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第一章34 探し求めていた人

ラトゥール将軍の目線になります。

時間も少しさかのぼります。


 アルザス渓谷に来て一週間ほど………

 人族軍と魔族軍の戦いを見ているが、じつにつまらない。


 人族軍は初日の夜襲以降は、決め手に欠ける、時間稼ぎの消極策ばかりだ。

 魔族軍は、人族軍の時間稼ぎに程よく付き合い、少しずつ援軍を各所に配置している。

 どちらの軍にも傑出した英雄級の武将は居ない、辛うじて魔族軍のカヴァ将軍が英雄の域に一歩踏み込んだかどうか…… と言うくらいだ。


 ここにはラフィット様は居ないのか……

 いや…… いくらラフィット様と言えど転生して一〇年、傑出した武将にはまだ、成長しているとは限らない。


 とにかく集中して観察し、どれだけ小さなラフィット様の手がかりでも、見逃してはならない。

 もう一〇年前のように、私の居ないところでラフィット様を死なせはしない…… 絶対に。


 それにしても…… あのラス・カーズ将軍、曲がりなりにもラフィット様を打ち取った武将のくせに、なんなのだこの体たらくは! 

 全く腹立たしい…… こんな所で死んだら許さぬぞ!



 アルザス渓谷に来てずっと、私はつまらない日を過ごしていた。

 だがその日は、朝から胸騒ぎがしていた。


 昨日の魔族軍の動きから、今日総攻撃を仕掛けるのだろう、この戦場も佳境だ。


 そしてこのタイミングで、我ら魔神軍陣営の向かい側の崖上に、なぜか子供たちが転移してきた……。

 転移すること自体がそう簡単に出来る事ではない、私にもできない。

 なのに転移してきたのは子供だ。

 さらに子供の一人が、到着してすぐにマナを消した…… これほど見事にマナを偽ることは、私にもできない。


 そして一刻ほどした時、アルザス渓谷の地下で何かが起きた。

 戦場の者たちはこの異変に気付いただろうか?


 私の胸が高鳴る、今、アルザス渓谷で私でも予想できない何かが起こりつつある。

 私をこれほど高ぶらせる存在が、このアルザス渓谷に今いる。



 程なくして魔族軍の攻撃が始まる。

 今まで両軍の戦闘を見る限り、人族軍にはデーモンスライムに対抗できる魔法師が一人しかいない。

 そして魔族軍が展開している策にも気づいてない、私の見立てでは既に勝敗は決している。

 私の想定を上回る何かが起こらない限りは………。

 さぁ人族、私を楽しませてみろ!



 だが…… 私の期待とは裏腹に、戦闘は私の予想通りに進んでいく

 ラス・カーズ将軍はあっけなくカヴァ将軍の策にはまり、窮地に陥る……。

 これはもうだめだな。


 対岸の子供達も動く気配はない。

 あとの不確定要素は、気配を消したあの子供だけだが……

 だが…… もし何かあったとしても、もう手遅れだろう、この状況ではどう足掻いても戦況を覆せない、勝敗は決したも同然だ。


 人族軍は誘導されたように、一カ所に集まり、四方を囲まれて追いこまれていく。

 勝敗は決した、チェックメイトだ………。



 ――その時! ゾワっと鳥肌が立つ――!

 「なっ…… なんだこのプレッシャーは!」


 ドォンッ――!  ドォンッ――!  ドォンッ――!  ドオオオ――ン!!


 突然の轟音と同時に、人族軍を守るように水の壁が立ち上がる!


「ッ―――な、何事だ!」


 立ち上がった水壁は、水と簡単に言って良いような代物ではない!

 止まれずに水壁にぶつかった魔族兵は粉々に切り裂かれている。

 

 これほど大規模な水魔法はそうお目にかかれない。

「ほぉ、人族はまだこれ程の魔法師を隠していたか……」

 わたしが素直に感嘆していると……… 私の危機感知が脅威を知らせる!



