第七章14 仲良し四人組、『埋もれ木』採集
――アルバリサ王女視点――
エリゼさんの後について迷宮の様な宮殿最下層を抜けて、ようやく地底湖へと続く入口に辿り着きました。
そこは天井、壁、床がイグドラシルの根で覆われたとても不思議な空間でした。
≪――φως(灯り)――≫
ポッと青白い光が灯ります。
火を使う事が出来ない聖域、エリゼさんが魔法の灯で照らしてくれます。
足場の悪い根が張り巡らされた滑りやすい下り道をひたすら進みます。
それまでは迷宮のように入り組んでいた宮殿最下層とは違い、分かれ道など無い一本道。
その道をひたすら下っていくと、とても大きな空間に辿り着きました。
私達が立っているのは大きな空間の最上部の根の上。
大きな根が橋のように張り巡らされ、その根を歩いてその大きな空間を下っていきます。
「こ、これ滑って落っこちたらヤバくない?」
「あぁ、過去には死んだ者も居たと聞く」
「ひぃぃぃぃぃ……」
最初は怖がりながら慎重に根の上を歩いていた私達も、魔法の青白い灯に照らし出されたその空間の美しさに魅了されていきました。
下層へ続くまだ生きている根の橋とは別に、周りには太古に朽ち果て真っ白な石となった根がいくつも見えます。
それは言葉に表せない程とても幻想的な光景でした。
ようやく最下層までたどり着き私達が足を下ろしたその地面は、今までの歩きにくかった根の道とは違い、粉のように目の細かい砂地になっていました。
そして青白い魔法の光に照らし出されたその砂は真っ白なのでしょう。
辺り一面混じりっ気のない青い世界が広がっていました。
すると…… 時折り上空から少量の砂が落ちて来る事があります。
化石化した根が砕け、砂となって落ちて来ているのでしょう。
エリゼさんがこの広間に設置されているトーチ(かがり火)に魔法の光を移して歩いて行きます。
しばらく真っ白な砂地を歩いて行くと目的の湖が現れました。
その湖の水の透明度は驚くもので、薄暗い魔法の灯の明かりでは最初水がある事すら気づかないほどでした。
『凄いきれい…… まるで水が無いみたい』フュエお姉様の呟きそのままが、皆が同時に感じた事でした。
「さぁ、あなた達は準備なさい。 私は他のトーチにも明かりを灯してくる」
「準備ですか?」
「あぁ。 これから水の中で泳ぐのだぞ、今のままで良いのか?」
「「「「へ?」」」」
「あ……あの、私達『湯浴み着』など持ってきていませんよ」
「そんなもの要らんだろう? 今ここには我々女しかいないんだ。 ここは長老様が許可を与えなければ立ち入る事は許されない聖域だぞ。 貸し切りの共同水浴み場だと思えばいいだろう?」
⦅へ? は……裸で泳げと?⦆
「…………」「…………」「…………」「…………」
エリゼさんはそう私達に告げた後、トーチに明かりを灯しに行ってしまった……
「やっぱりここは冒険者パーティーのリーダー、このシャルマ様が行くしかないわよね!」
そう気合を入れてシャルマお姉様が、衣服を全て脱ぎ棄て『うぉおおおおおお――――!』と叫んで湖に飛び込んでいきました。
次にフローラ姉様が『仕方ない』と衣類を全て脱ぎ捨て、ゆっくりと歩いて湖に入って行きます。
『私達も行きましょう』とフュエお姉様に誘われ、私達も衣類を脱ぎ湖に向かいました。
本当なら地底湖の水とはとても冷たいのでしょうが……
不思議なことにここの湖に冷たさ寒さなどは一切感じません。
まるで母親のお腹の中に居るような、とても心地の良い不思議な感覚です。
ここが聖域と呼ばれる特別な場所なのだからでしょう。
四人皆が湖に入って『みな準備は良い?』とフローラ姉様が言った後。
シャルマ姉様が『準備OK、じゃぁみんな行くわよっ―― それっ!』と言ってフローラ姉様に水をかけました。
『……はぁ?』頭から水をかぶり唖然としたフローラ姉様がシャルマ姉様にやり返します。
すると今度は水がフュエ姉様にかかりました……
あとはもう四人で水の掛け合いです。
「やったわね――!」
「えいっ! これならど~お?」
「ちょっ、何で私にかけるのよ!」
「あはっ、あははははは――」
その時間は…… 私が生まれて今まで一番笑った時間でした。
多分お姉様達も王女として育てられ『そんなはしたない事』と水遊びなどした事が無かったのでしょう、しかも裸でなんて……
