第六章73 再誕
俺とオネイロスが戦闘態勢に入ると、白猫がフュエ王女を安全な場所へ下がらせる。
「坊や、言っておくけど…… ここでお前が死ねば、お前の精神も死に現実世界のお前も死ぬと思いなさい」
⦅やはりそうか……⦆
オネイロスはかなりヤバい精霊だ。
俺はどうにかオネイロスとの戦闘を避けたかったのだが……
結局こうなってしまった。
オネイロスもどこまで本気で、本当は何がしたいのかは俺にはわからない。
ネコが怖いと言うのも、本当なのかは疑わしい。
だが……
多分この夢の世界では、オネイロスは無敵だろう。
とりあえず俺も、この夢の中でも夢と自覚していれば、ある程度の事は出来るはずだ。
だがまずはこの夢のルールを確かめなきゃならない。
手始めに俺は『氷水球』の魔法を放つ――!
しかし『氷水球』はオネイロスに届く前にカラフルな紙テープとなり四散する。
次に俺はイフリートを顕現させ『火炎球』を放つ――!
しかし『火炎球』も今度はカラフルな紙吹雪となり四散した。
―――だがその直後!
紙吹雪で視界が隠れた隙を突き、イフリートをオネイロスに直接突撃させる!
業火と化したイフリートが直接オネイロスを貫く!
オネイロスは四散し燃え尽きたが……
すぐに別の場所に顕現する。
マナ量も減っていない事から、ダメージは無いのだろう。
⦅はやり、ここでのオネイロスは無敵か……⦆
次に俺はバアルを顕現させ、雷の雨を降らせる。
稲妻がオネイロスを消滅させるが、すぐにオネイロスは顕現する。
だが降り注ぐ稲妻がすぐにオネイロスを消滅させる。
しばらくそれを繰り返したが……
一向にオネイロスのマナは減らない、ダメージを与えている感覚は無い。
⦅なら…… これならどうだ―――!!!⦆
俺はフュエ王女と白猫を防御結界で隔離する。
そして―――!
「λάμψη(閃光)・αστραπή(稲妻)・βροντή(雷鳴)―――………」
≪――――Καταιγίδα(雷霆)――――≫
ズドォォォォォンッ――――――!!!
ズガガガガガガガッ――――――!!!
『雷霆』の超超超破壊の柱が立ち、オネイロスごと辺り一面を消滅させる!
そしてさらにしばらくの間『雷霆』が辺りを継続的に滅した。
…………だがしかし!
やはり『雷霆』の光が収まると、俺達がいた部屋は元通りに戻り……
そして目の前にオネイロスがいる。
「あらあら…… 本当に恐ろしい坊やね。 ウンディーネが入れ込むのも分かるわ」
⦅恐ろしいのはそっちだろ……⦆
まったくダメージを受けていないオネイロスに言われても、とても褒められている気がしない。
魔法攻撃もダメ。物理攻撃もダメ。数で攻撃してもダメ。超超超火力で継続的に滅してもダメ。
このオネイロスの夢の世界、オネイロスのルールの中では力押しでは難しいようだ。
やはり真正面からぶつかっては勝ち目が無い。
俺が考えあぐねいていると……
今度はオネイロスが指を鳴らす。
するとどこからかクマの縫いぐるみが三体トテトテと歩いてくる。
そしてみるみる大きくなり、『竜』程の大きさになる。
その巨大なクマの縫いぐるみが俺に襲いかかってくる!
俺は『飛行』を使い、三体の攻撃をかいくぐり逃げ回る。
⦅夢の中なら、俺もダメージを受けても大丈夫なのか?⦆
ふと、そんな考えが頭をよぎるが……
いや! オネイロスは『ここで死ねば、現実世界の俺も死ぬ』と言った。
ここは一方的なオネイロスの世界、試しにダメージを負うことは悪手だろう。
俺はイフリートの超超高熱で一気に三体の巨大なクマの縫いぐるみを焼き払う!
