第七章5 忍び寄る病魔
―――フュエ王女視点―――
今日はララさんとトウニーさんが教会講習の特別講師を行うと言う事なので私、シャルマ、フローラ、そしてアルバリサも誘って講習会に参加することにしました。
アルバリサ王女の事は友人として『アルバリサ』、もしくは『リサ』と敬称は付けず愛称で私たちは呼んでいます。
私たちはクラスメイトと言う事もありとても仲が良いお友達です。
この頃学校ではこの四人でいつも集まって行動している事が多いのです。
そして今、四人揃って教会に向かって歩いているのですけれど……
私の隣にもう一人私が居る。
私のガーディアン夢の精霊オネイロスのネロは、 学校ではいつもゴーレムコアの中で待機しています。
でも今日のような街中では、影武者として私の姿のゴーレムになっているのですけれど……
お忍びなのに双子のようにそっくりな子が並んで歩いていては逆に目立つと思うのです。
しかもネロの一番困った事は、シャンポール王都の街を自由に歩くのが初めてなリサと一緒になり『あれはナニ?』『あれはどんな食べ物なの?』『ねぇ!あれが見てみたい』と初めて見る物や立ち並ぶ露店に興味津々で駆け回っているのです。
でもまぁ確かに、ネロの行動は影武者としてはどうかと思いましたが……
神代からずっと剣の中に封印されていたのですから、街歩きも楽しくてしょうが無いのは致し方ない無い事かもしれません。
それに沈みがちだったリサを、嫌なことを忘れるぐらい連れまわして、お腹を抱えて二人で笑い合っている姿を私たちは止める事など出来るはずがありませんでした。
(私が初めて街を歩いたとき、ディケム様はこんな風に私を見ていたのでしょうか……)
はしゃぎ回るネロとリサのおかげで、教会講習の始まる時間ギリギリに四人で滑り込む羽目になってしまいました。
でも、お友達と皆で汗だくで走り勉強会に滑り込むなんて、今まで王宮育ちだった私達には考えられなかった事でした。
だから遅れてきたのになぜか皆でクスクスと笑ってしまい……
『この子達ナニやっているの?』って視線が痛かったです……。
教会講習は魔法学校の新学期が始まる前までは学生で溢れていて、学校が始まるとぐっと学生が減ると聞いていたのですが…… 今日も学生で溢れていました。
ララさん達が特別講師として来て下さるようになってからはずっと大盛況なのだか。
⦅講習を受けたいというより、ララさん目当ての人が多い気もしますが……⦆
私達はララさんの講習を受けるのは初めてでした。
でもやっぱりマディラさん達の講習と同じく、とてもわかりやすくてリサも『こんな素晴らしい講習が教会で受けられるなんて!』と驚いていました。
元々才能が黒魔法系のリサは、回復魔法を苦手とし苦労していたので『とても助かります!』と喜んでいました。
講習会後半の実技時間も終わりに近づくと、親御さんに教会に連れて来られたまだ小さな子供達が楽しめる様にと、ララさんが精霊ルナ様を顕現させました。
『わぁ――!』と会場に子供たちの歓声が上がります。
講習会場は一気に喜びの声に溢れました。
そしてネロを精霊と聞いていても理解していないリサも『お姉様! 精霊様ですよ~♪』と子供たちの輪の中に入っていきました。
リサの平民や貧民の身分の違いなど気にしない、分け隔てなく子供たちと一緒にはしゃぐ姿は見ていて気持ちのいいものでした。
今の無邪気に笑っているリサの姿を見ていると、とてもあの恐ろしい魔法を使った人と同じ人とは思えませんでした。
講習会が終わった後、教会出口でララさんとトウニーさんが出てくるのを待ち、合流して行きつけの川沿いのテラスがあるカフェでお茶をしました。
ディケム様と行動を共にする様になる前には、私は来る事など許されなかったこの素敵なお店、それが今では通い慣れたお店になっている。
今の私には住み慣れた王宮よりも、お友達と一緒にいられるこの場所が一番の安らぎの場所となっています。
「フュエさん達もこのカフェ行きつけなんですね」
「『も』と言う事はララさん達もこのカフェ使ってるんですか?」
「うんうん! ここはトウニー達と初めてお友達になった思い出の場所なの~」
「え~私たちも一緒です! 初めて教会講習受けた日にシャルマとフローラとここに来たんです」
「ディケムさんとミゲルも一緒だったけどね~」
「うんうん。 その後すぐ冒険に行って、それから冒険者パーティーまで組むとは思わなかったね」
「ディケムからその話聞いて『ほんと何やってるのよ!』って皆で呆れてましたよ。 それにしても偶然この三人が逢うとか、さらにリサさんまで加わるとか…… 運命を感じますね」
「私もお姉様達とご一緒出来て嬉しいです~ 運命感じてます♡」
「リサ…… 同じ年だからお姉様はやめなさいって! あと♡もやめなさい!」
「え~嫌ですシャルマお姉様~」
そんな話をしていると……
『このやろう~!』『フギャ―!』と後ろからネロと白猫が喧嘩をしている声が聞こえて来ました。
(ネ、ネロ…… 私の姿で猫と対等に喧嘩するのホントやめてっ――!)
