第六章58 セイクリッドスプラウトメイス
ギャラリーが騒ぎ出したが、今のままではまだこのゴールド・ゴーレムに勝つのは難しい。
⦅士気が下がるから、そんな事は口にしないが……⦆
アマンダ、リーラ、アメリーの『次元斬』は、まだSクラスゴーレムに通用する程のクオリティが無い。
ならなぜ今、三人に『次元斬』を覚えさせたかと言えば、こんな極限の状態に三人がなれる事はそう無いからだ。
この機会を逃せば、最悪三人共『次元斬』を一生覚えられなかったかもしれない。
だが、もちろん全く通用しないわけでもない。まだクオリティが低いと言っても三人も居ればダメージも蓄積する。
もし相手が致命的なミスでも犯してくれれば、倒せる可能性も出てくるのだが……
感情の無いゴーレムがミスをする確率は低い。
やはり……
勝利までの道筋の最後のピースはフュエ王女だろう。
俺はフュエ王女に大き目の結晶クリスタルを渡す。
「ディケム様。 これは?」
「木の属性結晶だよ」
「この結晶をメイスに使えばいいのですか?」
「そう」
皆がゴールド・ゴーレムとの戦闘を維持してくれているうちに、俺はフュエ王女に耳打ちする。
⦅フュエ殿下⦆
⦅はい⦆
⦅フュエ殿下のメイスは『セイクリッドスプラウトメイス』、木霊の力が宿っているメイスになります⦆
⦅はい⦆
⦅魔法武器に属性結晶を使うと、何が起きるか俺は試した事が有りません⦆
⦅………………⦆
⦅多分、一時的に木属性の力が強くなるだけだと思いますが…… 正直、術者の力によって結果は異なってくるはずです⦆
⦅はい⦆
⦅本当はぶっつけで使いたくはなかったのですが…… フュエ殿下がやらなければゴールド・ゴーレムは倒せそうにありません。 やって頂けますか?⦆
⦅はい! もちろんです!⦆
フュエ王女は属性結晶を使いメイスにバフを掛ける。
すると―― メイスに薄っすらと透明な蔓がからまって行くように見える。
単純に木属性が強化されたように見える。
それほど心配する事も無かったようだ。
フュエ王女が飛び出し最前線の戦いに参戦する!
すると………
それまで善戦はしているものの、なかなか攻めきれず、ほぼ拮抗していた戦いの流れが傾く。
これまではタンクの『パリィ』とアタッカーの『次元斬』の単調な攻撃の組み合わせだったが、型にはまらず動き回るフュエ王女の打撃系メイスの攻撃が加わると、攻撃のパターンが多面的に変化する。
フュエ王女が加わり、戦いが有利に傾くにつれ皆の士気もどんどん上がっていく!
見物人達の声援も高まっていき戦場の雰囲気はヒートアップする!
俺は……
盛り上がって行く皆の士気をさらに加速させるために、フュエ王女の足装備『風属性のグリーヴ』へこっそりとバフを掛ける。
⦅ ≪―――πτήση(飛行)―――≫ ⦆
舞踏会の時にフュエ王女にかけた、飛べない程度の軽い『フライ』足が軽くなる程度の魔法だ。
足が軽くなったフュエ王女の動きが、重力を無視したようにさらに加速してゆく!
ゴールド・ゴーレムは完全にフュエ王女の動きに対応できなくなり、フュエ王女が戦場の主導権を握る!
だがこれは…… 俺の失策だったのかもしれない―――
戦場を縦横無尽に動き回るフュエ王女がゴールド・ゴーレムを翻弄してゆく!
