第七章32 眠りの封印
ララの『鼓舞激励』により、心身喪失状態から士気が一気に回復し最高潮にまで達した騎士団と総隊部隊が天使へと雪崩れ込む。
王国騎士団の攻撃は先ほどと同じ、三方向から囲み反時計回りに移動しながら流れるように攻撃を仕掛けていく。
ソーテルヌ総隊は――
精鋭部隊のコルヴァス隊とカミュゼ隊が遊撃として、魔法武器と宝珠で召喚した精霊を使い攻撃を仕掛ける。
縦横無尽に動き回る王国騎士団の邪魔をせず、むしろ強調して動けるのは日頃の合同訓練の賜物だろう。
上空からは一人一人が一騎当千の竜騎士部隊が八〇騎。
イゴール隊長とナターリア副隊長の二部隊、四〇騎ずつに別れ攻撃を仕掛ける。
魚群の様な動きを見せる王国騎士団の動きとは違い、竜騎士の攻撃はその魚群を獲る為に次々と海にダイブする海鳥のようだ。
一騎一騎がワイバーンの速さと上空から滑空する重力を活かした攻撃は、竜騎士が愛用する特殊な形状の槍の力を存分に発揮させる。
しかもソーテルヌ総隊の一員となった竜騎士隊の持つ槍はミスリル素材を使った魔法武器だ。
そしてラローズ率いる精霊部隊は後方から精霊を使い攻撃と支援を行う。
カミュゼ隊にも所属しているポート・ルビーは今回、精霊部隊に配置されている。
訓練時ならば、彼氏のカミュゼと離れる事に少し寂しそうな顔を見せるのだろうが、流石に今の実戦では真剣な顔で従事している。
ちなみにこの精霊部隊。皆精霊使いの能力持ちで構成されているのだが、実際に精霊と契約できているのはまだラローズとポートの二人のみ。 副隊長のラモット以下エミリア、マルケ、リグーリアは精鋭部隊と同じ『精霊の召喚宝珠』を使い精霊を顕現させている。
それを聞くと武力に勝る精鋭部隊に劣るようにも聞こえるが、『精霊使いの能力』を持っている者が呼び出した精霊は、持たぬ者が呼び出した精霊よりも格段に強力だ。
戦場を見れば、ソーテルヌ総隊の主力が精霊部隊だと言う事は火を見るよりも明らかだ。
そろそろラモット、エミリア、マルケ、リグーリアにも精霊との契約をさせても良いかと思っているのだが……
仮にとは言え差し迫った脅威が取り除かれた今、どうしても命を掛けなければいけない契約になかなか挑めない…… と言うのが現状だった。
しかし脅威とは突然降ってくるものだと、今回の天使との戦いで皆の気も引き締まった事だろう。 折を見て皆の精霊契約を成すとしよう。
ソーテルヌ総隊が参戦した戦場は、先ほどまでの王国騎士団だけの戦いとは一転し、非常に派手だと言える。
騎兵隊だけで構成された王国騎士団は剣と弓を主力武器とし、爆発が起こるとすればたまに魔法を撃つ程度だった。
軍隊行動も縦横無尽に動き回るのだが馬は空を飛べない事から、どうしても地表だけの平面的な戦いとなってしまう。
だがそこにソーテルヌ総隊が加わると……
上空からの竜騎士の攻撃が加わる事で戦場は立体的へと変わる。
そして何柱もの色とりどりの精霊達が天使の周りを飛び回り攻撃を仕掛け、総隊員が手に持つ武器は火、水、風、氷、雷などの属性を纏い光り輝き、武器を振れば属性を伴った斬撃が飛び交う。
戦いは光と爆発を伴う派手な攻撃が主体となっていく。
その光景は遠く離れたシャンポール王都からは美しく神秘的な花火大会でも行っているようにも見えたかもしれない。
色とりどりの属性を伴う爆発が絶え間なく起き、それに伴い音も花火のそれに近い爆音が鳴り響いている。
天使の様子を見れば、先ほどとは違い明らかに攻撃は効いている。
天使は嫌がるように両手で掃う仕草をするが、その動きは鈍重で避ける事は容易だ。
『やはり天使にも、属性を伴った精霊魔法の方が効いているようだな』
『はい。 単に精霊魔法の方が、威力が有るとも言えなくもありませんが…… 現状を見る限りでは間違いないかと』
『天使のマナもかなり減って来たな。 アルバリサ王女の体力も鑑みてそろそろ終わりにしようと思うが…… ラトゥールはどう思う? 何か有れば言ってくれ』
『いえ、そろそろアルバリサ王女が心配だと思っていました。 しかしディケム様この状況を収束させる良い手立ては有るのですか?』
『一つ試したい事が有る』と俺はラトゥールに伝え、フュエ王女に『アルバリサ王女を救う為に力を貸して欲しい』と言霊で話す。
フュエ王女と話し終えた俺は強制転移を使いフュエ王女を俺の乗るワイバーンへと呼び寄せた。
突然転移させられ、上空を飛ぶワイバーンの上に飛ばされた王女は『ひ…ひぇえええ~~』と悲鳴を上げているが今は非常事態、我慢してもらうしかない。
