第六章61 冒険者ギルドのグランドマスター
シャンポール王都南門前に多くの人だかりが出来ている。
だが今日は、どこぞの有名な貴族が来賓するわけでも、騎士団が戦争から凱旋してくるわけでもない。
ただ集まっている人だかりは一般市民ではなく、装備を整えた冒険者が多い様に思える。
そんな、誰かが王都入りするのを待つ冒険者達の前を、軍の医療救護部隊によって重傷を負った冒険者パーティーが運ばれてくる。
「あれは…… 『青の牙』じゃないのか?」
見物人の誰かが運ばれていく負傷者を見てつぶやく。
「本当だ! あのいつもキザったらしい『イフト』がボロボロじゃないか!」
「やっぱり…… シルバー・ゴーレムに勝てなかったのか?」
「いや、この惨状だとゴールド・ゴーレムとやっちまったんじゃないのか?」
「討伐スコア稼ぎをガーディアン・ゴーレムなんかでやるからだろう………」
人々は『青の牙』の惨状に口々に勝手な話をしている。
だが敗者は何を口にしても言い訳になるだけ……
イフト達は今はぐっと堪えるしかない。
そして次に門に人影が見えると、下世話な噂話ばかりしていた見物人の雰囲気が一転する。
帰ってきたのが人々が一目見ようと集まった目当てのパーティーだったからだ。
ゴールド・ゴーレム討伐を成した『レクラン』の凱旋だ。
このパーティーはある意味ズルい所が有る。
十一人のクランメンバーのうち男がたった三人だけの、珍しい女子中心のパーティーだからだ。
そしてさらに見目が良い女子ばかりなら、注目を浴びるのは当然だろう。
そんな只でさえ目立つパーティーなのに、ゴールド・ゴーレム討伐という偉業まで成してしまったのだ。
それは皆が騒ぎ立てるのは当り前だ。
この国には勇者ララという民衆に愛されるアイドル的な求心力を持つ勇者が居る。
そして今日、冒険者の世界にも『レクラン』という冒険者達の心を掴むパーティーが誕生した事になる。
だが、人々の求心力を得る事が必ずしもいい事ばかりではない。
『勇者ララ』が様々な権力の思惑に翻弄されているように……
『レクラン』にも様々な権力者が群がってくるのだろう。
まぁ、『ララ』にしても『レクラン』にしても基本当人達が天然系のため、苦労するのは周りの人間なのだが……
「な、なんか私達…… 凄い注目浴びてない?」
「そりゃ出来立てパーティーが『ゴールド・ゴーレム討伐』と『討伐スコア年間ランキング一位』取っちゃえば目立つわよ」
「なんか期待値だけ爆上りして、実力が伴わないようで怖いんだけど………」
「いまさらね…… シャルマ」
冒険者達からの『レクラン』への声援が過熱していく。
『レクラン』の前に『青の牙』の搬送が痛々しかったせいで、さらに目立ってしまったのだろう。
『青の牙』は俺がポーションを渡し危険な状態は脱したものの、まだまだ重傷の域だった。
俺達は【モントリューダンジョン】を出た後、ダンジョン受付に連絡を入れ、軍の医療救護部隊をお願いしておいたのだ。
ダンジョン内での事故に軍は基本介入しないが、低層エリアで十分回収回復できる可能性がある冒険者は助けてくれる事が多いい。
冒険者は予備役軍人でもあり、戦争時には貴重な戦力になるからだ。
いくら自己責任の冒険者だとはいえ、簡単に見捨てる事はしない。
むしろ予備役軍人を鍛え上げたいが、その予算が無いから『冒険者』『冒険者ギルド』のシステムを作ったのだから。
もちろん救出や医療救護は有料になるのだが、冒険者も命に代えられない。
俺達はダンジョン受付で医療救護部隊を依頼し、今日の戦果を報告し、なんだかんだで疲弊しているパーティーをゆっくり休ませながら王都に戻れば、救急搬送された『青の牙』の後に戻った形になったようだ。
壊滅まで追い込まれた重症の『青の牙』の搬送後と華々しい『レクラン』の凱旋の対比。
冒険者だけでなく、多くの市民が参加した『討伐スコア年間ランキング』勝者の凱旋。
ラス・カーズ将軍以来成し得なかった、ゴールド・ゴーレム討伐偉業を成した者の凱旋。
色々なタイミングが重なり、それが派手な演出のようになってしまった。
華が有るパーティー、運を持っているパーティーとはこのようなものなのだろう。
俺達が冒険者ギルドの前まで来ると。
黒の牙のダーヴィヒと白の牙のフィーカが待っていた。