その姿を見てレクラン皆の士気が爆上りしたところで―――
『ボゥ』とフュエ王女の八属性装備のローブとサークレットが微かに光を纏いだす。
⦅ん? なんだ…… あの光は?⦆
俺が過剰にフュエ王女に『属性の力』を付与した事で何か異変が起き出している。
そして八属性装備だけに目が奪われていたが、フュエ王女が持つ『セイクリッドスプラウトメイス』にも異変が起きていた。
バフを掛けた時は薄っすらと半透明だったメイスに絡まる蔦が、今はくっきりと目視できる。
⦅あれは…… 装備に内包されている精霊の力がフュエ王女に力を貸しているのか?⦆
俺が注意深くフュエ王女を観察していると…… その現象はついに起こる!
ギルベルトの『パリィ』が成功しゴールド・ゴーレムがのけ反り硬直した所に、フュエ王女のメイスがヒットする!
いつもならばゴーレムが少し砕けるだけでフュエ王女がバックステップで離脱するだけだが、今回は違っていた。
メイスに絡まる『蔦』がゴールド・ゴーレムに見る見る絡んでいく!
『えっ? えっ? えっ―――!?』
予想もしなかった出来事にフュエ王女も驚いている。
『なに? なに? なに!?』とレクランの皆も目を見張り驚いている。
メイスから延びる『蔦』はグングンと成長し『蔦』から『枝』へと成長しゴーレムに絡まっていく!
そしてゴールド・ゴーレムからマナを吸い取っているのだろう、枝には次々と蕾が付き、花が咲いていく。
⦅なんだこれは…… 属性付与の力を超えて、精霊自体がメイスに宿っているようだ⦆
魔法武器とは精霊の『属性の力』だけを内包させたものだ。
属性の力、それは『事象』のみ。
炎の剣ならば、火力は変えられるにしても『炎』だけが顕現するはずだ。
だが……
いまフュエ王女が持っている『セイクリッドスプラウトメイス』は『属性の力』だけでは留まっていないように思える。
もし今の状況をフュエ王女が自分でイメージして起こしているのならば、この結果も頷ける。
だが、どう見てもあの驚いている顔を見れば、予想もしなかった事が今起こっているのだと容易に想像できる。
あたかもメイスに精霊が宿り、使い方をフュエ王女に教えているようだ。
『属性の力』『事象』のみが内包された……
いや、鍛造師レジーナの作る魔法武器には精霊結晶の粉を練り込んでいる。
原理としては『精霊の召喚宝珠』と同じだ、しかし俺は『宝珠』のように精霊を魔法武器には宿していない。
だが、『精霊結晶』が内包されていると言う事は、そこに精霊と繋がる道は有ると言う事。
イメージ的には俺はその扉を開け閉めしているのだが……
フュエ王女はその扉を自分で開けたと言うのか?
だとすれば……
俺はこの自分の理解を超えた現象に胸躍らせていた。
冷静に考えれば、この大衆の前でこんな現象は見せない方が良いに決まっている。
即座に精霊の力を止めるべきだっただろう。
俺の支配下にある精霊の力ならば俺はコントロールできるのだから。
だが俺は、この現象を最後まで見て見たいと思ってしまっていた。
ゴールド・ゴーレムは自分に絡まる『枝』を引き剥がすように暴れている。
だが、ゴールド・ゴーレムのマナは徐々に根と化した枝に吸い上げられ、蕾となり花となっていく。
花が咲けば咲くほど、枝に内包されているマナが増し枝はさらに成長していく。
拮抗していたゴーレムとフュエ王女の力が、時間と共にフュエ王女に傾く!
フュエ王女のメイスから伸びる枝がゴーレムの手足を縛り、胴体も縛り、ゴーレムの体を全て飲み込んでゆく!
そして―――
バキッ! ボキッ! バキッ! グシャ!!!
ゴールド・ゴーレムの体は呆気なくバラバラに引き裂かれてしまった。
『う、嘘でしょ………』
その予想もしなかった結末に、皆ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。
皆が呆然と立ち尽くす中……
俺はバラバラになったゴーレムの所まで走り、無傷のゴーレムの『核』を回収した。