ちなみにこの強制転移だが、常に座標が動くワイバーンの上に転送させる事は非常に難しい技術を必要とする。
『それくらい止まって転送させればいいじゃないか?』と思うだろうが……
戦場とは常に変化する動のモノ、戦いを有利に運ぶためには流れを止める事は悪手だ。
だからこのような動きを止めない技術は、地味だが戦場に置いて勝利へと導く重要なファクターだと言える。
⦅さて、フュエ王女を呼び寄せたものの……⦆
⦅さすがに王女に天使と戦かってもらうのはダメだろうな?⦆
『フュエ王女、ヒュプノスクリスを貸して頂けますか?』
フュエ王女が『え?』と驚いている。
話を聞いていたラトゥールも、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこちらを見ている。
まぁその反応は正しい。
アーティファクト武器のヒュプノスクリスは、主と認めたフュエ王女以外には自分を持つ事は許さない――― と誰しもが思うからだ。
だが驚きは見せたものの、フュエ王女は俺の言った通りにヒュプノスクリスを俺に差し出す。
良くも悪くもフュエ王女は俺に絶対的信頼を寄せ依存しているようだ。
俺はフュエ王女が持つヒュプノスクリスの柄をゆっくり握ろうとするが当たり前のように手は弾かれる。
『あっ……』とフュエ王女は俺を心配しているが俺は気にせずまた柄に手を伸ばす。
ヒュプノスクリスは変わらず俺を拒絶するが―――
俺は構わずヒュプノスクリスを力ずくで握ろうとする。
⦅凄まじい抵抗だが……… これなら⦆
「ネロ。 ヒュプノスクリスに憑依してくれ」
「いいけど…… 強引に従属させるつもり?」
「イヤそのつもりは無い、少しだけ力を借りたいだけだ。 一刻だけ従ってくれればそれでいい。 悠久よりこの剣と共にあったネロが力を貸してくれれば、それも可能だろ? 俺がやらなきゃフュエ王女がやらなきゃいけなくなるからな」
「たしかに。 あの天使とフュエを戦わせたくは……無いわね。 たぶんヒュプノスクリスも同じ意見だと思うからやってみるわ」
俺と従属契約をしている夢の精霊オネイロスが、悠久の時を共に過ごした眠りの剣ヒュプノスクリスに憑依する。
俺とヒュプノスクリス、二つの反発し合う力にその仲立ちとも言えるもう一つの力を注げば、一時的とはいえ反発し合う力は混ざり合うことが出来る。
『うそ……』とラトゥールが驚きを隠せない表情で俺を見る中、俺はヒュプノスクリスの柄を握り鞘から刀身を抜く。
薄紫色の妖艶に輝くその伝説の武器は、不本意ながらも俺に力を貸してくれるようだ。
俺はバカげた量のマナをヒュプノスクリスに注ぎ込むと刀身は闘気を纏う。
その闘気は薄っすらと紫色を帯びている事から、眠りの属性を持っているのだろう。
すると――― その闘気に天使が反応する。
⦅天使が初めて反応した?⦆
膨大なマナを注ぎ込んだ為、ヒュプノスクリスが発する闘気は『神気』に近いものに至っているのかもしれない。
天使は求めるように俺の方に手を伸ばし、救いを求めるような悲し気な声を上げている。
生まれたての赤子のような天使は、もしかするとヒュプノスクリスが発する神気とも言える闘気からヒュプノス神を感じ取ったのかもしれない。
俺は各部隊の攻撃を一時中止させワイバーンを天使上空へと近づける。
天使は俺に…… いや俺の持つヒュプノスクリスに救いを求めるように手を伸ばし動きを止めている。
俺は天使に向かいワイバーンから飛び降り、オネイロスを憑依させた眠の短剣ヒュプノスクリスをそのまま天使へと突き立てる――!!!
天使はヒュプノスクリスを待っていたかのように両手を広げ胸にその一撃を受け入れる。
俺は天使に突き立てたヒュプノスクリスとオネイロスの力を使い『眠りの封印』を天使に施す。
多分ネロが考えていた、天使を鎮める方法はこれだろう。
だがネロが『鎮める方法』を言い淀んでいたのは、フュエ王女にこれをやらせられるかどうかだったのだろう。
だったらそれを俺がやればいい事だ。
皆が見守る中、天使は一切の動きを止めた。
『眠りの封印』が天使の力を完全に封じ込めた事を俺は確信する。
力を失った天使はアストラル体を維持する事が出来なくなり、光り輝く粒子となり崩れ落ち霧散していった。
天使が消滅した後にはしばらく輝く粒子が漂い、地面にはアルバリサ王女が倒れていた。
俺は素早くアルバリサ王女を抱きかかえ、王国騎士団に見つかる前に強制転移で転送させた。