ダーヴィヒがシャルマの頭を『たいしたものだ!』とワシャワシャしている。
フィーカは賭けで大穴を当てたとかで大喜びでアマンダの背中を叩いている。
レクランにかけたフィーカの払戻金はとんでもない金額になったらしい。
ギルドに入り大きめの会議室に案内されると、そこには赤の牙のヴァンが座っていた。
ヴァンは『景品のミスリルの剣は俺が獲ったと確信していたのに』と悔しそうだ。
そんなヴァンにアマンダが『ホレ~、ホレホレ〜♪』とゴールド・ゴーレムから手に入れたミスリルの剣を見せびらかせている……
⦅アマンダ! イフトに続きヴァンにも……⦆
⦅結構アマンダって子供っぽい性格なんだな……⦆
そんな収集がつかないバラバラの冒険者達をギルト長が鎮める。
「今日は皆さんおめでとうございます」
この部屋に通されたのは『レクラン』『赤の牙』『黒の牙』の三パーティーだ。
俺達レクランはクランメンバーが十一人と少ない事から全員通されたが、『牙隊』のような大所帯のクランは主要メンバーだけ呼ばれたようだ。
そして――
ギルド長が人族領全ての冒険者ギルドの運営管理者『グランドマスター』を呼ぶ。
冒険者達がいつになく緊張を見せる。
グランドマスターは、むかし伝説となった有名な冒険者だったと聞く。
そして今、この人物が『冒険者ギルドを辞めた』と言えば、全ての冒険者が職を失う事になる。
冒険者達にすれば『王』に匹敵する存在なのだろう。
そしてその人物が姿を見せる。
(まぁ…… そうなのだろうな⦆
入って来た人物『マール宰相』を見て俺は納得する。
今まで見たダンジョン運営や討伐スコアの賭け、金の流れを巧みに操作して結び付けた手腕、冒険者の側に寄り添いしかも国の政策に口を出せる人物でなければ成せなかっただろう。
それにしても……
冒険者は予備役軍人として国に登録してはいるが、商人と同じ他国への移住を禁止されていない。
冒険者達はその職業柄、あまり国に縛られず所属ギルドに依存する事が多いい。
もちろん国を渡り歩く事が多いため、所属ギルドと言ってもベースとしているギルド程度の事だ。
そんな自由な冒険者達を束ねる『グランドマスター』がじつはシャンポール王国の宰相だったと各国が知ったら……
俺はチラッと、シャルマとフローラを見る。
彼女たちは気づいていないのかもしれない、もしくは……
まぁ知って焦ったところで、ここまで構築された冒険者システムから外れる事など、どこの国ももう出来はしないだろう。
それに冒険者は自由だ、いまさら国が命令した所で従うとは思えない。
『マール宰相』本当に恐ろしい人だ。
部屋に入って来たマール宰相も、フュエ王女と俺をみて一瞬『ピクリ』と動揺を見せる。
そして冒険者達には当たり前だが『宰相』とは知らせず、『グランドマスター』とだけ名乗っていた。
秘密のベールに包まれた伝説の冒険者にして、現冒険者ギルドのグランドマスターには『討伐スコア年間ランキング』ベスト三位までに入らなければ決して会う事は叶わない。
二つの顔を使い分けていれば、そりゃ表に出られないのは当り前だろう。
⦅本当に、顔は二つだけだろうな………?⦆
『グランドマスター』からの『討伐スコア年間表彰』は簡素に粛々と行われた。
派手なことは一切行われず、他の冒険者や大衆へお披露目する事もない。
立場によって役割と言うものがある。
国認定の勇者が表舞台に立ち民衆に勇気を与える役目。
そして冒険者は裏方でそれを支える役目だと言っても良いからだ。
冒険者を大衆の面前で大々的に注目を集めさせ、輝かせてしまうと勇者の光りが際立たなくなってしまう。
民衆を導く光は強くなければいけない。
冒険者はごく一部の民衆が知っていてくれればそれで良いのだ。
これも国の舵取りを担う、マール宰相の細かな印象操作の一環だろう。
冒険者達も自分達の役目を十分理解している。
そしていつか裏方で支える冒険者から抜きんでた者となり、勇者として表に立つ事を夢見ているのだ。
俺達レクランを表彰するマール宰相の顔が少し苦々しい。
冒険者にしては輝きが強過ぎる『レクラン』の存在は、マール宰相からすれば色々な意味で扱いが難しいのだろう。
『こらディケム! フュエ王女の教育に口は出さんと言ったが…… やり過ぎだ!』
そんな声が聞こえて来そうだった。