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寂滅のニルバーナ ~神に定められた『戦いの輪廻』からの解放~  作者: Shirasu
第7章 腐りゆく王国と隠されたみどりご
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第七章2 クレリック無双


 今日から新学期が始まる。

 近頃俺たちは学校へワイバーンを使い通学していたが、フュエ王女を護衛している今は馬車で通学する事にしている。

 フュエ王女がワイバーンを持っていないからだ。


 馬車を降り魔法学校の前で立ち止まる。

 フュエ王女が学校の門の前で立ち止まり、これから通うことになる学校を見上げている。

 二年前、サンソー村から出てきた田舎者の俺達四人も同じように門の前で学校を見上げた事を思い出す。

 門をくぐり学校の中に入ればそこは治外法権、大人たちの政治的な争いから遠ざかりフュエ王女の身の安全は比較的守りやすくなる。

 あくまで比較的と言う話だが……


 ここから学園内は、学年が違う為フュエ王女の護衛に俺たちは付く事は出来ない。

 フュエ王女も身を守る武器を持ち込めないのだが……

 フュエ王女はゴーレムコアを肌身離さず持たせている。

 有事の際にはコアを使いオネイロスのネロが出てきて王女を守ってくれるはずだ。



 俺もララ達と別れ久しぶりにF組の教室に入る。

 魔法能力によりクラス分けされているこの学校では、特別なことがない限り一年から四年まで同じクラス、同じクラスメートと過ごすことになる。

 教室には今まで二年間ともに学んできた学友の顔が並んでいる。

 俺は特に仲のいい精霊使い見習いのリグーリア、マルサネ王国の子爵家プーリア嬢、ジョルジュ王国の子爵家マルケ卿と挨拶を交わした。


 教室で担任のラローズ先生の話が終わり、例年と変わりなく講堂に移動して入学式に参加する。

 だが、いつもは恙無(つつがな)く進行する式典も今年は少し雰囲気が違っていた。

 事前の『代表挨拶者』の発表に学生たちが騒ぎ出していたからだ。


 式の初めは、今年から医療室に医療補助として配属されてきた『イ・シーダル』と言う先生が紹介された。

 怪我が絶えない軍事学校では、医療系の先生はいくら増えたとしても多すぎることは無い。



 そしていよいよ入学式が始まり『新入生代表挨拶』のフュエ王女の名が告げられる。

 講堂に騒めきが起こり、緊張感が漂い始めた。


 壇上に登ったフュエ王女が、在校生一堂に頭を下げ代表挨拶を始める……


『春の息吹が感じられる今日、私たちはこの魔法高校に入学いたします。本日は私たちのために――……』


 正直、少しだけ心配していたがフュエ王女の代表挨拶は卒なくこなされた。

 そして挨拶が終わるころには騒めきも治まり緊張感も消えていた。



 そして在校生代表のオリヴィエ嬢の名が呼ばれ『歓迎の言葉』が始まった。


 『選ばれた私たち…… その高貴な血筋が…… シャンポール王国が導き……』


 正直その歓迎の挨拶を聞き俺も驚いた。

 オリヴィエ嬢の言葉は『血統主義』を強調し(うた)った差別色が強いものだったからだ。

 元平民の俺からすればそれは聞くに堪えない生まれながらの特権に傾倒した『魔法主義』『貴族主義』『シャンポール主義』一辺倒の言葉だらけだった。


 唖然とする俺達とは別に、シャンポール王国のオリヴィエ嬢を中心とした貴族派閥から盛大な拍手が送られた。

 貴族社会、それも上級貴族だけの特権階級で育った者とは、これほどまでに愚かなのか……


 歓迎の挨拶が終わり、他国の生徒たちの不満は一気にシャンポール王国の生徒へと向けられた。




 そして放課後に始まる恒例の『力試し』。

 あれだけの反感がシャンポール王国の生徒に集まれば、なにが起きるかは簡単に予想できる。


 オリヴィエ嬢が行った代表挨拶への反感が『他国生徒VSシャンポール王国生徒』の図式を作ってしまう。

 計らずしもこの腕試しの意図、不満の捌け口としての役割が皮肉にも機能した形なのだが……

 入学早々一方的に狙われるシャンポール王国の新入生はたまらない。


 校舎から新入生の力試しを見るために、全生徒と先生方が校庭を見ている。

 校庭では、他国の生徒に囲まれてシャンポール王国の生徒が固まっている状況が見える。

 その中心に皆に守られるフュエ王女の姿が見える。


 正直俺は、フュエ王女の護衛者としてとてもこの状況を看過でなかったが、新入生同士の力試しが終わらなければ上級生の俺は介入出来ない。



 しかし遠目には『他国VSシャンポール王国』だと思っていたが……

 よく見るとフュエ王女の側にシャルマとフローラの姿、それに幾人かの他国生徒の姿が見える。


 オリヴィエ嬢のスピーチは気に食わないけど、それ以上に多勢に無勢、しかも何も関係のない新入生にその怒りが向けられる事は彼女達には許せないのだろう。

 『シャルマとフローラらしいな……』と俺は心の中で二人に感謝する。



 そしてここで彼女たちの冒険者として培った経験が生きる。

 これまでの彼女たちの冒険の一つ一つは、主力として戦ったのがアマンダ達熟練冒険者だったとしても、彼女達はしっかりと共に戦って来たのだ。

 いくら貴族達が入学前に訓練してきたと言っても、冒険者として大規模討伐、ダンジョン攻略、Sクラスゴーレムとの死闘、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)など、いくつも死と隣り合わせの実戦を経験してきた彼女達の比ではない。

 彼女達が培った経験値は凄まじい!