お姉様達もいつもの王女としての仮面を脱ぎ捨て、心の底から笑っていました。
少し罪悪感がある事をお友達四人と共有する。
私がそんな素敵な思い出作りをする事が出来るなんて、夢にも思いませんでした。
私はお姉様達と友達になれて幸せです。
「お、お前達…… この聖域の神聖な湖でそんな事して遊んだ者など聞いたこともないぞ!」
『『『『ご、ごめんなさ――い!』』』』エリゼさんに叱られちゃいました。
あらためて四人で湖の中を見てみると湖は徐々に深くなり、水深四、五メートル位の水底から木の枝が何本か沈んでいるのが見えます。
そこから水深は徐々に深くなっていき、一〇メートル位の水底には巨木も沈み、沈んでいる枝も水深と共に沢山落ちているように見えます。
尻込みする私に『よし! 見てなさいよ~』とシャルマ姉様が一気に潜ります。
三メートル……五メートル…………七メートルと、どんどん潜って行きます。
そしてとうとう一〇メートル位に沈んでいる巨木までたどり着き、良さげな枝を選び拾って上がってきました。
『プッハ~ どうだ~見たか――!』とシャルマ姉様は拾ってきた枝を高々と掲げて私達に笑って見せてくれました。
「すご~い」
「よく息が続くわね」
「シャルマ姉様さすがです!」
「さぁあなた達も早く拾って来なさいよ」
シャルマお姉様に急き立てられ私達も潜りますが……
頑張って潜ってもせいぜい二メートルぐらいが一杯一杯です。
「み、耳が痛いです!」
「く、苦しい……」
「沈まない」
「あ……あんた達、本気でやってるの? 耳抜きも出来ないなんて潜水訓練した事無いの?」
「い、いや…… ふつう王女は潜水訓練とかやらないから!」
「さすがは共和国の追いつ追われつの環境で育てられた令嬢ね…… 私達みたいにホンワカ育ってないわ」
『なら致しかたなし』とフローラ姉様が杖を持ち出し泳ぎ始めました。
そして水面から良さげな枝に目星をつけ魔法を唱え始めました。
≪――σκοινί(縄)――≫
フローラ姉様が『縄』の魔法を唱えると、魔法の杖から光が伸びていき縄へと変わります、そして目星をつけた枝を捕縛して引き上げました。
『フン。 見ましたか!?』とフローラ姉様が捕縛した枝を掲げます。
今の魔法は先日学校で先生が使っていたのを見て、便利そうだからと急遽覚えたそうです。
もう新しい魔法を覚えているなんて凄いです。
残るはフュエお姉様と私だけです。
フローラ姉様の魔法を見たフュエお姉様は、先ほど脱ぎ捨てた服を再び着出しました。
諦めた様には見えないのですが……
さらに服だけでなくガントレット、グリーヴまで着けだしてフル装備に着替えたフュエ姉様がズシズシと湖に向かって歩いて行きます。
そしてそのまま ブクブクブク――…… と湖に沈んでいきます。
「ちょっとフュエ!」
「フュエお姉様――!」
「うそ!なにやってるのよ……」
焦る私達を尻目に…… フュエお姉様が湖の底を歩いています。
へっ……? どう言う仕組みなのですか?
さっきまで『息が続かない』『耳が痛い』と私と一緒に嘆いていたフュエ姉様が水底を普通に歩いています。
そして水底でゆっくりと良さげな枝を拾って普通に歩いて上がってきました。
「ナニそれ?」「…………」「…………」
湖から上がってきたフュエ姉様は水にも濡れていません。
「フローラの魔法を見て、魔法がありなら装備効果も良いのかなと思って……」
フュエお姉様がエリゼさんを見ると『別に構わない』と言う顔をしています。
「でもどうやって水の中歩いたのよ?」
「へへ~ん このディケム様から頂いた装備には九属性の加護があるのですよ~ 要は水に沈み水のダメージを受けるという事になればウンディーネ様の加護が発動するのです。 そしてミスリルの武器と手足装備が重りの替わりになって水底でも歩けたわけ」
「なんかズルいわねその装備……」
「別に競っているわけじゃないんだから良いじゃない」
「まぁそうなんだけど…… なんか釈然としないわ」
残るのは私だけとなってしまいました。
『『『さぁリサ 頑張って!』』』と皆様に励まされ必死に潜水を試みます。
シャルマお姉様から耳抜きのやり方と潜る時のコツを習い、三メートル位まで潜れるようになりました。
一番浅い所に落ちている枝まであと一メートル!