……しかし。
またどこからかトテトテとウサギの縫いぐるみが歩いてきて巨大化する。
何度、縫いぐるみとの戦闘を繰り返しただろう。
最初はクマ、次にウサギ、ネズミ、キツネ……
一度ネズミの時に焼き払わずに斬ってみたが、そのまま分裂して数が増えてしまったので焼き払った。
その縫いぐるみとの戦闘のさなかも、オネイロス本体を凍らせたり、切り刻んだり、植物に吸収させたりしてみたが……
結局ダメージは与えられなかった。
⦅これは手詰まりだな……⦆
『フュエ!!!』 俺はフュエ王女に叫ぶ!
俺の呼ぶ声を聴き、フュエ王女の人形が『ビクッ!』と一瞬震える。
「お前は俺に『見つけてほしい』と言った! 俺はお前を見つけたぞ!」
俺の言葉を聞き、フュエ王女の人形がまた『ビクッ!』と震える。
「お前の出生を俺は知らない。お前がどれほどの孤独を抱えているのかも俺は知らないが…… たとえ知っていたとしても、俺はお前を哀れまない。 同情もしない」
フュエ王女の人形が震えている。
「この世の中は理不尽だ、お前よりも不幸で孤独な者などいくらでもいる。 その全ての者を救う事など出来ない。 神ですらこの世界を投げ出したのだから……」
俺がフュエ王女にしゃべり続けると、オネイロスが『やめろ―――!!!』と苛烈な攻撃を俺に仕掛けてくる。
「お前にその娘の何が分かる! お前に言われなくたってそんな事は分かっている! いくら望まれなかった命だって…… 夢を見る権利くらいは有るだろう……?」
⦅やはり…… オネイロスとフュエ王女は同調している⦆
「フュエ! 夢の中に閉じこもるな! 自分の想いを夢の中だけに閉じ込めておくな! 望め! この世の中はクソッタレだが、お前が思うよりもそこに生きる人々は優しく救いはある」
『うるさい! うるさい! うるさい―――!!!』
オネイロスが拒絶するように俺に攻撃を仕掛けてくる。
「フュエ! お前は俺に助けを求めた! そこから出たいと自分で望んだ! さぁ勇気を出して俺の手を取れ! 幸せになりたいと自分で望めッ―――!!!」
椅子に座ってビクビクと震えていた少女の人形が震えながら立ち上がる。
そしてゆっくりとゆっくりと俺に向かって歩いてくる。
「やめろッ―! 行くなっフュエ! 今までどれほどお前は悲しい思いをしたのだ! ここに居れば、夢の中ならずっと楽しく居られるのだぞ! もうこれ以上悲しい思いなどしなくていい…… 私と……私とずっと一緒に…… 私がお前の夢を何でも叶えてやるから……」
オネイロスの言葉にフュエ王女の人形は振り向きもせず、俺の元へとゆっくりと歩いてくる。
ためらいもしないフュエ王女を見て……
オネイロスは少し傷ついた顔で『い、行かないで…… フュエ』と力ない声でつぶやく。
フュエ王女が俺の元までたどり着き、俺の手を握る―――
その瞬間!
フュエ王女の形をした人形は崩れ去り、人間のフュエ王女に戻る。
「ディケム様。 私なんかが…… 幸せを望んでも良いのですか?」
「当たり前ですフュエ殿下。 望むことは誰もが許された権利です!」
「ディケム様。 私を見つけて下さり、ありがとうございました」
「はい」
俺の手を握るフュエ王女の手に、力が漲っていくのが分かる。
「ディケム様、もう少し手伝って頂けないでしょうか? あの子は私そのもの…… あの子も救って頂きたいのです」
「はい、そのつもりです」
フュエ王女は嬉しそうに微笑み、俺と一緒にオネイロスに向き合う。