第七章6 接触
――アルバリサ視点――
自分の中に知らない自分が居る。
そして自分の意識が無くなった時、別の自分が暴れだす。
自分が無くなる事が怖い。
人を傷つけるかもしれない自分が恐い。
私は今回の暴走で初めて自分の中に居る別の自分に気づいた……けど、
本当は初めから知っていたのかもしれない。
だのに遠い昔に無理やり忘れ去ったような……
いえ、無理やり閉じ込めた様な気がする。
今まで閉じ込められていたせいなのか。
一度思い出してしまった別の自分が日に日に大きくなっていくのが分かる。
怖い…… 恐い……
そんな私をみんな疑いの目で見て来る。
私をみる目、化け物を見るような目が怖い。
皆から向けられる私なんて居なければ良いのに、と言う悪意の視線が怖い。
きっと私の知らないところで、私に関わらない様に皆が私を避けている。
またボーヌ王国の時と同じだ……
ボーヌ王国でも、私が生まれてしまった罪が母を奪い父をも蝕んだ。
だから私は生まれたときからポマール姉様から忌避と憎悪の目を向けられて来た。
そして王と女王を奪った私を民は嫌い、貴族は嫌悪した。
やっと誰も私を知らないこの国に来て、新しい自分になれると思っていたのに……
結局私は私のまま。
『そんな私をフュエ姉様が救ってくれた』
私の中の恐ろしい私を抑え込んでくれた。
そして『あなたは私と同じ』と手を差し伸べてくれた。
こんな私を『お友達』だと言ってくれた。
嫌なことを忘れるくらいの笑顔をくれた。
もう私はフュエお姉様の側を離れられない。
なのに……
⦅⦅……見つけた!⦆⦆
『っえ? だれ?』
「ねぇリサ! なにボーっとしてるのよ。 早く学食行かないとディケム様を待たせちゃうわよ~」
「う、うん……ごめんなさいフュエお姉様。 すぐ行きます」
⦅⦅あぁ…… やっと見つけた!⦆⦆
『っえ? 気のせいじゃない…… なに? 誰なの?』
⦅⦅こんな所に居たのか、探したぞ我らの『希望の子』よ⦆⦆
『希望の子? 何を言っているの? 私はそんなのじゃない、あなたは誰!?』
⦅⦅さぁ――ッ 希望の子よその大いなる力を我々に示しておくれ!⦆⦆
⦅⦅そしてあの方の望を叶えておくれ!⦆⦆
『やめて! 私はそんな力使いたくない。 私はフュエお姉様と――……』
イヤ…… ダメ! なんで?
意識が遠のく、もう一人の私が出て来ちゃう……
「リサ? ねぇリサ…… ちょっとしっかりしなさいリサ!」
「フュ……フュエお姉様、お願い…… 逃げて…………」
「リサ……ダメ、リサっ! 飲み込まれちゃダメ!!」
遠くでフュエお姉様の声が聞こえる。
でも私は自分が消えていくような強烈な眠気に逆らえない。
そして私の意識は黒い沼の底に沈んでいく……
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――フュエ視点――
リサの後ろに知らない人が立っている。
黒い修道服を着ているその人は、どう見ても学校の関係者じゃない。
フードを深く被ったその人は男なのか女なのか、その外見だけでは判断できない中性的な骨格をしている。
その人がリサの後ろで薄っすらと光を帯びた小さな笛を取り出しそれを吹く。
微かに見える口元からその人が笑っているのが分かる。
そして吹かれている笛からは一切音は聞こえない…… だけど!
