第六章70 王位継承選定の儀
ボーデンドラーゴ討伐を終えたその日の夜、俺は奇妙な夢をみる。
マーチング・マーチの音楽に合わせて……
縫いぐるみの軍楽隊(吹奏楽団)が楽器を奏で行進している。
俺もその軍楽隊の中の一人。
クマの縫いぐるみでシンバルを持っている。
前には犬や猫、後ろにはウサギやネズミの縫いぐるみが太鼓や管楽器を持っている。
そして……
ずっと前にはただ一人縫いぐるみではない人の女の子がバトンを振っているのが見える。
あの先頭の女の子だろうか……?
『フフフ……』『アハハ……!』と子供達の笑い声が聞こえてくる。
⦅あの女の子はフュエ王女なのか?⦆
軍楽隊は楽しそうにマーチング・マーチを奏でている。
『マーチったらチッタカタァ〜行進だ〜』
『マーチったらチッタカタァ〜行進だ〜』
『カワリ バンコ』
『カワリ バンコ』
『私を運んでチッタカタッタッタァ〜』
⦅そろそろ俺のシンバルのパートじゃないのか?⦆
⦅俺は楽器など演奏した事がないぞ⦆
⦅ヤバイ…… このままだと演奏が台無しになってしまう――⦆
動物の縫いぐるみ達が責めるように俺を囲む
俺以外の縫いぐるみが大きく膨らみ俺を見下ろす。
その動物達の縫いぐるみの後ろから顔だけが黒く塗りつぶされた少女が俺の前に来る。
⦅先頭にいた女の子!? フュエ王女? 違うのか?⦆
そしてその少女が俺の腕を掴んだ時――……
「やめろ!」
縫いぐるみ達の後ろに今度は『真っ白な猫』がいる。
その猫が『やめろ!』と言った途端縫いぐるみ達も少女も止まる!
そして真っ白な猫が少女に飛びかかったところで――……
俺は目を覚ます!
⦅……………………⦆
「ふぅ。イヤな夢だった」
だが、俺は夢の中で少女の人形に掴まれた腕に違和感を覚え、見てみると………
微かに誰かに掴まれた跡がある。
「な、なんだ…… これは?」
その悪夢から数日後。
今日はミュジニ王子の【王位継承選定の儀】が執り行われる。
エミリー達の働きにより、俺も儀式に参加している。
この選定の儀式により、王祖から伝わる宝剣【ヒュプノスクリス】に選ばれた者は次期王となる。
だがこの数百年……
いや王祖より誰も選ばれた王族は居ないとも言われているが、その真意は定かではない。
王城の王族専用の特別控室に王族と関係者が集まっている。
シャンポール国王陛下、アンヌ女王陛下、ミュジニ王子、許嫁のオリヴィエ侯爵令嬢、フュエ王女、見届け人としてマール宰相。
そして俺が参加している。
俺はフュエ王女の隣で彼女を支えている。
どんな異変が起きても良いように、フュエ王女には八属性のオリハルコン装備と指輪だけは着けて貰っている。
申し訳ないが俺の本当の目的は『王位継承選定の儀』を見届けることではない。
ラトゥールの懸念が当たれば、今日フュエ王女に何かが起こる可能性があるからだ。
控室の空気は張り詰めている。
王祖依頼、宝剣『ヒュプノスクリス』に選ばれた者が居なかったとしても、これから『選定の儀』に挑む王子は『俺ならば選ばれるに違いない』と息巻いている。
まぁ、これから人生を左右する程の大事に挑む者ならば、誰でもそれくらいの気概はあるだろう。
王城最奥に普段は王にしか立ち入る事が許されない部屋がある。
その部屋には厳重に封印されている扉がある。
その扉をマール宰相が持つ二つの割符の様な聖遺物を使い封印を解く。
封印を解く鍵は二つに分けられ、厳重に管理されているのだろう。
中々に厳正に守られている。
封印を解いた扉を開けると、そこから降る階段が続いている。
扉の奥からは今まで人の手で作られていた部屋とは雰囲気はガラリと変わり、天然の洞窟を利用して作られた天然石の壁そのままの通路となり階段は下っている。
この洞窟は石自体がほのかに青白く発光している。
⦅城の下にこんな空間が有ったのか⦆
俺は階段の奥から漂ってくるマナの量に少し驚いていた。
ソーテルヌ邸を除けば、ここはこの王都で一番マナが濃い場所だろう。
そして俺はその理由を直ぐに見ることになる。
地底湖だ。
規模こそ小さいが王城の地下に湧き水により出来た地底湖がある。
井戸や湧き水はマナの通り道、マナが豊富だと言う事だ。
四大元素の精霊を従えたと聞く王祖シャンポールならば、マナが一番濃い場所に王城を築いたのも頷ける。
ここから湧いた、マナを豊富に含んだ湧き水が王城と貴族街を囲う堀に流れ、町中を流れる水路へと繋がっている。
なるほど、町中に点在する湧き水以外に、王城のどこかに大規模な水が沸いている場所があると思っていたが…… 地底湖まで有るとは。
その地底湖の真ん中に砂でできた小さな中洲がある、そしてそこに一本の剣が突き刺さっている。
ここにも地下王国ウォーレシアの擬似太陽の様な、神代の光魔法が使われているのだろう。
所々に光芒の様な光が差し込み、宝剣が照らし出されるその光景はとても神秘的だった。
間違いなくあれが宝剣【ヒュプノスクリス】だろう。
遠い昔に選定の儀を行ったシャンポール王が、その宝剣を指差しミュジニ王子を誘なう。
「さぁミュジニ、あれが王祖様以来誰も主人と認めることがなかった宝剣『ヒュプノスクリス』だ。 オマエも試してみろ!」
「はい」
ミュジニ王子がオリヴィエ嬢を見て頷き合った後、ゆっくりと湖の中に入っていく。
地底湖は浅く膝下くらいの深さのようだ。
俺は遠目だが宝剣『ヒュプノスクリス』を見ると、その内包するマナは凄まじい。
俺の愛刀【鬼丸国綱】、ラトゥールの【ゲイボルグ】、ギーズの【蒼竜刀】と同等と言って良い。
アーティファクト武器で間違いないだろう。
ミュジニ王子が『ヒュプノスクリス』に手をかける――……
だがその直後、ミュジニ王子の手が弾かれた!