「それにしても今だに信じられないわよね、あのフュエそっくりの子があの大きなゴールドゴーレムだなんて」
さっきまで一緒のテーブルで、私の使い魔として連れている白猫の『シロ』と、仲良く一緒に一つのケーキを食べていたはずのネロが、食べ終わるとすぐにテーブルから離れて二人?(一柱と一匹)で喧嘩を始めている。
この二人はすぐに喧嘩をして仲が悪いと思えば寝る時は一緒に寝ていたりと、仲が良いのか悪いのか本当によく分からない。
「うんうん。 あの地竜ボーデンドラーゴを止めたゴーレムの怪力は今でも忘れられないわ! それが次に会ったときはあの可愛いフュエと同じ姿のネロちゃんになってるとか…… もう何が何だかって感じよね」
ボーデンドラーゴの話に『王女様達になにやらせてるのよ、ディケムは!』ってララさんが怒って、トウニーさんが呆れていたのがとても面白かったです。
リサは私たちの冒険の話を聞いて目を輝かせ。
ララさんのディケムさんに怒る姿に大笑いをしていました。
こんな女の子同士の楽しい時間が……
『せめて魔法学校に在学している四年間だけは続きますように』
そんなささやかな願いを私は、慈悲と再生の女神エイル様にお祈りしていました。
―――ディケム視点―――
フュエ王女がアルバリサ王女達とお茶の時間を過ごしている時。
ディケムのところにラトゥールから一つの報告が上がる。
「ディケム様。 王都に『Σ(ヴァーシグマ)』の刺繍を入れた、黒の修道服を纏った一団が入城したようです」
「『Σ』の刺繍と言うと…… この頃独自の思想で教えを説き、各国で急速に広まっていると聞く『ルカ教』とかいう宗教集団の事かい?」
「はい」
「ラトゥールがわざわざ俺に報告すると言う事は、何かあるのかい?」
「はい。 そのルカ教と言うのは『破滅未来からの反転』や『正しい未来への回帰』など『反転・回帰』と言う言葉を独自の聖典に掲げている異教の類なのですが…… その聖典解釈の中に『種族の始まりへの回帰』と言うものが有る様なのです」
「種族の始まりへの回帰…… ようは先祖返りと言う事かい?」
「断言は出来ませんが…… ですが先日のギーズの話と合わせて考えますと、巨人族が先のジョルジュ王国との戦争で行った『神話級巨人の顕現』、先祖返りは『ルカ教』と関係があるのではないかと私は愚考いたします」
「ではラトゥールは『ルカ教』は人族だけでは留まらず、他種族にまで影響を与えていると言うのかい?」
「信じがたい事ですが…… ですがもし関係があるとすれば、種族間のパワーバランスを崩す程の大きな力が動いている可能性がございます。 そしてもし先日のボーヌ王国アルバリサ王女の魔法学校での暴走も関係しているとすれば…… ディケム様お気を付け下さいませ」
「あぁ……ありがとう。ラトゥールの配慮に感謝するよ。 気づかぬうちに病気の進行のように国を蝕む宗教は正面から攻め込まれるよりも厄介だからね。 それが強大な敵となれば用心し過ぎると言う事は無い、十分気を付けるとするよ」
「はっ! 私は早急に魔神族領とエルフ族領でも調査を行わせます。 新しいことが分かり次第ご報告いたします」
「よろしくたのむ」