第七章20 新たな疑惑
総隊の会議を行なった後、俺は王女四人組と夕食の食事を囲んでいた。
食事の為に用意した部屋は、ダイニングでも神木横のテラスでも無い。
とても質素でシンプルな部屋だ、しかしココならば誰の邪魔も無く内容を聞かれることも無い。
「あのディケム様。 なぜ私達は部屋を移されたのでしょうか? 変えられた部屋に不満がある訳ではないのですが…… 今まで四人一緒に居られたのに別々の部屋に移った理由を知りたいのです。 それに何やら周囲が慌ただしいような気もするのです」
「そうよっ! 明日は学校も行っちゃダメとか横暴も良いところじゃない!」
「うん。 食事の場を設けたって事は理由を聞かせて頂けるのですわよね?」
俺はフュエ王女、シャルマ嬢、フローラ皇女、そしてフュエ王女の背中に隠れるように居るアルバリサ王女の順にゆっくりと見て口をひらく。
「皆さん、これから私が話す事はまだ総隊以外の誰も知りません。 しかし……明日には王国騎士団そして数日後には全人族が知る事になるでしょう」
『な、何よ……』と四人が緊張を見せる。
「ボーヌ王国が『人族五大国同盟』からの離脱を表明しロマネ帝国、ドワーフ族国との同盟を締結するようです」
「なっ! そ、そんなバカなこと……」
「話はそれだけではありません。 どうやらその後『人族、魔神族、エルフ族』の三種族同盟への宣戦布告をするつもりのようです」
「えっ………」 「…………」 「…………」 「…………」
流石に四人とも言葉を失っている。
「今後の動きを鑑みて、四人の部屋を移動させて頂きました」
「そ、それじゃ…… 私とリサは拘束されているという事ですね?」
「フローラ。 正直否定はしないが二人を罪人扱いするつもりは俺には無い」
「ちょっ! ディケムさん拘束って酷いじゃ無い! しかも私たち四人を別の部屋にするなんて…… フローラとリサが私達に何かする筈ないじゃない」
「シャルマ…… これはあくまで急場凌ぎの一時的措置だ。 だがこの現状でフュエ王女と君を二人と同じ部屋にする事が許されない事も君なら分かるだろ?」
「それでディケム様。 二人は今後どうなるのでしょうか?」
「正直この後二人がどうなるのかは、ボーヌ王国とロマネ帝国の出方次第となってしまうでしょう。 ですが今この状況で宣戦布告してくると言う事は両国とも王女の身は人質とはなり得ない。 好きにしろと言う事です」
「「そ、そんな……」」 「…………」「…………」
驚くフュエ王女とシャルマ嬢とは対照に……
フローラ皇女とアルバリサ王女はその事実を受け入れているように見える。
「それでディケム様はフローラとリサをどうするおつもりなのですか?」
フュエ王女が強い視線で俺を見てくる。
「出来ればこのまま二人をここで隔離しておきたい。 ですが……世情がそれを許さないでしょう。 開戦してしまえば二人は捕虜として扱われてしまうかも知れません」
「ディケム様! その時は二人をエルフ族領か魔神族領に逃すことは出来ないのですか?」
「フュエ王女。 ボーヌ王国は『人族、魔神族、エルフ族の三種族同盟』に宣戦布告するのです。 ですから事情はどうあれエルフ族も魔神族も宣戦布告してきた国の王女を匿う事など政治的に――…………」
(ん? 匿う事など出来なくなる? これはもしかすると……)
俺は話を止め考え込む。
「??? どうかされましたかディケム様?」
俺はボーヌ王国がなぜ『三種族同盟』にわざわざ宣戦布告などするのかと不思議に思っていた、正気の沙汰ではないと……
それはもしかすると俺がアルバリサ王女をエルフ領や魔神族領に匿う恐れがあったからでは無いのか?