それはまるで『自分が認めた主人以外には触らせない』と剣が言っている様だ。
もうこの時点でミュジニ王子が『ヒュプノスクリス』に選ばれる可能性は消えた。
アーティファクトとはしつこく粘って手に入れられる程甘いモノではない。
しかし現実を受け止めないミュジニ王子は――
『クソ! なぜだ…… ヒュプノスクリス俺を認めろ!!!』と何度もチャレンジを繰り返す。
何度も何度も手を弾かれた後、最後は体ご弾かれ湖に飛ばされた。
すると……
地底湖に一瞬にして腰丈程のモヤかかる。
驚いたミュジニ王子が慌てて俺の元まで走って戻ってくる。
多少はしつこくして怒らせたと言う自覚が有るらしい。
「大丈夫です。 このモヤに毒性な物も害意も感じない」
⦅だがなんだろう…… 誰かを求めている意思を感じる⦆
明らかにモヤは『ヒュプノスクリス』を中心に発生している。
剣の周りだけにモヤが無い。
すると――……
『ヒュプノスクリス』からモヤが割れてゆく!
それはモヤが割れて道が出来てゆくように。
そしてその道は我々の居る場所まで延び…… フュエ王女の前で止まる。
驚いたフュエ王女は逃げるように後ろに後退り、横に動いてもモヤを割る道もフュエ王女に合わせて動く。
「これは…… 『ヒュプノスクリス』がフュエ王女を呼んでいる?」
俺の咄嗟に口から洩れた呟きに陛下、アンヌ女王、ミュジニ王子ら王族が目を見張る。
そして――
『そんな筈あるわけ無いですわ! フュエ殿下はまだ成人前、しかも女性が宝剣に選ばれるなどある訳がない!』と…… オリヴィエ嬢が怯える様に俺に叫ぶ!
「アーティファクトにそんな年齢や性別の制限などあるはずがない! 主人に選ばれるか否かは実力次第です」
「ソーテルヌ卿はミュジニ殿下が選ばれなかったのに、未成年のフュエ殿下の方が強いと言うのですか!?」
「アーティファクトが求める力は、決して武力だけでは有りません。 ただ『ヒュプノスクリス』が求める適正にフュエ殿下が合っているのかも知れません」
「そんな!」
「とにかく選ぶのは我々ではありません。 『ヒュプノスクリス』です!」
俺の言葉を聞いたフュエ王女が怯えた顔で俺を見る。
「フュエ殿下、この先はあなた一人で行かなければなりません。 私が近寄ることは許されないでしょう。 さぁフュエ殿下『ヒュプノスクリス』が呼んでいます。 お行きください」
フュエ殿下が頷いて、モヤが割れて出来た道をゆっくりと歩き出す。
オリヴィエ嬢は『そんな事、断じて認められません!』と喚いている。
ミュジニ王子とアンヌ女王も『そんな馬鹿な事が!』とフュエ王女を行かせたくない顔をしている。
だが、シャンポール陛下は興奮を隠せない顔をしている。
『王祖様依頼誰も手にする事が叶わなかった宝剣がいま抜かれるかもしれない。それをこの目で見届けたい!』と――……
各々の思惑の視線の中、フュエ王女が宝剣『ヒュプノスクリス』の元に辿り着く。
今のところミュジニ王子のように弾かれたり、拒絶される事はないようだ。
フュエ王女がゆっくりと『ヒュプノスクリス』の柄に手をかける。
そして――…… 一気に引き抜く!!!
フュエ王女を中心に一気にモヤが消し飛ぶ!
モヤが消し飛んだ湖の中洲には光芒に照らし出され、宝剣【ヒュプノスクリス】を掲げたフュエ王女が立っていた。