第七章9 共鳴するもう一人の私
――アルバリサ王女視点――
二度目の暴走で、周りの人たちの私を見る目はさらに厳しいものになりました。
姉からは『気持ち悪い私に近づかないで化け物!』とののしられ、『もし私に何かあったら父上が病床に臥している今ボーヌ王国は終わってしまうのよ!』と近づく事さえ許されなくなりました。
身の回りの世話をしてくれていた側使いの人達も、皆私を恐れ辞めてしまいました。
学校でもフュエお姉様達三人以外の人は、皆私を恐れ誰も近づいてくれません。
もし話しかけたとしてもすぐに皆逃げていってしまいます。
そして今私が最も苦手なのは、定期的に義務付けられたイ・シダール先生の検診です。
検診はベッドに寝かせられマナの流れを見るのだという。
身体的には一切触れられず、直接何をされている訳では無いのですが……
なぜか私の中をいじくりまわされている様な不快感、マナを診るとはこれほど嫌なものなのですか?
診察を終え帰り支度をしていると、今日もまた『リサ〜』と声が聞こえて来る。
⦅あっ! フュエお姉様達だ⦆
私の唯一の心の拠り所、生まれて初めて出来たお友達。
私が辛い学校生活を我慢出来るのはこの人たちのおかげです。
私たちの毎日の日課、それは学校帰りに四人でカフェレストランに立ち寄り入り浸る事。
みんな王女やご令嬢と言うご身分なのに、学校帰りはわざわざ馬車に乗らず四人で歩いて帰ります。
それはこのお気に入りのカフェレストランでお茶をするために。
私たちが通い始めの頃は、お客もまばらだったこの昼間のカフェレストラン。
でもお姉さま達が通う様になってからは、お姉様達目当てのお客さんで混む様になってしまいました。
お客様に紛れて何人か護衛の人達が隠れて見張っているのも、王族ならではのご愛嬌と言うもの。
お姉様達が動けばそこには人々が集まり、多くの人達が動きます。
この影響力が王女として生まれた者が、生まれながらに持つ資質と言うモノなのでしょう。
王女とは名ばかりの国民全てから忌避されて生まれた私とは別世界の方々です。
お姉様達との楽しい時間も終わり、また一人の大使館へと帰る時間が迫って来ました。
大使館では、私は誰とも喋らず誰とも関わらず息を潜め目立たないように過ごします。
私が何かをすればまた誰かに迷惑をかけてしまう……
でも独りぼっちは寂しくて悲しくて辛いです。
お姉様達と別れれば、また明日の学校の時間まで長い独りの時間が始まってしまいます。
独りになる時間が怖くて…… 怖くて……
大使館の前で立ち尽くし足が震えて前に進まない。
帰りたくない――……
「リサ? どうしたの?」
私の話を聞いてくれたフュエお姉様から、ソーテルヌ公爵様の屋敷に行こうと誘われました。
あの誰からも好かれているフュエお姉様も、お兄様とお義母様に疎まれソーテルヌ公爵様の所に身を寄せているのだと聞かされ驚きました。
フュエお姉様は自分がその様な境遇なのに私にも優しさを向けて下さる。
やはり私はフュエお姉様に憧れてしまいます。
ソーテルヌ公爵様と言えば人族の英雄、人族で知らない人など居ないでしょう。
シャルマお姉様もフローラお姉様も初めはソーテルヌ公爵様に取り入る事が勅命だったと聞きいています。
本来ならば私もその役目を負う立場だったのでしょう。
ですがボーヌ王国はいま王が病に伏せ女王が亡くなり、とてもその様な政略を画策する余裕がございません。
そのお陰もありポマール姉様はマルサネ王国のコート王子に熱を上げ、自由な恋愛に勤しんでいる様なのです。
私がソーテルヌ公爵様と初めてお会いしたのは、私が一回目の暴走の時に私を取り調べに来られた時でした。
そのような出会いで、公爵様の私への第一印象が良い訳がございません。
私の印象はソーテルヌ公爵様のお名前は有名ですので、とても緊張した事を覚えています。
そして自分の中のマナを他人に診られたのもこの時が初めてでした。
ですが不思議なことに…… イ・シダール先生にはあれほど嫌悪感を感じるマナの検診ですのに、ソーテルヌ公爵様の検診時には暖かく包まれる様だった事を覚えています。
フュエお姉様に連れられてソーテルヌ公爵様にお目通りし、しばらくの間お屋敷に置いて頂ける事になりました。
しかもシャルマお姉様もフローラお姉様も一緒に!