リサの様子がおかしい。
リサの口元から『ぐっ…… や、やめて……』と言う苦しそうな呻き声が漏れて来る。
⦅あれは……⦆ リサの意識が無くなっていく。
「ちょっとリサ? ねぇリサ…… しっかりしなさいリサ!」
私の問いかけに、かすかに残る意識でリサが声を絞り出す。
「フュ……フュエお姉様、お願い…… 逃げて…………」
「リサ……ダメ、リサっ! 飲み込まれちゃダメよ!!」
私の必死の問いかけに、リサが最後の抵抗を試みるも……
無情にもリサの意識は失われていった。
そしてリサの意識が消えると同時に、リサの体からあの時と同じどす黒いマナが溢れ出す。
「ハハッ! 凄いぞ我らの希望の子よ。 可視化される程の強いマナまで育っていようとは。 さぁその力を私に見せておくれ! あのお方の期待に応えられる力がある事を示しておくれ――ッ アハハハハ!」
その黒い修道士服を着た人物からリサに向けられる声は、まるで死神が喋っているような、聞いているだけで背筋が凍る様な声でした。
リサから溢れ出したマナはそのままリサの肌に張り付き、あの時と同じように徐々にリサの背中へと体を這いずっていく。
そして、リサの背中から空へと向かって伸びた漆黒のマナは、無数の細長い羽の形に変わり片翼の漆黒の翼へと形を変えた。
⦅この前はこの後、翼が霧へと変わった…… 霧に代わってしまうと対処が難しくなる!⦆
漆黒の翼から一枚 ひらりひらり と左右に揺れながら濡羽が舞い落ちる。
一枚の濡羽が地面に触れ、弾け崩れるように羽が霧散したその瞬間――
リサの背中の漆黒の片翼も弾け霧散し黒い霧へと変わった。
そしてその黒い霧がリサを守るように周囲を取り囲もうとした時。
『リサ―――ッ!!!』私が叫んだ その瞬間――……
ゴォオオオオオオオ――――――ッツ!!!
リサの周りに荒れ狂う炎が巻き起こり渦を巻く――
そしてその炎が徐々に人の形を成していく。
皆が唖然とその光景を見守る中、その炎は火の精霊イフリート様へと変わり顕現をなさいました。
顕現した火の化身イフリート様がリサへと腕を伸ばすと、吹き荒れる炎がリサへと襲いかかる。
するとリサが纏う黒い霧がまるで生き物のようにリサを守ろうとしますが……
イフリート様の超超超火力の炎によって黒い霧は焼かれて行く。
『腐蝕属性』の天敵は『火属性』です。
先日ディケム様から伺いました。
すると今度は腐蝕の黒い霧が炎から逃げ出そうとしますが、イフリート様がそれを許さない。
イフリート様が一気に畳みかけ、灼熱の炎が一瞬にして腐蝕の黒い霧を焼き尽くしてしまいました。
それは一瞬の間に起きた出来事でした。
ここに集まっている人たちの思考が、今起きた事態の速さに追い付いて行けません。
やっと我に返った私は『リサは?』と一瞬焦りを覚えましたが……
イフリート様が去ったその場所には、服も燃えていない無傷のリサが立っていました。
『よかった』と私は安堵しました。
『…………』 『…………』 『…………』 『…………』
でもまだ殆どの人達がこの一瞬の出来事に思考がついて行けず、辺りは静まり返ったままです。
その静けさの中。
『クソ――ッ 片翼しか無い出来損ないか!!!』と黒い修道服の人物が叫ぶ声が聞こえてきました。
そこに居る誰もがまだ事態を吞み込めず立ち尽くす中。
『フュエ殿下――!!!』 私の名を呼ぶディケム様の声が聞こえました。
その声に私の体が思い出したように反射的に動き出す。
次の瞬間、私はリサの後ろに立っていた黒い修道服を着た人物を、メイスで薙ぎ払う。
しかし、『ボノス!』と黒い修道服の名を呼ぶ声が聞こえ、黒い修道服の襟首をつかみ後ろに引き倒しました。
そして私のメイスは空を切る――
『クッ!』そのまま体を切り返し『逃がさない!』とばかりにメイスを振り下ろそうとしたその場所には、すでに黒い修道服を着た人物はもう居なく、野次馬の生徒の人だかりだけでした。
「フュエ殿下、もう逃げられました。 諦めましょう。 それよりもアルバリサ殿下の容体を確かめましょう」
ディケム様のその言葉で、ハッと我に返りリサの元へ向かう。
そこには既に、医療補助のイ・シダール先生がリサの側で容体を確かめて居るのが見えます。
慌てて急いで駆け寄る私たちに『大丈夫ですよ』とイ・シダール先生が私たちを諭します。
「彼女に怪我や火傷の跡は有りません。 命の危険性は無いです。 今はただ大量の魔力を消費した疲労のせいで眠っているだけでしょう。 安心してください」
イ・シダール先生の優しい声が皆を安心させてくれる。
そしてイ・シダール先生は大切そうにリサを抱きかかえ、保健室へと運んで行きました。