第七章10 仲良し四人組、アールヴヘイムへ行く
――フュエ王女視点――
リサ、シャルマ、フローラがディケム様のお屋敷に泊まるようになって、毎日がさらに楽しくなりました。
帰る場所は一緒なのに、帰りは馬車にも乗らず皆で喋りながら街中をぶらぶらと歩き、カフェレストランに立ち寄る事は変わりません。
そしてお屋敷に帰れば四人で学校で習ったことの復習予習の勉強会を行います。
ここでは魔法を教われる先生には事欠かないのです。
私たちが今抱えている課題は『魔法の杖(小)』の素材集めです。
『杖本体の棒』『触媒』『羊皮紙』
この三つを集めなければなりません。
『羊皮紙』は特別な物は必要ありません、ただそれに書き込む魔法陣が難しいのですがそれは素材を集めた後の話。
『触媒』は私達にはダンジョンで手に入れた『属性クリスタル』があります。
ですがリサは持っていません。
そして『杖本体の棒』これは誰も何も当てがありません。
「それでどうする? リサの『触媒』と全員の『杖本体の棒』をどうやって手に入れる?」
「簡単に考えれば街で買うのが普通よね」
「私達四人が集まってそれは無いでしょ」
「そうよね…… かと言って権力使って手に入れるのはゲスくない?」
「当たり前でしょ、そんな事するくらいなら街で買った方がマシよ」
「ならば…… 私達の色香を使ってディケムさんから素材を手に入れ――…… 痛いっ!」
シャルマが後ろからディケム様に丸めた羊皮紙で叩かれました。
誰もシャルマに同情など致しません。
『羊皮紙ならこれを使うといい』とそのままディケム様が羊皮紙の束をくれました。
羊皮紙は消耗品のため質の良し悪しはあまりありませんが、買うとそれなりに高いので普通に助かります。
「君たち…… 本気で相談しているようには見えないのだけれど。 教育者として色香で手に入れた素材など認められませんから!」
訓練に来ているラローズ先生にも怒られた。
「だって~先生、ここには最上級の素材がごまんと有るのですよ、初めて自分で作る杖だし目の前にそんな物が有ったら欲しくなるのは当然じゃないですか~」
「ま、まぁその気持ちも分かりますが…… もう少し努力をしなさい」
すると……
『ほぉ~お前たち。魔法の杖作りの棒を探しているのか?』と後ろから声をかけられる。
私たちが振り向くとそこにはラトゥール様がいらっしゃいました。
(ッ――ヒック!)
私達四人とも緊張で背筋を伸ばし『は、はい!』と返事をする。
「私はこれから副官のエリゼを連れて同盟国のエルフ族領主都のアールヴヘイムへ行くのだが、一緒に行ってみるか? あそこにはイグドラシルの成体も有るし、イグドラシルの枝はダメにしても森に囲まれたあそこなら杖に良さそうな素材が有るかもしれぬぞ」
ええええええぇっっっっっ――――!?
人族領から出てエルフ族領に行って杖の素材を探すの!?
そんな事良いの?
四人全員の顔が興奮で高揚しているのがわかる。
私達全員でラローズ先生の顔を見る。
「あ、あのラトゥール様…… 彼女たちはこれでも一応王女と言う立場。 同盟国とはいえ手続きもせずにエルフ種族領に行くのは少し難しいのでは?」
『やっぱり……』 ラローズ先生の言葉に皆の顔がみるみると沈んでいく……
それにしてもラローズ先生『これでも一応王女』って酷くないですか?
「ふん、ラローズ。 そんな事はどうとでもできる。 こいつらを私の従者として連れて行けば良いだけのこと。 お前らもエルフ領に行けるならそれくらいは受け入れられるだろ? それに行くと言っても転移陣で直ぐだ。 ディケム様の作られた人族領とエルフ族領の精霊結界の中を行き来するだけの事、危険なことはあるまい」
転移陣での移動! エルフ族領!! アールヴヘイム!!!