 遠目に、震えながらも必死にフュエ王女を守ろうとしているシャンポール学生の中心で、淡々と『水属性ガントレット』と『風属性グリーヴ』を装備し始めたフュエ王女の姿が見える。

 その様子に取り巻きの貴族学生たちは『で、殿下…… 何を?』と戸惑っている姿が見られる。


 フュエ王女がメイスを使って入念なストレッチを終えると……

 そんなフュエ王女にシャルマとフローラが次々に補助魔法を重ねがけしていく。


 そして……

 ヒュッ――!!!

 守られる様に貴族達の中心に居たフュエ王女が―― 飛び出す!!!


 その思いもよらぬフュエ王女の行動に『フュ、フュエ殿下―――!!!』と貴族たちが悲鳴を上げる。


 この王女の思いも寄らない突然の行動に、王女を守るシャンポールの学生はもちろん、敵対する取り囲んでいた他国の貴族も何が起きたのか暫く思考が追い付いていかなかった。


 皆がパニックに陥ったことも有るだろう。

 そしてフュエ王女のクレリックと言うジョブが魔法使いの天敵、接近戦ジョブだったということも有るだろう。

 フュエ王女がシャンポール王国の貴族を取り囲む他国の貴族の中に飛び込み、次々に薙ぎ払っていく。

 その姿は視覚的に劇的で見ている者の度肝を抜いた。

 そして特に特質すべきは、軍の初歩ともいえる学校ではクレリックと言うジョブは殆ど見る事が出来ないはずなのに……

 フュエ王女のクレリックの動きが既に高いレベルまできていることだった。


 予想外の展開に呆然と立ち尽くす貴族たち。

 その固まる貴族の中へ俊敏な動きでフュエ王女は滑り込み―― 薙ぎ払う!

 ヒットアンドウエイで素早く切り込み離脱する。

 ダメージを喰らえば直ぐにヒールで直し、常に防御(プロテクト)加速(ヘイスト)の魔法を自分で重ね掛けして、時間とともに強化されていく。

 今日入学したての新入生がその動きに対応できるはずが無い。

 その動きはもう『人ならざる者』にしか見えなかっただろう。


「おいおいおい、何だよあれ! 本当にフュエ王女なのか?」

「ちょっと何よあれ! ここは魔法学校よ。 戦士学校じゃないのよ」

「いや、アレは魔法を使って強化された動きだ。 後衛で放出魔法を使うのが魔術師の基本だが…… フュエ王女のあの動きは、より実践的な上位職クレリックの動きだよ」

「そんなの軍事基礎を学ぶ学校で見られる『ジョブ』じゃないでしょ?」


 フュエ王女の動きに、直ぐにでも救護に駆けつようと待機していた先生達も目を見張っている。

 それはそうだ、何処かの学生が言っていた様にクレリックはヒーラーにして接近戦ジョブ。

 このより実践に特化したジョブを、これから軍事基礎を学ぶ学生が使うとは思うはずが無い。



 相手陣営の中に飛び込んだフュエ王女は無双状態だった。

 相手方が同士討ちを避けるために不用意に攻撃出来ない事が大きな要因の一つだ。

 魔術師と言うクラスと団体戦の欠点をうまく突かれた、実戦経験の差が如実に表れた形だった


 機動力に特化したクレリックは戦士以上の動きをする。

 そんなフュエ王女の動きに鈍足な魔術師がついていけるはずが無い。

 そう、戦いに不慣れな新入生程度が、いくつも実践を積んできたフュエ王女の動きについて来られるはずが無かった。


 敵陣に自ら単身で飛び込む危険と表裏一体のハイレベルな技術、それを可能にする強靭な胆力。

 フュエ王女はソーテルヌ邸に居る間、魔神軍五将ラトゥールの師事の元、学生達が憧れる英雄ラス・カーズ将軍と毎日模擬戦でさらに磨きをかけていたようだ。

 その動きは、槍を振るい自ら単身敵陣に斬り込むラトゥールのスタイルにも似ている気がした。

 その思い切りのいい戦い方は見ていて清々しい。

 校舎から見ている上級生からも『おぉおおおお――!』と感嘆の声が漏れていた。



 他国の生徒たちは皆、鬼人と化したフュエ王女が目の前に現れた時点で杖を捨てて頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 そんな相手陣営の生徒をフュエ王女は容赦なく薙ぎ払い場外へと弾き飛ばしていた。

 いっさいの躊躇と情けは感じられない。

 戦闘中の躊躇と戦意を消失することは致命的な事だとラトゥールから厳しく叩き込まれていたからだ。


 予想もしなかったフュエ王女の姿に、傍観していた皆が唖然と見守る中、新入生の腕試しは大勢が決していた。


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