第七章8 親友四人組
――フュエ王女視点――
昨晩の神木下のテラス会議では今のところ糸口になる重要な情報は得られず、今分かっている鍵となる言葉を皆で共有しただけに留まりました。
「それにしても…… あぁ~あの神木下テラスでのお食事会、素敵だったなぁ~♪」
「何よそれ…… 私達友達でしょ? そんな素敵なお食事会なら私達も誘いなさいよ!」
昨夜の食事会の思い出がつい私の口から漏れてしまい、シャルマとフローラからしつこく追及される羽目になってしまいました。
「誘いたいけどラトゥール様とかいらっしゃるし、私も末席に居ただけだから……」
ラトゥール様の名が出たとたん、シャルマもフローラも顔を引きつかせている。
二人の追及を止めるのは、ラトゥール様の名前を出すのが一番です。
そんな風にふざけ合いながら私たちは今、保健室にリサを迎えに行く途中です。
リサは二度の暴走以来、定期的に医療補助のイ・シダール先生の検診を受けています。
『リサ――! 迎えに来たわよ~ 検診は終わった?』シャルマの呼ぶ声に『は、はい……』と返事が返ってくる。
「これはこれはシャルマ様、フュエ殿下にフローラ殿下までお揃いで。 アルバリサ王女のお迎えお手数をお掛けいたします」
保健室ではイ・シダール先生が出迎えてくれる。
「別にお迎えなんて仰々しい感じじゃないですから。 私たちは友達ですから迎えに来るの当然です」
「これは申し訳ない。 言葉の選択を間違えたようです。 それでもありがとうございます。 今アルバリサ殿下は二回の暴走で全ての生徒達から避けられてしまっています。 シャルマ様達しか心のよりどころが無いのがアルバリサ殿下の現状です。 どうかこれからもお友達で居てあげてください」
「そんな事当たり前です。 先生に言われなくても、どんな事が有ってもリサと私たちはお友達ですから!」
なぜかシャルマはイ・シダール先生に喧嘩腰な所があります。
『なんで?』と聞いたけど…… 『生理的にあの笑顔が嫌い!』と言っていました。
サバサバして気持ちのいい性格のシャルマにしては珍しく理不尽なことを言います。
なぜだろう? 私はとても素敵な笑顔だと思うのだけれど……
現に医療補助として配属されてからイ・シダール先生は女子生徒に大人気です。
事有るごとに体調不良を訴えて保健室に行こうとする女子生徒が多いのだとか。
そしてこの頃女子生徒で賑わう保健室が、イ・シダール先生がお休みの時は女子生徒が誰も来ないと言う、その呆れたメリハリの良さに男子生徒たちはドン引きしていました。
イ・シダール先生の後ろから、身なりを整えたリサが顔を出す。
迎えに来た私たちを見てリサが泣きそうな顔で深く頭を下げる。
『友達なんだからそんな他人行儀に頭なんか下げないでよ!』とシャルマがリサに怒っている。
つい最近までお友達が居なかった私にはリサの気持ちがとてもわかる。
シャルマの心の優しさがとても嬉しい。
私たちは学校帰りに行きつけの川沿いのテラスがあるカフェでお茶をするのが日課です。
テラス席の一番奥、川のすぐ近くの特等席が私達お気に入りのテーブル。
夜には人が溢れるこのカフェも、大人の人たちがまだ働いているこの時間なら、この特等席も私達学生が占領することができるのです。
この頃は毎日のように来る私たちの為に、予約席としてお店が空けてくれている程です。
ララさんの話では……
私たちが通りから見えるテラス席でお茶をしているととても目立つのだとか。
昼間はどうしても席が空いてしまっていたこのカフェも、若い女の子がいつも来ると聞きつけ男性のお客さんが増えたのだとか。
この頃は昼間のこの時間でも満席の事が多く、『予約席』とプレートが置いてあるテーブルが不自然なほどです。
たしかにシャルマもフローラもリサも凄い美人だから、宣伝効果になるのでしょう。
「今日も満席ですね……ここのカフェ」
混雑しているカフェの状況を見て私たちが入るのを躊躇っていると。
『お客様いつもありがとうございます。お待ちしておりました、どうぞこちらへ』とカフェの店員さんが満席のテーブルの奥、不自然に一つだけ空いているこの店一番の特等席へ私達を案内してくれる。
「なんかこの席…… 特権を使用して空けているようで、少し気が引けますわよね」
「何言ってるのよフローラ、お店のお客見てみなさいよ男性が多いじゃない。 お店としてもこの集客の難しい時間帯に満席になっているのだから、私たちは良い宣伝になっているのよ。ララさんが言っていたじゃない。 私たちが使っているのは王族としての階級制度特権じゃなく、女子学生としての特権なのよ! どうせチヤホヤされるのは若い時だけなのだから、今使わなきゃ損でしょ!?」
シャルマのあけすけな物言いに皆で顔をしかめました。