私たちの興奮はまた最高潮に達していました。
「ラローズ案ずるな、エルフ族とは建前上は対等な同盟だが、その実ディケム様の属領も同じだ。 我々ソーテルヌ総隊には行き来の制約は無いに等しい。 私がいれば問題は無いはずだ」
ラトゥール様の後押しもあり、私達も『ラローズ先生。 お願いします!』と懇願しました。
渋々ながらですが先生も了承してくれて、私たち四人はラトゥール様に連れられてエルフ族領の首都アールヴヘイムへ行くことになりました。
「あなた達、せっかく行くのでしたら沢山の物を見て来なさい。 他種族領など行きたくても行ける場所では無いですからね。 ラトゥール様、生徒を宜しくお願いいたします」
『『『『やった~~~♪』』』』 私達は四人で手を取り合って喜び合いました。
まだ見ぬ他種族の領地。エルフ族領の主都アールヴヘイム。
そこにはここより大きな神木の成体イグドラシルが有ると聞きます。
そんな場所にこの大好きな四人組で行くことができる。
こんな嬉しくてドキドキする事はありません。
アールヴヘイムへ出発する直前、神木の神気に敏感だと言う事でリサがディケム様に呼ばれ魔法をかけてもらっていました。
ディケム様がネロ(夢の精霊オネイロス)を顕現させ、リサのマナに干渉しています。
『これでしばらくは大丈夫』とおっしゃっていましたが……
ネロは私の護衛としてゴーレムコアの中に居ます。
リサが有事に陥った際にはネロが対処してくれるのだそうです。
私たちはラトゥール様が構築した転移陣の中心に乗せられます。
私たちの隣にはラトゥール様の副官ダークエルフのエリゼさんが居ます。
エリゼさんはあのエルフ族事変の折り、ダークエルフ族を率いていた族長です。
昔からラトゥール様に心酔していたと言う事で、今では族長の立場を捨てラトゥール様の下で働いているのです。
私の隣に立つシャルマの緊張が伝わってきます。
たしかモンラッシェ共和国はエルフ族と人族の同盟が締結する前まで、度重なるダークエルフ族からの圧力を受けていたと聞いたことがあります。
それが今では同じ転移陣に乗っている…… 少し前までは考えられなかった光景です。
そして私たちは初めて体験する転移魔法に興奮し、一瞬たりともその瞬間を見逃すまいと目を見開いていました。
ソーテルヌ総隊では当たり前になってきたと言う転移魔法ですが、実際に実用的レベルで使える術者はディケム様とラトゥール様の二人のみ。
他では戦闘でララさんが一度だけ成功させたと聞きましたが、実用で使えるレベルではないようです。
その為人族で転移魔法を体験した事がある人は、殆ど居ないと言っても過言ではありません。
そんな貴重な体験を、魔法学校で魔法の勉強をしている私たちが興奮しないはずがありません。
――さあいよいよ始まります!
ラトゥール様が転移陣にマナを注ぎ込みます。
転移陣がマナに満たされるにつれ徐々に光り出し、十分マナに満たされたところでラトゥール様が転移陣を発動させる呪文を唱えます。
≪——μετάσταση(転移)——≫
呪文と共に魔法陣がさらに強く光り出し転移魔法が発動したようです。
「み……みみみんな大丈夫!? そろそろ転送しそうよ!」
「お、お姉様…… わ、わたし恐いです……」
「リサ大丈夫よ! みんな怖いから安心して!」
「それ全然安心できません!」
「本当に一瞬でエルフ領に飛べるのかしら?」
「エルフ領まで早馬で一〇日はかかるのよ! それを一瞬なんて……」
『お前達そろそろ飛ぶぞ!』エリゼさんのその言葉を聞いた瞬間――……
目の前の空間がゆらりと揺らめき、私たちは真っ白な光に包まれました。
ほんの数秒間……
私は真っ白な光に包まれ、徐々に光が薄らいで視界が回復しだすと——……
私たちは辺り一面無数にそびえ立つ巨木に囲まれた緑の森の中に居ました。
そのスケール感にまるで自分達が小人になった様です。
「こ……ここがエルフ領……」
「こ、ここがアールヴヘイム……」
私達は巨大な木の上に作られた、転移専用として設けられたであろう広場に立っていました。
周りを見渡すと私たちが立っているこの巨木が、この国ではまだ小さな子供の木だと言う事がわかります。
途方もなく広がる無数にそびえ立つ巨木の数々。
よく見ればその一つ一つの巨木が、エルフ族が住む高層住宅となっています。
『『『『すごい……』』』』
私達四人はそのスケールの大きさに圧倒され、言葉も少なく立ち尽くしていました。