第六章40 二度の奇跡
少し時間が戻ります。
ファイア・ウルフ討伐戦の翌日、リーラはベッドの上で物思いに耽る。
枕を背もたれにし、愛用のナイフを研ぎながらあの戦場での事を思い返す……
そこへドアをノックする音がし、パーティーメンバーのギルベルトが部屋に入って来る。
昨日まで五人パーティーだったのに生き残ったのはこの二人だけだ。
昨日の出来事が本当は夢だったのではと……
一瞬そんな期待を抱いてしまうがギルベルトの言葉が私を現実に引き戻す。
「どうしたリーラ、あれ程の重傷だったんだ休んでないとダメだろう?」
「いやそれが…… 体は完全に回復している。 いやむしろ前より調子が良いくらいだ」
「あの青年の薬『エリクサー』だと誰かが言ってたけど本当なのか? 『エリクサー』なんておとぎ話の産物だろ?」
「だけど…… 私の致命傷が治ったのは事実だ。 あれ程の致命傷は上位の回復魔法でもハイポーションでも治せない。 それなのに私は命を取り留めただけじゃない。 後遺症もなく…… 体は以前よりも元気なほどだ」
「あぁ…… こんな事は普通じゃあり得ない」
「それにあの薬が『エリクサー』では無かったとしても、そんな事はどうでもいいんじゃないか? 目的は治す事なのだから」
「まぁ…… 確かに」
「なぁギルベルト……私は過ちを犯した。 あの時の私はアマンダさんに良い所を見せたかったのだと思う。 アマンダさんが入るのに相応しいパーティーはウチなのだと。 レクランなんかじゃないと証明したかったのだと思う。 そんな私のワガママのためにアイツらを死なせてしまった」
「よせリーラ! あの時そう思ったのはお前だけじゃない。 俺たち全員が同じことを思った。 俺たちは冒険者だ、みな自己責任で生きている。 あいつ等だって…… リーラの責任などと思っていないよ」
「…………。 ありがとうギルベルト」
「だがこれから俺達はどうする? 二人になってしまった。 二人じゃ冒険者稼業は難しいぞ」
「あぁ……。 なぁギルベルト怒らないで聞いてほしい。 私はあの『レクラン』に入りたい」
「…………」
「今はアマンダさんがレクランに入った気持ちが…… 少し分かる」
「あのディケムと言う青年か?」
「うん……」
「命を救われて惚れてしまったか?」
「ッ――!!! そ、そんな事はない…… けど……」
「ハッハハハ! ごめんごめんリーラそんな真っ赤にならなくてもいい。 誰だって命を救われれば少なからず想うのは普通だろう」
「だ、だから惚れてなんかいないって! それに彼にはフュエって人も居るし…… どう見てもアマンダさんも惚れてると思うんだ……」
「ほぉ〜! 欲しいものは何でも奪うリーラ様がお淑やかな事で」
「ギルベルト!!!」
「まぁ冗談だリーラ。 実は俺もどこかのパーティーに入るなら『レクラン』に入りたいと思っていた所だ。 あれだけ喧嘩売っておいて入れてくれるとは思えないがな」
「うん……」
「なぁリーラ、笑わないで聞いて欲しいんだが……」
「あぁ」
「あの討伐戦の時、結局最後は九尾様が変異種を処理してしまったが…… 俺はあの青年があの戦場を支配していたように思えてならないんだ……」
「なにか根拠は有るのか?」
「俺たちが凍らされて身動きが取れなかった時、彼が魔法であの『吹雪の息』を防ぐのを俺は見た! そして一人で飛び出す所も。 それに合わせて九尾様のブレスが飛んできた……」
「…………。 それは本当なのか!?」
「分からない。 正直『吹雪の息』で動けなくなって意識がモウロウとしていたのも確かだ。 だけどあの青年には何かある。 アマンダさんがあれだけ執着するんだぜ! 俺はもっと強くなりたいんだ、彼はタンクとしてずっと俺の先にいる! 俺は彼から色々教わりたい!」
「もし…… 勘違いだったら?」
「それはそれでいいだろ? 今までだって俺達は下心があってパーティー組んでたんじゃない。 楽しいから組んでたんじゃないか? レクランはきっと楽しいパーティーだと思う」
「私もそう思うよギルベルト。 アマンダさんに会いに行こう」
「アマンダさん、時間をもらってすみません」
「リーラ。 体はもう大丈夫なのか?」
「アマンダさんも…… 彼に直してもらった後の方が調子が良かったんじゃないですか?」
「…………。 やっぱりそうか。 もしかしたら気のせいかなと思っていた」
(やっぱり私だけじゃ無かった……)
「それで私を呼んだのは?」
「アマンダさん、私たちをレクラン入れてもらえないでしょうか!?」
「そ、それは私しには…… うちのパーティーリーダーはシャルマだから口添えはしといてやるよ。 それにしてもリーラどうしたんだ? 少し前まではあれほどウチに噛みついてきたのに」
「あれは…… アマンダさんにいい所を見せたくて。 でも今はアマンダさんがレクランに入った意味がわかる気がします」
「…………。 なぁリーラ。 私はアンタらが『レクラン』に入る事に異論はないが…… もしディケムの事を何か探ろうとしているのならやめた方がいい。 いや、やめて欲しい」
「そんなつもりはないですが…… 何かあるのですか?」
「…………」
『え?』 あのアマンダさんが悩んでる?
「私と同じ、ディケムに治療されたアンタなら話しても良いか……」
「他言は致しません」
「あの討伐戦、ディケムは変異種の『吹雪の息』を事前に察知して防いだ。 そしてとっさの指示にラローズ様が素直に従った。 そのあと飛び出したディケムに合わせて九尾様が動いたのを私は見た……」
(ッ――なっ! ギルベルトが言っていた事と同じだ)
「そして……『エリクサー』らしきポーションをアンタにも使った。 私はポーションを使われた時夢で呪文を聴いたんだ」
「もしかして、アクティベート…… ですか?」
「ッ――!! やっぱりアンタも聞いたのかい?」
(夢じゃなかったんだ……)
「あの薬は多分『エリクサー』なんかじゃない! もし『エリクサー』だとしたら、私たち冒険者風情に二本も使えるはずはない。 特別なポーションとたぶん魔術の複合なんじゃないか?」
「まさか…… 新しい治療法を編み出したって事ですか?」
「わからない…… 普通は出来ないだろう。 だけどもしそんな奇跡みたいな事が出来るとしたら、私はそんな人物を一人しか知らない」
(奇跡って……。 そんなまさか!?)
「ただの私の妄想だ。 そんな人物が私達と冒険なんてするはずが無い。 だけどもしそうだったとしたら…… その事に私たちが気付いたと彼が知ったら? 彼は私の前から消えてしまうかもしれない。 私はもっと彼と一緒にいたい」
(アマンダさん……)
「私の為だと思って…… 決して詮索しない事を約束して欲しい」
私はこんなアマンダさんを初めて見た。
アマンダさんがこんな表情をするとは思いもしなかった。
あの鉄壁で男を寄せ付けず、強さだけを追い求めていた人が……
だけど私は、アマンダさんを少し近くに感じられて嬉しかった。
そう言えば、アマンダさんはアルザス戦役でも大怪我を追ったと聞いた事がある。
もし二度も同じ人に命を救われたのだとしたら……
(そりゃ誰だって惚れちゃうよね……)
「アマンダさん。 決して詮索しないと約束します」