 ≪―――εκρηξ(エクリクシー)ηπ()άνωκαικάτω(パノキイカート)(天地爆裂)―――≫



 ドオオオ―――ン!!  ゴォッ――オオオオオオッ―――!! 



 ⦅ッ――なに!? 何なのだこの魔法は! こんな魔法私は知らない! 人族如きが私の知らない魔法を使うと言うのか!⦆


 不覚にも鳥肌が収まらない、これ程の大魔法が待っていようとは思いもよらなかった!


 先ほどまでの戦況は魔族軍圧勝の流れだった………。

 しかし今、魔族軍が最後の詰めで全軍殺到した所に、この大規模な戦略魔法が直撃する。


 地が裂け、マグマが噴出する! 地形すら変えてしまう威力だ。

 しかもそのマグマにはデーモンスライム用に、ご丁寧に精霊属性付与までされている。


 この規模の魔法なら、複数人の上級魔法師団による、合成魔法だろう。

 このような規模と威力の大魔法を人族軍が完成させているとは、思いもしなかった……。


 まさか…… 人族軍は初めからこれを狙っていたのか?

 魔族軍に援軍がある事も加味して、強力な魔法師団を隠し、敵軍が全て集まるまでおびき寄せ、一網打尽を狙うこのタイミングまで騙していたと言うのか?

 だとしたら…… ラス・カーズ将軍、恐ろしい武将だな。



「ん? な、なんだこのプレッシャーは?!」


 私は突然出現したプレッシャーの元を凝視する……。

 このプレッシャーはあそこからか?!


 『――あれは!』 魔族軍の前に水竜に乗った子供が見える。

 あれは、今朝感じ取ったマナを消した子供か?

 まさかあんな子供が人族の切り札と言う事はあるまいな……


 だが…… 何故だ、私はあの子供から目が離せない。

 それになんだこのマナ量は……、あれは本当に子供なのか? 


「………ん? 待てよ? ……子供だと?」


 いや…… たしかにあの子供は凄まじいマナ量を持っている、だがラフィット様は剣士だ! あの子供は精霊使い……… まさかな。



 私が考えにふけっていると、その子供によりさらに戦場が動く。

 子供が指をさし何か叫ぶと、避けた地面からサラマンダーが一〇体飛び出してくる!


「ッ――なに! 上位精霊サラマンダーだと!」


 と言う事は……、先ほどの大魔法はまさか、この子供が行ったと言う事なのか?

 サラマンダーを使い地殻変動とマグマを操ったのか?

 あんな子供が上位精霊サラマンダーを使役しているのか?


 しかも水龍に乗っているという事は、ウンディーネも従わせていると言うのか?

 水と油のウンディーネとサラマンダー、どうやって従わせたというのだ!


 先ほどまで、全て私が予想した通りの戦場の動きだった………

 なのに、この子供が私の理解の範疇を超える!


 あの子供はヤバい! あの年齢でこの力!

 ラフィット様を探しにきて、こんな化け物に出くわすとは!



 だが……

 それでもやっぱり水龍に乗っているのはまだ子供。

 並みのデーモンスライムは倒せても、カヴァ将軍には火力が及ばなかったようだ……。


 さすがにこれで手詰まりかと思ったとき、その子供はまた私の理解を超える………。

 サラマンダーをイフリートに昇格させたのだ!


「ば……馬鹿な! 精霊を強制的に昇格させるなど、出来るはずがない!」

 そして………


天・元・行・(てん・げん・ぎょう・)躰・神・変・(たい・しん・ぺん・)神・通・力(じん・つう・りき)………」


「ッ――――あぁぁぁ! この呪文は!!」



 ≪――――奥儀! 金翅鳥王剣(きんしちょうおうけん)!――――≫



「ッ―――なッ!」


 その子共は【金翅鳥王剣(きんしちょうおうけん)】 ―――そう叫んだ!

 その剣技は、ラフィット様の奥儀!

 あの子が…… それならばあの力も頷ける。


「あぁ……… やっと、やっと見つけた―――!」


 私はずっと探し求めていた人をやっと見つけた………!



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