第七章30 広域支援魔法技術
天使討伐に王国騎士団一五〇〇騎がロワール平原を馬で駆ける。
その動きはまるで水が下流に流れる如く、早く淀みがない。
一つの流れの様だった部隊は、天使の近くまで来ると三つに分かれる。
ラス・カーズ将軍率いる第一部隊一〇〇〇騎が天使正面から。
バルト・カルメル将軍率いる二五〇騎とアータ・フリース将軍率いる二五〇騎が側面やや後方に回り込み三方から攻撃を仕掛ける。
各部隊は天使に一撃離脱を繰り返し、一定の距離を保ちながら取り囲み反時計回りに常に移動しながら攻撃を仕掛けていく。
その一糸乱れぬ見事な軍隊行動を各将軍がワイバーンに騎乗し先導している。
各部隊は三方向から、天使に向かって突撃していく。
天使に近づくにつれ、先ずは魔法師による攻撃魔法が繰り出される。
そしてさらに近づくと弓隊が弓を放つ。
最後に剣による打撃を与え留まる事無くすぐ離脱する。
流石は人族最強と謳われるだけの事はある。
その澱みのない軍隊行動は洗練され、もし敵がただの巨人ならばこの一度の突撃で仕留めていただろう。
しかしさすがは天使、ほとんどダメージは受けていないように見える。
天使は騎士団の攻撃を五月蠅そうに払おうとする。
しかし騎士団は小魚の群れを手の平で掬おうとしても全て逃げられてしまうように、一度弾けるように天使の攻撃を除け、また集まり流れる様に突撃していく。
その騎兵隊の戦術行動は感嘆するほど見事な動き、そして小魚の群れと称するにはあまりに凶悪。
小型の肉食魚が大きな獲物を捕食に群がっているように見えた。
『ラトゥール、天使の動きをどう見る?』
『正直、生まれたての赤子の様に本能のままに動いているように見えます。 蚊にたかられてうるさいからはらう程度の攻撃。 まだ明確な意思で排除しようとはしていないように見えます』
そんな分析をしていると…… 天使の口元が光り出す。
何か攻撃の準備に入ったに違いない。
『退避―――! 退避―――!』ラス将軍の指示が飛ぶ。
『ララ―――ッ! 支援魔法をすぐにかけてくれ!』
『うん』
俺の指示に少し気の抜けたララの返事だったが、その顔は真剣。
ララの顔が引き締まり直ぐに動き出す。
ディックとギーズは心配そうにララを見ている。
そしてラトゥールは俺の無茶ぶり指示に対して『ララがどう対処するのか?』と面白いものを見るように口元がニヤけている。
と言うのも、戦闘状態で動き回る味方部隊に支援魔法を掛ける事は普通不可能だからだ。
開戦前に使った広域範囲魔法の時と違い、今王国騎士団の部隊は天使を囲い大規模に展開している。
今回の敵は天使一柱だが、普通の戦場では敵味方入り乱れている状態だ。
ここでもし『エリアヒール』などの広域範囲魔法や領域魔法を戦場全てに掛けてしまうと、そのエリアに居る敵味方全てを回復してしまう。
まぁしかし普通は『エリアヒール』と言っても一〇騎程度の分隊、多くても二〇騎程の小隊に掛けるのがせいぜいだ、戦場全体に掛けて敵まで回復してしまう心配は起こらない。
しかし今回俺がララへ出した指令は味方全部隊への支援魔法のつもりだ。
たぶんララも俺の意図を汲み、そう動いてくれているだろう。
ララは他の四門守護者達とは違い、回復支援魔法が中心になる。
すると魔法の使い方もまた違ってくる。
攻撃魔法系は敵に向かってぶっ放せばいい。
乱戦になれば各個撃破が普通だ、ぶっ放せば味方も巻き込むのが必定。
まぁラトゥールの様に静電気を利用した領域で一気に敵だけを殲滅とか規格外も居るが普通は出来ない。
しかし支援系は乱戦状態でも本当は自軍にだけ広域支援魔法、回復魔法を掛けたい。
もしそんな不可能が可能と出来れば、戦況を一気に変えられる至高の一手となりうる。
ララは俺とその訓練をしてきた。
⦅さぁララ、訓練の成果を実戦で皆に見せてやれ!⦆
天使を中心とした味方全部隊を覆う六芒星の魔法陣が浮かび光り出す。
ララが無造作に投げた水晶がなぜ魔法陣の起点として正確な位置に有るのか。
そして先ほど戦場から離れた場所で発動した六芒星の魔法陣が、なぜ今は天使を中心とした場所で発動出来たのか。
それはララが作り出した水晶がゴーレムだからだ。
玉藻と戦ったときの様にララはゴーレムを自由自在に動かす。
時には敵と戦わせ、時には盾として使い…… そして魔法陣の起点としても利用する。
ララが六芒星の力を利用して支援魔法を発動させる―――
≪――άμυνα(防御)――≫
≪――επιτάχυνση(加速)――≫
絶え間なく動き回る騎士一人一人、全員の体が二度強く光る!
