第六章69 忌み子
フュエ王女視点になります。
私は望まれずに産まれた子、忌み子
体が弱かった私の母『フランソワ』は、私を生んで直ぐに亡くなってしまった。
私とミュジニ王兄殿下は腹違いの兄妹になる。
私の母フランソワは陛下がまだ王太子であらせられた時に出会ったと聞きます。
一方的な陛下の一目ぼれ。
母は、いく度もの陛下からの情熱的な求愛に心が動き、大恋愛の末結ばれたと聞いています。
でも当時、陛下には政略結婚のお相手がすでに決められていました。
その慣例を破ってのお二人の馴れ初めは、貴族社会の常識には不適切な事から。
当時王太子であった陛下は謹慎、そして王太子妃となったフランソワの出生は秘匿とさたと聞きます。
噂にすぎませんが……
母フランソワの出が、政略結婚予定だった相手の家柄より相当低い身分だったのでは…… と噂されています。
周囲の反対を押し切り、情熱で添い遂げた二人でしたが……
フランソワは正妻として陛下に嫁いだものの、体が弱く子供がなかなか出来ませんでした。
それでも陛下はフランソワ以外の妻を娶る事を良しとはしませんでしたが……
貴族の義務を果たす為、しかたなく『第二夫人』を迎い入れたと聞きます。
第二夫人の『アンヌ様』は皆の期待通り御務めを果たし、ミュジニ王兄殿下をお産みになられました。
そして皮肉にもその後、フランソワにも待望の子が授かる事となります。
しかし、体が弱いフランソワが子を産むことは非常に危険。
お医者様は生む事を止め、陛下も子供を諦めたと聞きます。
それでも……
フランソワは『自分の命よりもこの子を――』と生むことを強行したそうです。
そして私『フュエ』は母の命と引き換えに生まれる事になりました。
母フランソワを溺愛していた陛下は、母の死を悲しみ悔やみ。
母の死のきっかけとなった私を、しばらく抱くことが出来なかったと聞きます。
最初に私を抱き上げたのは父ではなく……… マール宰相だったと。
そしていまだに母フランソワを愛する陛下は『アンヌ様』を【王妃】としたにも関わらず、【第一婦人】をそのまま空席としアンヌ様を第二夫人のままとしました。
その事でアンヌ様とミュジニ兄王殿下はフランソワの子、私を快くは思っておりません。
母を亡くした私は……
父、兄、義母に疎まれ、王宮では孤立を深めていきました。
せめて秘匿とされた母の実家を頼れないかと……
王宮の博識と謳われる、マール宰相に何度もお尋ねしましたが、教えてくれる事は御座いませんでした。
誰もが私を疎み腫物の様に扱う。
私は王宮で心の底から笑った事がない。
何不自由なく育てられた私しだけれど、本当の自由は何一つとして無かった。
私を本当に思ってくれる人は……
側仕えのエメリー、ジェーン、エマの三人だけ。
三人の事は大好きだけど、お友達になる事は断られました。
三人は私を唯一の主とし、それ以上の一線は決して超えられないのだと……
悲しかったけどそれでも良い。
それがどんな形であろうと、三人が私のそばに居てくれるのなら……
忌み子の私は、そのうち政略結婚の道具としてどこかの貴族に嫁がされるのでしょう。
でもそれは貴族としての常識、べつに私だけが特別不幸な訳じゃない。
ただ…… 私は幸せな家庭を知らないから結婚に希望を持てないだけ。
私は自分の存在意義を否定し、生きて行く事に何の希望も抱いていなかった……
そんなある日。
父に連れられて辺境伯爵家の『夜宴』へ赴く事になりました。
陛下、王妃、兄王殿下、そして私……
いくら上級貴族の辺境伯爵家に御呼ばれしたとしても、王族全員が出席するなど聞いた事が有りません。
普通なら、ミュジニ兄王殿下が陛下の名代として出席するだけで終わりのはず。
「フュエ。 これから赴くのはソーテルヌ辺境伯爵家だ。 その名前ぐらいはお前でも知っていよう」
⦅えっ! あの『アルザスの奇蹟』ソーテルヌ辺境伯爵様!⦆
私は一度だけソーテルヌ様を拝見した事があります。
それは王都防衛強化の為と、ソーテルヌ様が王城にクリスタルゴーレムを設置しにいらっしゃった時。
私の第一印象は……
⦅嘘でしょ? 本当にこの優男がアルザス戦役の英雄様なの?⦆でした。
「フュエよ。 ソーテルヌ卿は元平民だが…… この国、いや人族にとって最も大切な人物と言っても言い過ぎではない。 私はお前にソーテルヌ卿の元へ嫁いでほしいと思っている」
⦅………………。 とうとう…… この時が来た⦆
「今日のパーティーで、その人となりをよく見てお前の気持ちを聞かせてくれ」
「……………。 お父様…… いえ陛下。 なぜ嫁げと命令なさらないのですか? 政略結婚は貴族の常識、私の気持ちなど考慮の必要ございません!」
私の言葉を聞き…… お父様と、なぜかお付きのマール宰相が悲し気な顔を見せる。
「フュエよ。 私は王として、いや父として未熟だ。 愛するお前を傷つけてしまった。 お前がもう…… 私に心を開いてくれる事は無いだろう。 それだけの事を私はしてしまったのだから仕方がない」
⦅………………⦆
「だからこそ、償いではないが…… お前には結婚で幸せになって欲しい。 ソーテルヌ卿ならば、お前も幸せになってくれると信じている」
その時の私は、素直にお父様の言葉を受け入れる事は出来なかった………
一番つらい時、幼少の心細くて仕方ない時に、だれも手を差し伸べて貰えなかったから。
私の心はすでに歪んでしまっていました。
夜のパーティー会場に着くと、ソーテルヌ卿が出迎えてくれました。
『アルザスの奇蹟』と謳われるその人は、見かけは普通の青年です。
今でもこの人があのクリスタルドラゴンを作った人とはとても思えません。
でもその夜、私がソーテルヌ卿に見せられたものは……
『こんなに美しい場所がこの世に有るの!?』と私の価値観を全て変えてしまうものでした。
『もっとここに居たい!』
『何度もここに来たい!』
その気持ちがつい作法を忘れ言葉として出てしまった。
『私も、もっと夜宴に参加したい! ズルいです!』と……
私はソーテルヌ卿に窘められました。
『これは遊びではなく、我々精霊使いに必要な仕事なのですよ』と。
私は生まれて初めて人に叱られたのかもしれない。
皆私を腫物の様に扱い、叱ってくれる人すら私には居なかった。
そしてソーテルヌ卿は私を窘めたあと――
『ですが…… 今後はもう少し皆さまをお招きして、夜宴を行うとしましょう』
とすぐに私をフォローしてくれました。
たったそれだけ……
それだけの事で、私の中で何か大きなものが崩れるのを感じました。
そして、みるみる世界が色づいて行くのを感じました。
それが、私がディケム様に恋をした始まりです。
それから私はディケム様をお慕いし、ずっと見てきました。
ですがディケム様を知れば知るほど、ディケム様の場所に私の居場所が無い事を思い知る。
あぁ…… まただ。
私の欲しいモノは決して私には手に入れられない。
母の温もり、父の愛情、兄弟愛、家族愛……
そして愛しい人の愛情も。
すべて私の手の中からこぼれ落ちてしまう。
お願い…… 誰か私を見つけて。
私はここに居るの。
地位も名誉も何もいらない……
自分の居場所が欲しい。
誰かに愛されたい。
私の望みは――
『愛情あふれる家族』……ただそれだけ。