第一章33 アルザス渓谷の戦い3
ラローズ視点になります。
戦場は、ディケム君の一方的勝利に終わると思ったとき!
マグマの上を悠然と歩いてくる一人の武将が居る。
「え…… うそ! マグマを抵抗している! 明らかにほかのデーモンスライムと違う!」
体格のいい全身漆黒の鎧を纏った騎士、その威圧感はそれまでの魔族兵とは一線を隔す異質な存在。
「あれがカヴァ将軍なの? 今まで私たちは、将軍を引っ張り出すこともできなかったって事?」
「みたいじゃな、人族など配下だけで十分だったと言う事じゃ」
カヴァ将軍は、今まで私たちが戦ってきた、デーモンスライムとは全てにおいて規格外だった。
悠々と歩いてくるカヴァ将軍に、ディケム君は一気に畳みかける!
サラマンダー様一〇体が一斉にカヴァ将軍に襲い掛かる――!
勝敗は一瞬でついたかに見えた、一〇体ものサラマンダー様の灼熱の業火で、さすがのカヴァ将軍も崩れていく――
「ッ――え! 違う! カヴァ将軍の擬態が炎で崩れ落ちているだけ!」
崩れゆく擬態の中から、漆黒の大きなスライムが現れる!
擬態が崩れたカヴァ将軍は、体から触手を何本も伸ばし、目であろう物は金色に光り、口であろう物には大きな牙がサメのように生えている、巨大な漆黒の大きなスライムだ。
「サラマンダー様の炎が効いていない………」
「まずいのう…… デーモンスライムは精霊魔法の火に一番弱い、その天敵であるサラマンダーが効かないとなると……… 手詰まりじゃな」
「がんばったが、やはりディケムではまだ早かったみたいじゃ!」
「そんな………」
「ディケム! そろそろ潮時じゃ、いまのオヌシでは、カヴァ将軍はちと荷が勝ちすぎておる。 撤退するぞ!」
念話が出来るはずのウンディーネ様が、ディケム君に大声で叫び伝える………
これはカヴァ将軍に、聞かせているのだろう、戦略的には魔族軍は壊滅、今回は無理せずに引けと……
「もう少しだけまって貰えますか? 一つ試したいことが有るんですよ」
⦅ッ―――ちょ! ディケム君! ここは無理しないで………⦆
ディケム君の言葉を聞き、カヴァ将軍は面白そうに笑みを浮かべる。
カヴァ将軍が笑みを浮かべた直後…… ディケム君の周囲のマナが活性化する!
あのときの、私の契約の時のように、ディケム君の回りにマナが集まる―――!
――いや! ディケム君からマナが出ているの?
⦅何が起きているのか分からない?!⦆
結界も張らず、範囲を絞り込みもせず、膨大なマナが流れ込み、周囲のマナの濃度がどんどん上がる! あたり一面黄金のマナの粒子が舞い上がる。
そして私たちにすら、ディケム君からマナのラインが一〇体のサラマンダー様に繋がっているのが見える!
「ッ――これは!」
その美しくも、恐ろしい圧倒的な光景に私たちは息をのむ。
ディケム君の回りのマナとサラマンダー様、そしてそれを繋ぐマナのラインがどんどん色濃く黄金色に輝いていく!
⦅マ、マナがサラマンダー様に流れ込んでいるの? 分からない! 何も分からない!⦆
サラマンダー様が黄金を通り越し、白く輝き出す―― そして破裂しそうなほど膨らむ!!
(ッ―――カッ!!!)
全てのサラマンダー様が光を放ち破裂する――!!
⦅ッ――えっ!?⦆
徐々に目が眩む光が収束していく……… そしてそこには精霊サラマンダー様の上位種【イフリート】様がいる!!
「えっ―――! うそっ! イフリート様!?」
「な、なんじゃと! ディケムの奴、強制的にサラマンダーを昇格させおった! とんでもないことをする!」
私たちがその驚愕の出来事に、息をのみ固まっていると……
ディケム君はそれが当たり前の出来事だったかのように、すぐに動き出す!
イフリート様を四方に飛ばし、カヴァ将軍を囲う!
そして術を発動する―――!
≪――――μοναδικόεμπόδιο(固有結界)――――≫
「あ、あれは! イフリートの【固有スキル】 固有結界!」
ウンディーネ様が目を見張り叫ぶ!
カヴァ将軍とディケム君を囲うように出現した、四角柱の透けた黒い結界。
イフリート様のその固有結界内は、心象世界の幻想を作り出す。
そして、結界内で起きた幻想を現実に上書きする――!
どこまでの幻想を現実に上書き出来るかは、術者のレベルと対象者の実力による。
固有結界内がマグマの海に変わる、その温度は一〇〇〇度を超える。
だが、ただのマグマではカヴァ将軍は抵抗してしまうのは、実証済みだ………
しかしイフリート様が、固有結界内の温度を上げていく―――!
先ほどまで形をとどめていた岩が溶けていく!
そして赤色だったマグマが、黄色になりり、白色に変わる!
その温度は一三〇〇度を超え―― 二〇〇〇度を優に超えていると予想される。
さすがのカヴァ将軍も抵抗できずに燃え出している。
そこにディケム君が、私たちが護身用に渡した剣を取り出し掲げると――!
その剣の刀身が燃え上がる!
「ッ―――なっ! 剣が炎をまとったの? そんな事出来るの?」
「固有結界内の幻想じゃないのか?」
「いや……… あれは本当に剣に炎を纏わせているようじゃぞ!」
「ッ――って言うか、ディケム君魔術師よね? 剣使えるの?!」
ウンディーネ様は意味ありげに私を見て『まぁ見ておれ』と笑う。
ディケム君が呪文を唱える――!
「天・元・行・躰・神・変・神・通・力………」
「ッ――なっ! 何をするつもりなの!?」
「あの呪文は…… まさか?!」
ディケム君の剣の刀身が光を帯び、臨界点まで達しているようだ。
剣とは別に、ディケム君の周りに光を帯びた玉が一〇個ほど浮いている。
そしてディケム君は奥儀を発動する―――!
⋘――――奥儀! 金翅鳥王剣!――――⋙
「ッ―――なっ! やはりその技は!」
ラスはディケム君の剣技を知っているみたいだ。
ディケム君から打ち出された一〇個の玉と、剣から放たれた炎の斬撃がカヴァ将軍にぶつかる直前、共鳴破壊を起こし直撃する!
ゴオッ――!!!! ドオオオン――――!!
ズッ――ガガガガガガッ———!!
その斬撃の威力は、固有結界内を真っ白な光に塗り替えて、全ての物を消滅させた。
結界の外で発動していたら、大変な事になっていただろう………
固有結界が解除され…… 心象世界の幻想で起きた出来事が、現実に上書きされ定着する。
カヴァ将軍は跡形もなく消滅した。
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