それはララが発動させた支援魔法が、騎士団全員に掛かった事をしめす。
しかし同じ魔法陣の中に居る天使には魔法が掛かった気配はない。
『おぉおおおお―――っ!!!』と騎士団から驚きの声が上がり士気が上がる。
騎士達は軍隊戦に置いて、敵との接近戦中に魔法支援などもらえる筈が無いと知っているからだ。
『ディケム様これは………』
『ラトゥールも少しは驚いたんじゃないか? ララがラトゥールの帯電領域を見て俺に頼んできた乱戦状態でも使える広域支援魔法だ。 今はまだ領域に範囲指定して広域魔法を掛けているが、そのうち範囲指定無しに領域魔法として掛けられるようになるはずだ』
『私の帯電領域ですか……?』
『そう。ラトゥールは静電気を帯電させ敵味方の位置を把握しているが、ララは戦闘を始める前に行った六芒星魔法陣内での状態異常回復の時にクリスタルの粒子を騎士達に付着させたんだ。 それで味方の位置だけを正確に把握して支援魔法を行った』
『なるほど。 ですが……味方の位置を正確に把握出来たとしても広域魔法の発動領域を敵と味方で区別する事は出来ないのではないでしょうか? ですが今のララの魔法が天使に掛かったようには見えませんでした』
『ラトゥール、あれは広域魔法だけど呪文で発動する雑な広域魔法じゃない。 簡単に言えば一人一人に単体魔法を掛けている感じかな』
『なっ…… ですがそれではあんな一斉に魔法が発動するなど――…… ん? ディケム様は帯電領域と言った。 そう言えば……』
『そう、ラトゥールも帯電領域での雷撃も同じ感覚なのではないか? 領域内での全てを支配している感覚はあながち妄想ではない。 それは自然を具現化した精霊の感覚、帯電領域内でのバアルは神に等しい。 『精霊とは個ではなく全、全であり個』 精霊からすれば単体魔法も領域魔法も無い、精霊魔法とはただ自らが動いたときに起こる現象でしかないのだから。 しかしその魔法を使う人間に問題がある。 魔法とはイメージ、人は単体魔法と広域魔法をイメージで区別してしまっている。 その壁を取り払うことが出来れば――……』
『精霊魔法ならば…… 支援魔法を領域全てに掛ける事が可能になる――』
『そう、まぁだからと言ってクリスタルの粒子が付着した騎士一人一人全てを頭で認識して精霊魔法を使う事など不可能。 だがラトゥールの落雷と同じ、月の精霊ルナと粒子が付着した騎士を紐づけてやれば、あとは自動的に支援魔法を味方だけ全員に掛ける事が可能となる』
ラトゥールには珍しく、ララのこの支援魔法に素直に感心しているようだ。
実際はラトゥールも感覚的には既に行っている事だったが……
他人が使っている所を見ると、客観的に見られるのだろう。
『これでまたララの重要度が増しましたね。 ララお見事だ』
『へへ~ん♪』とララがディックとギーズに向かって自慢げな笑顔を向ける。
この仕草が皆の緊張感を無くすのだが、ララが使った魔法はラトゥールでさえ素直に感嘆する超超超高等魔法技術と言っていい。
軍隊戦に置いて最悪の事態とは、乱戦状態に陥りお互い消耗戦に突入する事だ。
しかしララのこの魔法が使えれば、一気に戦況が有利になる。
敵から見たら、疲れを知らないゾンビ兵を相手にするような物だ。
シャンポール王国の魔法省が聞いたら、さぞ騒ぎ出すに違いない。