たびたび男性から送られる視線を感じながらのお茶タイム。
さすが特権階級で育ったお嬢様たち、そんな視線など日常茶飯事と一切気にも留めず優雅な寛ぎのひと時を過ごしていました。
お茶の寛ぎのひと時を終え、皆で一緒に自分達の家に向かいます。
全員が王女とご令嬢のこの四人組、帰る家と言っても全員が貴族街にある各国の大使館や迎賓館です。
「じゃ~ねリサ。 また明日ね~」
ボーヌ王国大使館前までリサを送り届けて、皆でリサを見送っていると……
リサがなぜか大使館に入って行こうとしません。
「どうしたのリサ?」
「………………」
「なによ…… 何か悩み事が有るなら黙ってないで話しなさいよ。 友達でしょ!」
「シャルマお姉様…… その…… 私、大使館に帰っても居場所が無くて……」
「な、何でよ! あなた王女様でしょ!? 大使館に友達は居ないかもしれないけど居場所が無いってことは無いでしょ?」
「あの…… 私…… 元々の出生から皆に嫌われていたのです。 それが今回の二回目の暴走で…… 皆が私を気味悪がって誰も私に近づこうとしません。 一つ上のポマール姉様からは出て行ってほしいと……」
「なっ! 出て行けって、そんな事許されるはずないでしょ! 本国のお父様とお母様に連絡すればいいじゃない、国王様と女王様なのでしょ?」
「お父様は…… 私が生まれてすぐに病で倒れて長い年月臥せっています。 お母様は私を産んだ事がきっかけでお亡くなりになりました。 私が国民からも貴族からも嫌われている理由です」
「…………」 「…………」 「…………」
自分を産んだ事でお母様が亡くなられ……
皆から嫌われる……
自分の事の様で私はリサを放ってなんて置けない。
「ねぇリサ! 私も今、お兄様とお義母様から嫌われてしまいディケム様の下に身を寄せているの。 私も一緒にお願いしてあげるからディケム様の下に行ってみない?」
「フュエお姉様…… ありがとうございます」
そして私たちはソーテルヌ公爵邸へ向かう事にしました。
ディケム様に経緯を説明して、ディケム様よりボーヌ大使館へ連絡を入れてもらい。
この度のリサの二度の暴走を考慮して、しばらくソーテルヌ公爵がアルバリサ王女を守護下に置く名目で両国が調整を付けてくれました。
調整とは名ばかりの厄介払い……
それでもリサの第二王女としての立場上、両国の体裁を整えなければならなかったと言う事。
守護と名目は打っていますが、ソーテルヌ卿の監視下に置いてほしいと言うのが本音でしょう。
「それで? なんでシャルマとフローラまでここに居る?」
「何故って、女の子四人の方が楽しいからに決まっているじゃないない」
ディケム様に呆れ顔を向けられました……
「楽しいで済まされる立場じゃ無いだろ君たちは? 特にフローラはまだ同盟にも加盟していないロマネ帝国の交流学生、お客人待遇なんだぞ」
「あら本国に問い合わせたら『ぜひ行ってこい、その調子でソーテルヌ卿を垂らしこめて来なさい』と簡単に承諾されましたわよ」
『『なっ……』』私もディケム様も言葉も出ない。
「あら私も同じよ。 それにフュエから夜の神木下テラスでのお食事会の素晴らしさを自慢されちゃったらね~ 『私も!』ってなるでしょ普通。 前回来たときは緊張して全然楽しめなかったからね。 私達四人の共通の趣味はカフェでお茶する事なのよ。 知らなかったでしょ フフゥ~ン」
⦅ちょっ シャルマ! その話は止めて―― フフゥ~ンじゃないわよ!⦆
⦅あうっ! やっぱりディケム様に睨まれた……⦆
「もぅ仕方ないな。 後でシャルマ達の話が嘘じゃないのか各国大使館に問い合わせてみるが…… 確かにアルバリサ王女もその方が落ち着くだろうからな。 本国の了承が出ているのなら君たちを受け入れよう」
ディケム様の許しの言葉を聞いて『『『『やった〜!』』』』と四人で飛び上がりました。
リサ達がこのソーテルヌ公爵邸でお泊りする部屋は私の部屋。
最初は別々の部屋を用意してくれたけど、四人で一緒の部屋がいいと無理を言ってベッドを運んでもらいました。
みんなでお泊り会のようで楽しい。
ディケム様が私の側使いエメリー、ジェーン、エマに『四人の世話を頼む』と無理難題を言っていたけれど、エメリー達も快く引き受けてくれました。
そしてその日の夜は……
ディケム様の計らいで神木下のテラスでリサの歓迎食事会を開いて下さいました。
この日は先日の会議のついで―― ではなく本当のお食事会です。
私たちは精霊様が舞い踊り花々を照らし出す、夢のような時間を過ごす事が出来ました。
そしてカフェ好きの私たちが特に感動したのは食後のティータイム。
ディケム様お抱えの執事ゲベルツさんが入れてくれた紅茶の味と香りに感動しました。