「がんばれリサ!」「リサならいけます!」「もう少し、頑張れ!」
皆さんの声援の中、最後のチャンスくらいの気合を入れて挑みます。
一メートル……二メートル……三メートル……
あと少し―― もう少し――……
わたし今日一番の頑張りを見せました!
一番浅い所の枝でしたが、何とか拾う事が出来たのです。
『『『『やった――!!!』』』』
私が枝を拾って上がってくると、皆さん一緒に自分の事のように喜んでくれました。
「よし皆よくやった。 時間もあまりない、すぐに琥珀を取りに行くぞ」
「「「「は~い」」」」
琥珀はこの湖の近くでも所々に見る事が出来ましたが、とても小さく精霊虫が入っている物はありませんでした。
『ついて来い、とっておきの場所を教えてやる』とエリゼさんが穴場を教えてくれます。
そこは地底湖に水が流れ込んでいる小川を少し遡った場所。
水だまりになっている場所周辺の砂地でした。
「上流で湧き水によって掘り出された琥珀がここに流れ着くんだ。 探してみると言い」
エリゼさんに言われて私達が探し出すと、確かにいくつもの琥珀が転がって居るのが見えます。
それを拾い上げてみると、中に虫が入っている。
「コレ! 精霊虫入ってます!」
「わぁほんとだ。 凄い」
「あ……これにも入ってる!」
そして私達はしばらく夢中になり探し周り、選んだ琥珀は蝶の精霊虫入りの物でした。
エリゼさん曰く『蝶の琥珀はとても珍しい。四人分揃えられたのは奇跡だろう』と言われ『『『『やった~』』』』と四人で飛び上がって喜びました。
私達は無事に『埋もれ木』と『琥珀』を手に入れられた事は良かったのですが……
これだけに時間をかけてしまい過ぎたようで、もう長老アルコ様の下へ戻らなければならないようです。
「あ~ん あの小川沿いのカフェ行きたかった~」
「仕方なかろう、お前たちが湖で水の掛け合いなど遊んでいるのがいけないのだ」
「だって~ 一度でいいからあんな風に遊んでみたかったのですもの」
「うんうん楽しかったね~ カフェはまた次来た時の楽しみにとっておこうよ」
「そうだ。 お前達は次代を担う子供として種族同士の懸け橋になって貰いたいのだ。 また必ず遊びに来い」
「「「「は~い」」」」
後ろ髪をひかれつつ、私達はアルコ様の所に挨拶に戻りました。
「そうですか無事に『埋もれ木』と『琥珀』を手に入れられたようで何よりです。 とてもいい顔をしています。 楽しい思い出を作られたようですね」
「「「「はい」」」」
「…………。 本当に素敵なお友達同士ですね。 あなた達には今の気持ちを忘れないでいて欲しいです」
「ん……?」「………?」「………?」「………?」
「本当は、私はそこまで深い話をするつもりはなかったのですが…… あなた達の笑顔を見ているとずっとそのままでいて欲しいと願わずにはいられなくなりました。 その笑顔に水を差してしまうようで申し訳ありませんが、心して聞いてほしいのです」
「「「「は、はい……」」」」
「近い将来あなた達は耐え難い程の困難に襲われる事になるでしょう。 その困難をあなた達四人で必ずや乗り越えて欲しいのです。 世の中は残酷です。あなた達を取り巻く世界があなた達を引き裂こうとしてくる事でしょう。 ですが今の気持ちを忘れなければ、必ずやあなた達ならば打ち勝てると私は信じています」
最後にアルコ様から頂いた言葉は……
たぶん私に向けられた言葉でしょう。
私はきっと誰かに狙われている、そして私は三度目の暴走を起こしてしまうのでしょう。
その時…… 私は大好きなお姉様達を傷つけてしまうかもしれない。
『私達四人が揃えば、なんだって来いよね~』
『うんうん、私達が誰かを見捨てるとか絶対ないよね~』
『大丈夫! どんな困難でも打ち勝って見せますわ』
そんなお姉様達の声が聞こえる……
私はこんなに優しいお姉様達を傷つけたくない。