第七章29 天使の声
【ΏχΏαχαΧαααααααα―――………】
天使から心に直接響く声がきこえてくる。
その超音波攻撃のような天使の叫びで天使を縛る氷は爆ぜ、枷は無くなる。
さらにその声を聞いた騎士たちは恐怖で動けなくなっている。
あの霊気を含んだ声は、それ自体が魔法そのものの様だった。
そしてその声は生物の本能に響き、生まれながらに遺伝子に刷り込まれて来たように本能的な恐怖状態へと陥ってしまう。
天使はたった一つの咆哮だけで自らを縛る氷を退け、一五〇〇騎の王国騎士団を『恐怖』のステータス異常状態で動けなくしてしまった。
『怯むな――!』ラス・カーズ将軍の一喝が聞こえてくる。
さすがは英雄と呼ばれる男、『天使の声』はレジスト出来ている。
しかし第九部隊バルト将軍と、第十一部隊アータ将軍は軽い『恐怖』状態に陥っている様に見える。 完全には抵抗できていない。
浮足立っている状態が窺える。
その後ろ、ソーテルヌ総隊を見ると『九属性ミスリル装備』を与えた隊員は完全にレジスト出来ている。
しかし、それ以外の隊員は二人の将軍と同じく軽い『恐怖』状態に陥っている。
完全には抵抗できていない。
騎士団と総隊の一七〇〇騎程の状態を見比べると、それなりの考察をする事が出来る。
この『天使の声』による影響はある一定のレベル以上無ければレジスト出来ない。
『九属性ミスリル装備』ならレジスト出来る。
だが、それほど騎士としてのレベルの差が無い『王国騎士』と『ソーテルヌ総隊竜騎士部隊』の違いは……
ワイバーンに乗っているかそうで無いかだろう。
これは竜種には『天使の声』が効きにくい何かが有るのかもしれない。
特にワイバーンに乗る竜騎士だけを見ても、ワイバーンとの繋がりが強くなる総隊特製の『竜具(首輪・手綱)』を付けている隊員は完全にレジスト出来ている。
まぁ総隊特製の『竜具』を付けている竜騎士はそれなりにレベルが高いだけかもしれないが……
『落ち着け―― 怯むな――!』とラス将軍が騎士達を立て直そうとしているが、騎士達の『恐怖』状態は解けない。
特に王国騎士団の大半を占めるワイバーンにも乗らない一五〇〇騎程の精神状態は崩壊寸前だ。
しかし天使が騎士団の回復など待ってくれるはずもない。
氷の束縛から自由になった天使がゆっくりと立ち上がり混乱する騎士達を見下ろす。
その視線に晒された騎士達の『恐怖』状態はピークとなる。
「ひぃいいいいいいいい」
「た、たすけてくれ―――」
「天使様――― 御慈悲を――……」
現状を見れば『天使の声』による『恐怖状態』はかなり強力みたいだ。
鍛え抜かれた王国騎士団第一部隊でも抵抗出来ず、現状優先的に回復させた白魔法師達が一人ずつ『状態異常回復』で解除しているが一五〇〇騎全てなどとても回復出来るはずが無い。
『ララ! 全員一気に『状態異常回復』掛けられるか?』
『ぜ、全員に!? ちょっ……ディケム、全員って総隊も入れれば一七〇〇騎くらい居るのよ!』
『そう、全員だ』
『玉藻も呼んじゃダメなんでしょ?』
『そうダメだ。 でも出来るだろ? ララ』
『…………もぉ。 無茶言うわね。 分かったやってみる』
俺の無茶ぶりに少し不満を漏らしながらもララは了承してくれる。
ララが肩に乗せたルナの周りに水晶を六個作り出す。
その水晶を上空から騎士団の周りへ放り投げる。
騎士団の周りに無造作に放り投げられた水晶が光りを放つ。
そしてララは上空から、その水晶を起点にマナの線で結び魔法陣を描き出す。
ララが騎士達を囲うように描いた魔法陣は六芒星。
六芒星は力の増幅、付与に適した魔法陣だ。
そして詠唱に入る―――
「四柱神を鎮護し、天地・光闇・火水・風土・陰陽、五陽霊神に願い奉る……」
≪――|ανάκτηση κατάστασης《リカバー》(状態異常回復)――≫
『状態異常回復』の魔法が一七〇〇の騎士達に一気にかけられる。
普通ならララの今の力では一七〇〇騎もの騎士団全てに魔法を掛けることなど出来る筈がない。
九尾の力を借りれば出来るかもしれないが、今回は神獣を禁止している。
しかしララは自分の足りない力の分を、得意の魔法陣を組み合わせる事で補っている。
そして今は俺が近くに居る。
俺と今マナが繋がっているララは、膨大なマナの補給の為にわざわざ『精霊の召喚宝珠』を使いウンディーネを召喚する必要も無い。
ギリギリのスペックで大規模な魔法を使うならば、顕現するだけで高スペックを要求される上位精霊は二柱顕現させるよりも一柱に絞った方が全てのリソースをつぎ込むことが出来る。
特に自分と直接繋がっている精霊ならば、無駄なく限界まで力引き出せるはずだ。
ララはこの場で使える限りの手段を講じ大規模魔法を実現させた。
六芒星の魔法陣の中で光に包まれた騎士達は、『状態異常回復』の魔法で『恐怖』の状態異常から回復する。
『おぉおおお―――――』
『ソーテルヌ閣下以外でもこのような大規模な回復魔法を使えるのか!?』
と騎士達から感嘆と賞賛の声が上がっている。
騎士達の様子を確認したララが『へへ~ん 見たか!』と得意げな顔を俺にむけてくる。
『よしっ! よくやったララ』
『うん。 ………………。』
『ん?? どうしたララ』
『いや、ディケムもうちょっと褒めてよ―――』
『そんな事言っている場合か!』
『そうだララ! バカな事を言ってディケム様の時間を奪うのではない』
『は~い、ラトゥール様』
『それよりララ。 情報収集の為に一気に攻めないって事は、基本受け身になると言う事だ。 白魔法師としてのお前の負担は大きくなると思ってくれ』
『は~~~い』
『ラトゥールは天使の中のアルバリサ王女のマナもしっかり見ておいてくれ』
『はっ!』
『『あ、あの……ララさん。 どうか援護よろしくお願いします』』と第九部隊バルト将軍と第十一部隊アータ将軍の悲壮な声が『言霊』伝いに聞こえてくる。
彼らの生死はララに掛かっていると言っても良いのだが……
ララの『言霊』から聞こえてくる気の抜けた会話を聞いていると、不安でしょうがないようだ。
正直、この大規模な部隊戦に置いてララは唯一無二の存在だ。
これだけの支援魔法、回復魔法を大規模に掛けられる魔法師はララしかいない。
ラトゥール、ディック、ギーズも使えない事も無いが基本攻撃特化型だ。
そしてララもしっかりその役目を十分果たしているのだが……
その言動が残念過ぎて、皆が不安がるのも分かる気がする。
『ソーテルヌ総隊は先ずは待機だ。 だが状況によっては自分の判断で動いてくれ』
『『『『はっ!』』』』
『ではラス将軍、バルト将軍、アータ将軍。王国騎士団の力がどこまで天使に通用するのかお願いします』
『『『はっ!』』』
シャンポール王国、王国騎士団は人族最強の軍隊だと言っても過言では無い。
とりわけ第一部隊は常に王都に常駐し、日々ラトゥールの元マナ濃度の濃いソーテルヌ邸の訓練場で修練を積んできた。
この騎士団がどこまで天使に通用するのか。
今後の指針になる戦いだと言える。