第七章4 未知なる力
先日入学式のおり、禁呪とされている上級魔法『腐蝕』を使い問題を起こした少女は、ボーヌ王国のアルバリサ・ボーヌ第二王女だった。
ボーヌ王国は、国王が女王を亡くしたショックで長い間臥せっていると聞いている。
他国の事をいちいち詮索などしたくはないが、国の代表たる王女が禁呪とされる腐蝕魔法を使うとは物騒な話だ。
しかも意識を失ったまま暴走したとあっては、放置できない異常事態である。
数日後、俺は『王都守護者』としてアルバリサ王女の取り調べに向かった。
取り調べと言っても相手は王女だ、たいした取り調べなど出来るはずはないが、かと言って放置もできない。
取り調べは俺とアルバリサ王女、あとはアルバリサ王女専属の女性の護衛騎士が一人。
情報が漏れないよう三人だけの完全密室で行われた。
「アルバリサ殿下。 大変失礼な事とは存じますが、我々の取り調べの申し出に応じて頂き感謝いたします」
「いえソーテルヌ様。 入学式では大変ご迷惑をお掛けしました。 まさか私が『腐蝕』なんて恐ろしい魔法を使っていたとは…… それもまさか人に向かって放ったなど信じられません」
護衛騎士の話によれば、アルバリサ王女にあの時の戦闘の記憶はなく、今まで『腐蝕』魔法を使ったことなど一度も無いという事だった。
「確かに、腐蝕魔法を使われていた殿下は意識を失っていたように見えました。 殿下の記憶が有ったのは何時までなのですか? 最後の気記憶を教えてください」
「はい。 私は『力試し』には参加せず、遠目に他国の学生に囲まれていたシャンポールの学生とフュエ王女を見ていました。 私の記憶が有るのはそこまでです。 次に私が気がついたのは学校の医務室ベッドの上、医療補助のイ・シダール先生に診てもらっていました」
「その最後の記憶の時、何かおかしな事はありませんでしたか?」
「おかしな事と言われましても…… う~ん……あっ! 変な言葉を聞いた気がします。『お前の力を見せてみろ』と言う言葉を……」
「『お前の力を見せてみろ』ですか?」
「はい。 正直『力試し』の最中ですし、そのような言葉は周りに飛び交っていたのですが…… その言葉だけは私の心に響いたと言いますか…… 私に向けられた言葉の様でした」
「『力試し』に参加していないアルバリサ殿下に『お前の力を見せてみろ』と声がかけられた。 ですか……」
いまその言葉『お前の力を見せてみろ』と俺が言葉を発してもアルバリサ殿下に反応は無い。
特定の人物がその言葉を発すれば、殿下が暴走する『鍵』となるのか?
いや。そんな簡単な発動条件ではない気がする。
アルバリサ王女のマナを調べて見ても、あの時見た強くどす黒い不浄なマナは一切感じられない。
あの肌に張り付き粘度の高い液体のように蠢くマナ……
それが片翼の羽に形を成した時、俺は確かに強烈な危機感を覚え鳥肌が立った。
あれは俺の知らない力だった。
あんな強烈な力を今は全く感じる事が出来ない。
あの力をこれほど完全に隠すことなど出来るのだろうか?
アルバリサ王女を見ても、それ程マナの扱いに熟練しているようには見られない。
やはり今見る限りでは本人の意思であの力を使ったとは考えられない。
結局その日俺は、それ以上の情報は得る事は出来なかった。
取り調べが終わり、アルバリサ王女の拘束は一時解除されたが、完全な原因の究明には至らなかったこともあり、ソーテルヌ総隊の監視下に置かれる事となった。
そして学校でのアルバリサ王女にはフュエ王女が付く事になっている。
アルバリサ王女がもし暴走した時に、一年生で抑えられるのがフュエ王女だけだったからだ。
ふつう魔法学校のクラスは才能ごとにクラス分けされるのだが、今回は問題が解決されるまで、アルバリサ王女は臨時でフュエ王女と同じ白魔法のクラスに編入となった。
アルバリサ王女の才能が黒魔法だけでなく、白魔法の才能も混ざっていた事は幸運だった。
まぁどちらにしろ、才能ごとの専門授業は三年生からだ。二年生までは学校で習う授業内容はどのクラスも同じとなっている。
一、二年生で才能ごとにクラス分けされる意味は、才能差による生徒の優劣が明確につかない様にする為だ。
今日もフュエ王女を馬車で学校に送り、みな各々の教室に向かう。
俺の居るF組は黒、白、青と魔法の才能をはっきりと分けにくい生徒の寄せ集めだ。
どこのクラスに行っても専門職の生徒と差が出てしまう難しい生徒が集まっている。
その為授業内容は一、二年の時と同じ様に全ての魔法を浅く広く学ぶと言った感じだ。