(黒幕の狙がアルバリサ王女だった場合……)
黒幕はアルバリサ王女が皆から敬遠される環境を作ろうとしていたが、三人の親友を得てソーテルヌ邸に匿われたことが想定外だった。
ここの屋敷に張られた精霊結界は、俺に関わる者への悪意を寄せ付けない。
学校内や通学中にも護衛が張り付き手が出せない。
現に二回目の暴走も結果失敗に終わっている。
ならばいっそ匿えない状況に追い込めばいい……
しかし――
アルバリサ王女を引っ張り出すためだけに戦争を起こすなど……
そんな馬鹿げたこと普通はあり得ない。
(今ボーヌ王国は腐食の奇病に見舞われているとラトゥールが言っていた……)
―――とすると……。
もしかすると……これはアルバリサ王女の腐食の力を使い、シャンポール王国を直接狙った『国落とし』なのでは無いのか?
しかしシャンポール王国を狙うために、ボーヌ王国を使い捨てにするなどあり得るのか?
有るとすれば国に固執せず、国をも動かせる力を持つもの……
宗教――『ルカ教』か!?
これは他国との戦争重視で動いていた総隊の防衛方針を、国の内部調査も重視しして行わなければ手遅れになる可能性がある。
「ディケム様? ディケム様――!? 一体どうされたのですか?」
深い思考に沈んでいた俺をフュエ王女の声が現実に引き戻す。
俺は神妙な面持ちで見ている四人を一度見渡し口をひらく。
「アルバリサ殿下。 一つ聞きたい事が有るのですが答えて頂けますか?」
『…………』 『…………』 『…………』
三人も黙ってアルバリサ王女を見ている。
『は…はい……』アルバリサ王女が震えながら声を絞り出す。
「いまアルバリサ殿下のお父君、ボーヌ国王陛下はどのような状態なのですか?」
「ッ――ちょっ! ディケムさん、リサのお父さんはずっと病気で伏せっていると――……」
「シャルマ! 俺はアルバリサ王女に聞いている」
「で、でも……」
「アルバリサ殿下、お聞かせ願えませんか?」
「………はい。 お父様は私が生まれた時からずっと…… 体が腐る病気に侵されています」
「ずっと……ですか? ですがそんな大病にかかれば延命する事は難しいのでは無いのですか?」
「はい。 ですがその頃ロマネ帝国から来たと言う医師団の再生魔法によって父は…… ずっと延命させられているのです」
「延命させられている…… ですか。 アルバリサ王女は今の状況を好ましく思っていないのですか?」
「ずっと苦しみ続けている父は早く解放されたのではないでしょうか? 私があの様な状態なら早く死んで楽になりたい…… そう思います」
『そんな……』 『…………』 『…………』 三人は言葉もない。
「辛い事を聞きました…… ですが最後にもう一つ、いまのボーヌ王国の宰相はどの様な方なのでしょう? その医師団とも関係がある方なのですか?」
(宰相と言えば…… 帝国から来た『アルキーラ・メンデス』と言っていた)
「ごめんなさい…… 私はずっと父からも政治からも遠ざけられて育ちました。 誰も何も私には教えてくれないのです…… ですからお医者様のことも宰相様のことも存じません」
「そうですか……」
「ねぇディケムさん。 今の質問とこの事変は何か関係があるの? 何か戦争を回避出来る可能性があるの?」
「シャルマ…… 聡い君なら分かると思うがこの宣戦布告はおかしすぎる。 それに今ボーヌ王国は奇病の蔓延で戦争どころでは無いと聞いている。 王も不在、国は奇病が蔓延…… そんな国が救援依頼ならまだしも宣戦布告など自殺行為でしかない」
「国王がそんな状態なら…… 他の誰かが何かを企んでいると言うことね」
「とりあえず今は情報を集めるしかない。 だけど君たちを取り巻く状況は刻々と悪化していくだろう。 シャルマ嬢、フュエ殿下。 最後までアルバリサ王女とフローラ皇女の味方で居られるのは友人のあなた達だけだ。 君達の友情だけはブレないで貫いてほしい」
「 フンッ! 当たり前よ」
「はいっ!」
「フローラ殿下、アルバリサ殿下。 私も尽力を尽くすことをお約束いたします」