第六章38 王室護衛騎士
俺がフュエ王女護衛の為王宮に入ったその夜、シャンポール陛下より夕食事の誘いを受ける事となった。
エメリーに案内され王族専用のダイニングルームに案内される。
テーブルには陛下、アンヌ女王、ミュジニ王子、フュエ王女、そしてミュジニ王子の婚約者グリオット侯爵家オリヴィエ嬢が座っている。
「陛下。 本日はお食事のお誘い大変恐縮でございます」
「ソーテルヌ卿、そんなにかしこまらなくても良い。 ここは公の場ではない。 其方が気軽な食事を好むことはフュエから聞いている。 今日は楽しく食事を取ろうではないか」
「恐れ入ります」
食事中の会話はやはり舞踏会の話が中心となった。
まぁ、あれだけの事が昨日起こったのだ、話題にならない方が不自然ともいえる。
だがこれは俺にとってまたとないチャンスだった。
自分より上位者、王族を取り調べる事は非常に難しい。
しかし今ならば、王族揃って全員から話を聞ける(取り調べられる)のだ!
こんな機会は滅多にない。
俺は楽し気な会話の中にもこの中にあの事件の首謀者が居ないのか、色々と探りを入れてみる。
だがそんな心配は無用だったようだ。
王族の誰からも不穏な気配は全くなく、誰も嘘は言っていないようだ。
無駄骨だったが…… これも必要な事。
事件をしらみつぶしに調べる場合どうしても王族がネックになる。
この早期に全員調べられたことは運がよかったと言えるだろう。
舞踏会での聞きたかった話がお互い終わると。
ミュジニ王子の婚約者グリオット侯爵家令嬢オリヴィエ嬢が妙に親し気に話してくる。
「ソーテルヌ卿、フュエ王女が身に付けているブルーダイヤの指輪はソーテルヌ卿から送られたと聞きました。 あのような素晴らしい宝石見た事がございません。 ソーテルヌ卿は冒険であのような宝石をいくつも手に入れてらっしゃるの?」
「恐れ入りますオリヴィエ嬢。 宝石はドラゴンがよく集める習性を持っています。 ダンジョンマスターが居るダンジョンでは、マスター以上のレベルアイテムは生成されません。 あのレベルの宝石はドラゴンなどが住み着いた天然のダンジョンが良いでしょうね」
「は、はぁ…… レベルアイテム…… ですか」
「はい。 宝石なのですがその用途はフュエ王女の身を守る魔法道具ですから。 正直大きさや質はどうでも良いのです」
(精霊結晶が入っている時点で価値は跳ね上がってはいるが…… 純粋なダイヤとしては混じり物だ)
「まぁ! あのような見事な宝石を道具とは。 ソーテルヌ卿は軍属と言う事もあるでしょうが、もっと芸術や美術品を勉強なさった方が宜しいですわよ」
「は、はぁ……」
(まぁ、オリヴィエ嬢はそんな事を聞きたいのでは無いのだろう)
「オリヴィエ様、ソーテルヌ様にそのような事……」
「フュエ殿下。 あなた様はソーテルヌ卿より色々素晴らし物をいくつも貰っているでは無いですか。 私はソーテルヌ卿に陛下や女王、ミュジニ殿下をもう少し立ててほしいと言っているのです」
オリヴィエ嬢の言葉に、王族の皆が顔色を悪くする。
これは俺の甘えだったのかもしれないが、王族と俺の間には微妙な力関係があった。
王族は俺に気を使い、俺は王族を立てて来た。
だが俺の本質はシャンポール王国への絶対服従ではない、恩を返しているだけだ。
エルフ族やゲンベルク王国が言うように、もしシャンポール王国が義に背けば俺は直ぐにでもこの国から去るだろう。
その事を純粋な貴族社会で育ち、ミュジニ王子と婚約したばかりのオリヴィエ嬢は知らない。
「ソーテルヌ卿、フュエ王女へはダイヤの指輪以外にもアーティファクト級の素晴らしい防具を送られたと聞きました。 その防具には勇者が使うオリハルコンの剣ですら傷もつけられなかったと聞きます。 なぜ陛下や女王、ミュジニ殿下や私には下さらないのですか?」
これは良い機会なのかもしれない。
なぁなぁで来た事をここでお互いハッキリさせた方が……
「オリヴィエ! なんと言う事をお前は言うのだ!」
ミュジニ王子が額に汗をびっしりと浮かべオリヴィエ嬢を諫める。
俺は陛下を見る。
王族みなが息を呑むのが分かる。
「陛下…… 陛下は私がフュエ王女に贈った装備をご所望ですか?」
「いや、ソーテルヌ卿すまぬ。 オリヴィエの教育が成っていなかったようだ。 これは私の落ち度だ許して欲しい」
「陛下! 私が何か悪い事でも言ったのでしょうか!? 私は陛下の臣下になったソーテルヌ卿に王族に対しての礼儀、当たり前の事を教えて差し上げている―――……」
『黙れ! オリヴィエ!』 陛下の一喝でオリヴィエ嬢も話を止める。
俺は少し考えて口を開く。
