立つことになった。
「それで? 行くと決めたのは良いけど…… 素直にボーヌ王国へ行くと言っても止められるのが必定よ、抜け出すしか方法は無いと思うのだけど。 この要塞のようなソーテルヌ邸からどうやって抜け出すのよ?」
「「「へ?」」」
「アホなのあなた達は………」