三年生から他のクラスは専門的な魔法を習っている事から、ここからの二年間で魔術師を軍事的戦力と考えたときの力の差が大きく開いてしまう。
だがもちろん、浅く広くが悪い事ばかりではない。 他のクラスでは習えない知識を得る事も出来るからだ。
そんな三年生になった俺だが、少しずつ取り戻している前世の記憶と経験、さらには九柱の精霊達からの教えも有り、今では学校で学べる事は殆ど無くなっていた。
それでも学校に通い続けるメリットは色々と感じている。
そのメリットの一つが人族最大蔵書数とも言われている魔法学校の図書館だ。
学校の授業は、その日学ぶ内容を授業の途中でもテストを受け、合格する事で残りの時間を自由時間とできる仕組みがある。
俺はこの頃その授業免除の仕組みを使って、殆ど毎日朝一でテストを受け図書館へ通っている。
「それでは今日の授業は補助系の魔法陣についてです。 授業前に免除のテストを受けたい人はいますか?」
ラローズ先生の言葉に俺は『はい』と手を上げテストを受ける。
『また朝一からですか? 可愛げない……』と呆れた顔で先生が俺を見る。
そしてテストに合格して、そのまま図書館へ向かう。
昼まで図書館で調べ物をした後、学生食堂でララ達と合流する。
「ディケムは今日も図書館通いなの?」
「あぁ陛下から禁書庫の閲覧許可をもらったんだ。 今はそこで調べ物をしているんだよ」
『何を調べているのですか?』今俺たちが囲むテーブルに来たばかりのフュエ王女が質問してくる。
フュエ王女を見ると、その後ろにはアルバリサ王女が後ろに隠れるように食事のお膳を持っている。
あの新入生の『力試し』でフュエ王女に叩きのめされて以来、アルバリサ王女はフュエ王女に傾倒しているようだ。
後ろから『お姉様』とフュエ王女に話しかける声が聞こえる。
(お姉様ってなに……?)
普通、上級貴族が学生食堂で食事を取ることはまず無い。
治外法権の学校の中とはいえ、格式を重んじる貴族達には食堂の空気は耐えられないもののようだ。
それなのに俺の前にはフュエ王女、アルバリサ王女、フローラ皇女、シャルマ大統領令嬢が嫌な顔もせず座っている。
俺が情報収集の為、学食を好んで使っているのに合わせている様だ。
俺はアルバリサ王女を一目してから先ほどのフュエ王女の質問に答える。
「腐蝕の魔法…… について調べています」
アルバリサ王女がビクッと震えフュエ王女の後ろに隠れる。
そして自分の後ろで縮こまるアルバリサ王女を見て、フュエ王女が俺に『腐蝕の魔法について何を調べているのですか?』と質問を続けた。
「単純に火の属性に弱くて、風属性に強いとかの属性の力関係も詳しく調べたかったのですが…… それよりもあの時に見た、羽の形を成した液体のように蠢くどす黒いマナ。 あれは呪文を唱えて発動する魔法にはありえないマナの動きでした。 まるで俺達精霊使が使役している精霊が勝手に形を成し動き回っているような……」
『それで何か分かったのか?』今度はディックが興味を示して聞いて来た。
「いや、今のところはさっぱり。 アルバリサ殿下から精霊の気配も感じないし……」
すると今度はギーズが気になっている事があると話しだす。
「なぁディケム。 まったく関係ないかもしれないけど…… 僕がジョルジュ王国で神話級の巨人と対峙していた時、水の巨人が『水龍』を操るところを見たんだ」
「あぁ、そう言えば報告書で見たな」
「あの時の水の巨人は、神獣の幼体を食らう事で神話時代の巨人へと先祖返りしたとウンディーネ様から教えられた。 それは神話の時代の巨人は精霊様のように水龍を操れたと言う事なのかい? 僕が見た水龍は今回のアルバリサ殿下のそれとは性質は違ったけど、何か近い物が有ったような気がしてならないんだ」
「なるほど……」
四門守護者としてギーズ達はかなりマナを見る事が出来るようになっている。
そのギーズが、神話級巨人が操った水龍とアルバリサ殿下のあの時の羽の形を成した黒いマナに類似性を感じている。
神話級巨人の報告書を読んだとき、神獣の力を取り込めればそんな事も可能なのだろうと簡単に流してしまった。 あの時は他種族、それも最強種族の一角と謳われる巨人族の事を調べるのは難しいと言う理由もあった。
(先祖返りとはなんだ?)
(その神話級巨人のマナに似ているというアルバリサ王女のマナとは?)
これは改めて調べ直さなきゃダメみたいだな……
「ありがとうギーズ。 どうやら俺の思っていたのとは別の方向からの調査も必要のようだ。 その線も含めて調べてみるよ」