「オリヴィエ嬢。 私が陛下にお約束したのは『フュエ王女』と『この国』を守る事。 もしも…… 『フュエ王女』と『この国』の害となるならば、それがもし王族だとしても私は容赦はしない。 それが陛下へ誓った約束です」
「…………。 それではフュエ王女以外の王族は守らないと言うのですか?」
「オリヴィエ嬢、私は『フュエ王女』と『この国』と言ったのですよ。 『この国』とはこの国に住む人々の事。 平民も商人も軍人も貴族も王族も皆この国の国民です。 そこにはあなたも含まれる。 あなたがこの国の害とならないのなら、私はあなたを守るでしょう」
「…………。 平民とグリオット侯爵家令嬢のこの私も同じだと言うのですか?」
「はい。 私にとっては同じです」
「なっ…………」
「オリヴィエ嬢、あなたを特別に思うのはミュジニ王子だけで十分でしょう? それ以上を望むのはエゴと言うものです。 たとえ私が『あなたを特別に扱う』と言ったところでそれはただの建前に過ぎない。 その実は今私が言った事と何も変わりません」
『…………』 オリヴィエ嬢が唇を噛みしめミュジニ王子を見る。
ミュジニ王子がそのオリヴィエ嬢の視線に頷く。
「ソーテルヌ卿、悔しいですがあなたの言う事は正しいのでしょう。 正直私は『アルザスの奇跡』と謳われるあなたに守られるフュエ王女が羨ましいです。 今日のところは私の非礼をお詫びしますわ」
「オリヴィエ嬢、フュエ王女が舞踏会でラトゥール将軍にキツイ言葉をもらったのはご存じでは無いですか?」
「いえ…… すみません」
「自分で言うのもなんですが、私の傍に居る事は簡単な事ではありません。 陛下には申し訳ありませんが、フュエ王女はこれから様々な苦難に見舞われるでしょう。 それは命に係わる事もあります。 フュエ王女は守られるだけではなく、その覚悟を決めて私の側に居るのです。 先ほどのオリヴィエ嬢がおっしゃった装備はその覚悟を示した者だけに送るものです」
おかしな話になってしまったが……
オリヴィエ嬢が俺とフュエ王女に頭を下げて、この話は終わりと言う事になった。
陛下からもフュエ王女の事は全て俺に任せる。そしてシャンポール王国の『守護者』としてこれからも国を守って欲しいと頼まれた。
食事会が終わり、エメリーの後を歩き俺は自分の部屋へと戻る。
「ソーテルヌ公爵様。 この国の守護まで負っていらっしゃる公爵様とは重みが違いますが、私達フュエ王女の側使いはフュエ王女だけをお守りする為に存在します。 フュエ王女護衛の為ならばどうぞ私共をご自由にお使いください」
エメリーの筋肉の付き方はおかしいと思っていた。
そして…… あの厳重に守られていたダイニングルームでの話を知っているからこそ、俺にこのような話をしてくるのだろう。
王宮には王族を守るためのスペシャリスト『王室護衛騎士』が居ると聞いた事がある。
その存在は守られる側の王族にも知らされていないと聞く。
「エメリー…… お前達の任務は、王族全てを守る事ではないのか?」
「いえ、私達には『主』が決められています。 その『『主』だけを守るために私達は幼少の頃から王宮で育てられ、『主』を守るためだけの訓練を受けてきました。 配属や担当が変わる事は御座いません。 『主』が亡くなれば私達の存在も無くなるのですから。 私達はフュエ王女を守る為だけに存在しています。 もちろん他の王族にも別の『王室護衛騎士』が付いています」
「そのフュエ王女を守るお前が…… フュエ王女と俺を結びつかせようとして良いのか?」
「この国では…… あなたの守護を得る事が一番の護衛となりますから」
「守る為ならば手段を選ばないと?」
「あなた様は…… フュエ王女をぞんざいには扱わない。 でしょ?」
「………………」
「それに大切に守るだけが護衛ではありません。 リスクも伴いますが生きる力を付けた方が生存確率は上がります。 あなた様との冒険は姫様を強くしてくれる」
「ファイア・ウルフ討伐にも来ていたのか……」
「もちろんでございます。 よくあなた様の『諜報部隊』ともお会いします」
「まぁいい。 王宮内で自由に動けるお前たちは助かる。 よろしく頼む」
「はい。 かしこまりました」
俺の『よろしく頼む』その言葉にエメリーが頷くと……
エメリーの後ろにあと二人のメイドが加わる。
「フュエ王女の王室護衛騎士『ジェーン』と『エマ』です。 以後おみしりおきを」
フュエ王女には三名の『王室護衛騎士』、エメリー、ジェーン、エマが居ると言う事らしい。
エメリー達が自ら自分達の立場を俺に明かしたと言う事は、あのダイニングでのやり取りで俺の立場を明確に把握したのだろう。
自分達の『味方』だと。
王宮内での手足が無かった俺には、エメリーたち『王室護衛騎士』の存在はありがたい。