つい嬉しくて、はしたなくも四人で『『『『やった〜!』』』』と叫んでしまいました。
その様子を微笑みながら暖かく見守ってくれるソーテルヌ様の笑顔を見て、フュエお姉様がぞっこんになるのも分る気がしました。
そしてその日の夜。
ソーテルヌ公爵様の招待を受け、私たちは神木下のテラスに向かいました。
このソーテルヌ公爵様のお屋敷に来た時、誰しもが敷地の奥にそびえ立つ大きな神木に目を奪われます。
ですがそこは精霊の聖域、精霊様の許しを得たもの以外は誰も近づくことは許されません。
それがたとえこの国の王だったとしても、近づくことは許されないのだそうです。
テラスに近づくにつれ、この御神木が普通の木でない事は誰しもが感覚で分かります。
木の精霊ドライアド様はイグドラシルに宿ると言われています。
イグドラシルとは全ての生命の源マナとこの世界を繋ぐ世界を支える神木。
イグドラシルが無くなればこの世界も滅びると言われる、神ともいえる存在です。
ソーテルヌ公爵様の話によれば、この御神木は今イグドラシルまで格を上げるための成長途中なのだそうです。
私はフュエお姉様達の後を歩き、御神木を見上げながら歩きました。
そして私たちがテラスにたどり着いたとき……
私の中で何かが突然響きだしました――ッ!
⦅これはなに? 御神木と私の中のもう一人の私が共鳴している?⦆
また自分の中で何かが起こるの?
自分では抑える事が出来ない何かが起こってしまうの?
恐い…… どうしよう? まだ誰も私の異変には気づいていない。
お願い誰か助けて――……
「アルバリサ王女、大丈夫ですか?」
後ろからその言葉をかけられ、突然私を後ろから支えるよう両肩にソーテルヌ公爵様の手が置かれました。
すると……私の中で暴れ回っていた共鳴音が静まり、静かで安らかな波紋のような共鳴へと代わっていました。
「あ、ありがとうございます。 落ち着きました……」
「稀に初めて神木近くに来た人がその神気に当てられて具合を悪くする事が有るのですよ。 もし体調がすぐれないようでしたら、お食事会は後日にいたしましょう」
「い、いえもう大丈夫です。 少し鼓動が早くなってビックリしましたが落ち着きました。 今はむしろ御神木様のマナを全身に受け調子が良く感じるほどです」
多分ソーテルヌ公爵様には、もう一人の私と御神木との今の共鳴が聞こえたに違いありません。
私が三度目の暴走寸前だったことに気づかれたのでしょう……
それをお姉様達に気づかれない様に抑え込んで下さいました。
今のは…… 私の中のもう一人の私が御神木との共鳴に驚きパニックに陥り、赤子のように泣き出した様でした。
初めての暴走の時と感覚が似ています。
そのマナの乱れに気づいたソーテルヌ公爵様が私のマナを整えてくださった。
そして荒れ狂う共鳴が波紋のように静かで安らぐ共鳴に代わった事で、もう一人の私が落ち着きを取り戻し静かに眠りについた…… そんな様でした。
それからの私は体調を崩す事もなく、純粋にソーテルヌ公爵様が開いて下さった歓迎のお食事会を楽しむ事が出来ました。
それは一生涯忘れる事の出来ない素敵なお食事会。
日が暮れるにつれ夕闇が世界を包み込む頃、御神木が仄かに光を帯び始めました。
『わぁ~』と私達は声を上げました。
すると…… 一つまた一つと光を帯びた精霊様達が御神木の周りに姿を現します。
そして気づくといつの間にか私たちは一面の精霊様達の光に囲まれていました。
そして精霊様のその優しい光に照らし出された色とりどりの草花。
そんな夢の様な光景を感動して眺めていると……
御神木下のテラステーブルにお料理が運ばれてきます。
「この中でお食事が出来るのですか? すごい……」
「はい。 精霊達と触れ合いながら食事を取ります。 少し騒がしくもありますが楽しんでください」
運ばれてきたお料理は、このソーテルヌ公爵邸にあるマナいっぱいに満たされた畑で作られた野菜を使ったお料理だそうです。
私たちはその味の濃さ、美味しさにビックリしました。
そしてそのマナを多く含む野菜が精霊様も気になるのか、お食事をいただいていると時折好奇心旺盛なオーブの精霊様が料理を覗くようにテーブルの上にも上がってきます。
すると突然ウンディーネ様が姿を現し、指で精霊オーブを軽く弾き飛ばします……
まるで子供を躾けているようです。
そんな精霊様達のやり取りを眺めながらの食事は、さながら演劇でも見ながらお食事を頂いているような、とても素敵なお食事会でした。
そしてお食事が終わり、デザートに合わせたティータイム。
その紅茶はカフェ好きの私たちがみな目を見張る美味しさでした。
ソーテルヌ公爵様の執事ゲベルツ様が煎れてくれた紅茶だそうです。
ゲベルツさんの才能は『家庭魔法』と言うのだそうです。
その魔法の効果は、おいしいお茶を煎れる事が出来るのだとか!
あぁ…… 私は腐蝕なんて恐ろしい魔法じゃなく、おいしいお茶を煎れる『家庭魔法』の才能が欲しかったです。