第六章74 記憶
『…………』 オネイロスは黙ってこちらを見ている。
あれから攻撃をしかけてくる様子もない。
「オネイロス! この夢はお前が支配者だがフュエ王女の夢だ。 フュエ王女が目覚めた今、もうお前の一方的な世界では無くなったはずだ!」
「………………」
試しに俺はオネイロスに落雷を落とす。
ズドォォォォォンッ――――――!!!
バリバリバリバリ――――――ッ!!!
今まで俺の攻撃を避けようともしなかったオネイロスが避けるが―――
秒速一〇万㎞の稲妻を避けられるはずもなく、オネイロスの左腕が消し飛ぶ。
人と違う精霊はマナ(エネルギー)の塊。
腕が消し飛んだところで直ぐに再生するのだが、ダメージ分のマナが減っている。
「もう、ダメージも通るようになったな。 この時点でもうお前には勝ち目は無いぞオネイロス。 俺には八柱の精霊たちがついている。 八対一ではどうする事も出来まい」
「………………」
「まだやるのか?」
「…………。 分かったわヨ! 私の負け! 降参~降参~~~ン」
「今度は随分とあっさりと負けを認めるんだな?」
「ま~ね。 フュエがあなたを選んだから。ちょっと悔しくて意地になっちゃったけど、もともと私はあなたの力を確かめたかっただけ。 だから満足しただけよ」
「そうか……」
「だいたい…… 精霊を八柱も従属させているとか、反則でしょ! それにあなたの元には知ってる顔が随分と居るのだもの、早く再会を喜びたいわ。 なにせ私はシャンポールの元に居た時のまま転生すらも許されず、一人で寂しく剣の中に居たのだもの」
俺は頷き戦闘態勢を解き、オネイロスの前に歩いていく。
「さぁ早く! 私を契約魔術で縛りなさい!!!」
契約魔術の演唱を行う
“オネイロスに告げる!
我に従え、汝の身は我の下に、汝の魂は我が魂に。 マナの寄る辺に従い、我の意、我の理に従うのならこの誓い、汝が魂に預けよう———!”
≪————συμβόλαιο(契約)————≫
それまで真っ白だった空虚な部屋が崩れ去り、色取り取りの花が咲き乱れる花畑になる。
その花畑には楽し気な精霊達が飛び回っている。
⦅ここはフュエ王女が夢に見た世界だ………⦆
『ディケムよ、其方との契約を裁可する!』
精霊オネイロスと俺のマナが繋がり、契約は成立した。
黒く塗りつぶされていたオネイロスの顔から、黒塗りが消えていく。
そしてフュエ王女と同じ顔が現れる。
そして――
オネイロスと俺のマナが繋がったとき……
オネイロスの記憶が俺の中に流れ込んできた。
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『なぁネロ、俺の我がままを聞いてくれないか?』
『なによシャンポール、いきなりあらたまって……』
⦅これは…… オネイロスの記憶!⦆
⦅ネロと呼ばれているのはオネイロスか?⦆
⦅シャンポールって、シャンポール王国の王祖じゃないか!⦆
『ネロは俺が初めて契約した精霊だ。 だから俺には特別なんだ……』
『ちょっと…… いきなり何よ! は、恥ずかしいじゃない……』
『なぁネロ。 俺は親友のファフニールを封印してしまった』
『う、うん……』
『そのために四大元素の精霊と契約してしまったが…… 俺には過ぎたる力のようだ。 水の精霊ウンディーネに『俺は彼女の探している者では無い、此度の契約はファフニールを助ける為の仮契約』と言われたが…… その意味が分かってきたよ。 四大元素の精霊を使役するには俺のマナは心もとない。 近い将来、俺は力尽きるだろう』
「ッ――なっ! そ、そんな!」
「いいんだネロ、どちらにしても【大神ウラノスの審判】により、人族の寿命は大きく縮められたようだ」
「………………」
「なぁネロ、お願いの件なんだが……」
「な、なによ! 今の話聞いたら『イヤ』なんて言えないじゃない!」
「ネロ達精霊は『個』では無い事は知っている。 だが俺が死ねば契約したネロも一度マナに帰り新しい精霊として生まれ変わるのだろ?」
「うんそうよ! 契約者と一緒に過ごした経験値により『格』が上がったり下がったりして、新しい精霊として生まれ変わるわ! 今の私は最上位の精霊だからこれ以上格が上がったら神になるかもしれないわね!」
「でも…… その時には今の君の『記憶』も『性格』も無くなってしまうのだろ?」
「ま、まぁ…… 厳密には違うけど…… 今の私では無くなる事は確かだわ」
「お願いだネロ! 今の君をこの宝剣に封印させてくれないか!?」
「ッ―――なっ! なんでよ!!!」
「俺は…… 俺では狂った神を正すこと事は出来なかった。 親友を眠らせることしか出来なかった。 だがいつかウンディーネが探し求める者が現れたとき―― その者の力になって貰いたい。 そしてもし…… その者の近くに俺の子孫が居るのなら、その子の力になってほしい。 最後のは親バカみたいなただの我儘だけど、人族の本能みたいなものだ」
「な、なによ…… それなら転生した私じゃダメなの?」
「転生したら『記憶』が有るかわからないのだろ……? それに今の誰よりも優しいネロの『性格』じゃなきゃダメなんだ…… ⦅子供っぽいとも言うけど……⦆」
「シャンポール!!! 最後に何か聞こえたわよ!」
「ゴメン、ゴメン!」
「だけど! 本当にネロは俺の特別なんだ…… その特別な君を未来の『子』に贈りたいんだよ」
「………………」
「ず、ずるいわよ! ウンディーネ達だけ一緒に連れて行って、私だけ置いて行くなんて! 私だって最後まであなたと一緒にいたいのに! そんな話されたら……」
「ゴメン! ネロ…… 本当に俺の我儘だ。 ごめん……」
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精霊の感情は人のそれとは大きく異なる。
だが、泣きながら封印されるオネイロスとシャンポールの別れを見て俺は思う。
『まるで愛し合う恋人の別れを見ているようだ』と……
そんな人に近い感情を持った精霊オネイロスだからこそ、王祖シャンポールは残された時間が短い自分より、いくらでも可能性を持っている未来の子孫に贈りたかったのかもしれない。
俺は少し、ジョルジュ王国で起きた少年と精霊ニンフとの悲劇がよぎったが……
王祖シャンポール程の人物が、ウンディーネ達よりもオネイロスを後世に託したのだ。
それ程の大精霊なのだろう。
契約が終わり、俺はオネイロスをみる。
そして『ネロ』と名を呼ぶ。
「なっ! なんでその呼び方知ってるのよ!」
「お前とシャンポールとの記憶が流れ込んできたんだ」
「そ、そぅ…… やはりあなたが、あの人が言っていた人で間違いないようね。 そしてフュエ、シャンポールとの約束を守り、あなたを守護しましょう」
「え?」
「私はあなたの祖先からあなたへの贈り物、契約者はディケムだけど、あなたの力になることを約束するわ」
「あ、ありがとう。 今までも私の心が壊れないように守ってくれたのに…… これからも私を守ってくれるのね」
「えぇ。 でもフュエ、あなたはディケムとマナで繋がれていない。 今のあなたのマナ量では私と繋がれば耐えられなくなるわ。 さて、どうしたものかしら……」
「フュエ、ゴーレムを出してくれないか?」
俺の言葉に、フュエ王女が『ゴーレム・コア』を取り出し、ゴーレムを作り出す。
今はまだ夢の中だ、欲しいものは願えば手元にすぐ現れる。
「ネロ、フュエ王女はガーディアン・ゴーレムを持っている。 このゴーレムの核には精霊結晶を組み込んである。 それを依り代とできないか?」
『………………』 オネイロスがごついゴーレムを見て、あからさまに嫌な顔をしている。
「ゴーレムの形は固定していない。 おまえの形に変えればいいだろう!?」
『おぉ――! なるほど!』とオネイロスは嬉しそうにゴーレムに宿り、ゴーレムはオネイロスの形へと変わっていった。
⦅本当に大丈夫なのだろうかこの精霊…… もしかしてアホな子なのでは?⦆
「こらディケム! いま失礼なことを思ったであろう?」
「い、いえそんな事は……」
オネイロスの姿は今、模写されたフュエ王女の姿そのままだ。
二人並べばそっくりな双子のように区別することは難しい。
「オネイロス、もうその姿フュエ王女の模写はやめてくれないか?」
「なぜよ? 私は長い間シャンポールのマナと同調していたから、その子孫のフュエの形を取るのが自然なのよ。 それに、このほうがこの子を守る影武者としての役目も出来るでしょ?」
「なるほど。 確かに今フュエ王女には危険が多いい。 それも一理あるな」
「ふん! アホな子とは言わせぬぞ!」
「き、聞こえてたのか……」
俺や四門守護者ほどマナの扱いに慣れてくれば……
たとえオネイロスのマナがシャンポールと長い間同調し、マナがその子孫のフュエ王女と似ていたとしても見間違う事はない。
だが…… まだマナの特訓中のマディラ達では、その違いが判らないだろう。
それほど二人のマナは似ている。
これは、確かに影武者として最適だろう。
そしてこれで、フュエ王女のゴーレムはオネイロスが宿ることで意思を持ち、マナの自然回復に頼るだけでなく、自分でマナを補給することが出来るようになった。
精霊とはマナそのもの、息を吸うように自分を維持する為にマナを吸収する。
夢の中でやっておきたい事は全て終わらせた。
俺は夢から目覚め、急いでフュエ王女の部屋へと向かう。
途中、異変を感じ取ったラトゥールとララも合流し、フュエ王女の部屋の扉をノックする。
王室護衛騎士のエマが扉を開け、俺たちを迎え入れる。
部屋に入ると二人のフュエ王女がベッドに座り、その前に困惑したアメリーとジューンが立っていた。
『こ、これは……』さすがのラトゥールも困惑していたが……
すぐにオネイロスの方を向き、剣に手をかける。
「ネロ、現実のその体も問題ないな?」
「ええ、問題ないわ。 これからも宜しくね! ご主人様♪」
『なっ……!』フュエ王女の顔のオネイロスに『ご主人様』と言われた俺は動揺する。
そんな俺の顔を見てオネイロスが『してやったり』と満足そうに微笑んだ。
そんな、俺とフュエ王女の姿をしたオネイロスのやり取りに、皆の緊張が和らぐ。
そして俺は今までの経緯を皆にはなし――
俺の従属に加わった『夢の上位精霊オネイロス』を皆に紹介した。
ちなみに、すっかり忘れていたが……
フュエ王女の隣に、あの夢の中に居た白猫もちゃっかりと座っている。
⦅あの白ネコ…… 夢の中だけの住人じゃなかったのか? なんだアレは?⦆