第六章37 違和感
大盛り上がりを見せた舞踏会。
この年の舞踏会を人々は『精霊達が集う宴』として長い間語り継いだ。
そして、この年に『お披露目の儀』を行った子供達は、『精霊に祝福された世代』と呼ばれることになる。
また人々は今回のこの現象を引き起こしたであろう人物。
俺を『精霊達を統べる者』『精霊王』などと称えまくっているのだが……
正直、俺達ソーテルヌ総隊はそれどころではなかった。
今回の現象が俺が自分の意思で引き起こしたものでは無かったからだ。
今回の現象の起点は確かに俺だった。
俺が居なければ起きなかった現象だと言える。
だが…… 現象を引き起こしたきっかけは誰かの干渉によるものだった。
誰かが俺に干渉し精霊達を顕現させた。
俺はラトゥール、ララ、ディック、ギーズを集めてあの時の様子を話し合う。
「とりあえずみんな、あの舞踏会場で外から何者かの干渉は無かったんだな?」
『はい』と代表してラトゥールが答える。
「ディケム様。 我々マナに精通した四門守護者が注視していたのです。 外からの干渉を防げないにしても気付けない事などあり得ません」
「とすると…… やはり内部か……」
「ディケム…… なにか心当たりが有るのか?」
俺の呟きにディックが尋ねてくる。
だが、ディックの質問に俺は『う~む』と少し悩む。
⦅あれは…… フュエ王女の夢が実現したものではないのか?⦆
あのあまりにも無邪気で楽し気な舞踏会場の光景、誰かが意図して起こしたにしては意味が無さすぎる。
あの時俺はフュエ王女の一番近くにいた。
俺は感覚的にだが微かな違和感を感じたのは確かだ。
だが…… そんな事が可能なのか?
俺はウンディーネを顕現させる。
「ウンディーネ。 今回の件どう思う?」
「う~む…… 正直まだ分からぬ。 いくつか思い当たる事は有るのだが…… 今回の事が起きた『意味・思惑』が分からぬ。 『意味・思惑』が分からねば誰がどのようにして起こしたのか断定するのは難しい」
『う~ん』とみな悩む。
そう誰かの干渉で起きた事だが、その内容は精霊と楽しく踊っただけ。
その為だけにあれだけの事をするか?
俺にまで干渉するリスクを冒すだろうか?
「フュエ王女の夢が現実化した……」
俺の呟きに、皆が驚き俺を見る。
「フュエ王女があれをやったと言うのか? ディケム?」
「いや、仮にそうだったとしても、意図してやったのではないだろう。 だが…… あまりにもあの光景がフュエ王女の憧れていた夢に合致しすぎている気がする」
「…………」 「…………」 「…………」 「…………」
あの時、フュエ王女の一番近くにいた俺は彼女から微かな違和感を感じた。
それは彼女が俺に干渉した事で、彼女の思い描いていた夢を俺が感じ取ったからではないのか?
しかしそれは目の前で起こっていた現象と余りにも酷似している物だった。
だから俺はあの時、デジャブーに近い感覚。
感じ取った事を今現実に起きている事と錯覚してしまった。
今思えば、あの感じ取ったイメージと現実に起きている事象が同じならば……
フュエ王女が全く無関係のはずが無い。
「うむ…… それならば今回の件も色々と納得できる。 フュエ王女のあまりにも強い憧れが『夢魔』を呼び寄せた可能性がある」
「夢魔? フュエ王女の強い願いを夢魔が実現化したと?」
「うむ…… だがディケムよ、『夢魔』にしては起きた現象が幼稚過ぎる気もする。 それに夢魔ごときがお前に干渉できるとも思えん。 とにかく今はフュエ王女を注視しておいた方が良いじゃろう」
「はい」
結局今の時点では何も断定する事はできなかった。
そしてフュエ王女の不安を大きくさせたくない事から、この事はしばらくフュエ王女にも知らせず、俺達だけで調査する事に決めた。
今のところフュエ王女から悪意を持ったモノに憑りつかれた気配は無いが、大々的に動いた場合、事件の首謀者に知られればフュエ王女が危険にさらされる可能性もあるからだ。
だが俺の憂いを考慮して、マール宰相にだけ報告を上げる事にした。
その結果……
しばらく俺がフュエ王女の警護として王宮に寝泊まりする事になった。
⦅なぜこうなった…… マール宰相―――!!!⦆
「ディケム様。 昨日の『お披露目の儀』はありがとうございました。 本当に夢のような時間でした。 あの後シャルマとフローラともあの精霊様と踊ったダンスの話で盛り上がったのですよ」
「それは良かったです」
「それでディケム様? 私はディケム様が王宮に泊まられることは嬉しいのですが…… なにか問題でも起きたのですか?」
「いえ殿下。 大した事ではございません。 『王宮の警備兵が少し足りなくなった』とマール宰相からしばらく頼まれたのですよ」
「ディケム様が…… 警備を…… ですか?」
「マール宰相は私の『貴族の父』のような方、頼み事は断れません」
「そうなのですか……」
⦅うん。 かなり無理がある言い訳だった……⦆
しかしフュエ王女も良く出来た方だ。
納得していないが俺から無理に聞き出そうとはしない。
「ディケム様、こちらがフュエ王女のお部屋、寝室になります。 そしてその向かい側、あちらのお部屋を護衛用のお部屋としてお使いください」
フュエ王女の側仕えがこれから少しの間俺が泊まる事になる部屋に案内してくれる。
「それではディケム様、お部屋をご確認ください。 引き続き私の側使い『エメリー』がご案内いたします。 こちらにご滞在の間、この『エメリー』がディケム様の周りのお世話を致します」
ここでフュエ王女とはしばらく別れて、側使いのエメリーに案内され、自分の部屋を確認する。
王宮において普通、結婚前の男女が同じ階に部屋を取る事はまず無い。
上の階に女性、下の階が男性となっている。
この階にはフュエ王女以外は女性の護衛騎士と側仕えしか居ない。
俺がフュエ王女と同じ階、しかも向かい側の部屋を与えられたことは異例中の異例だろう。
まぁ、護衛に来て別の階に泊まったのでは意味が無いのだが……
女性しかいないフロアってのは居心地が悪い。
俺は自分の荷物を部屋に放り込みエメリーに案内してもらい、このフロアの衛兵室、側仕え室を確認しつつ挨拶回りをする。
とりあえずこのフロアに悪意を持った者は居ない。
そして警備体制も万全だと言える。
後程エメリーにはこの王宮の中、別のフロアも色々と案内してもらう事になっているが、ひとまず今はここまで。
自分の部屋に戻って少し休む事にする。
「ディケム様、御用の際はお呼びください。 それではごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「あぁ、ありがとう」
「あっ、それからディケム様。 決っして! フュエ王女の寝室に忍び込んでは…… ダメですよ」
「ッ――!!! 忍び込まないって!」
「……………。 これから私も休憩に入りますけど…… 誰も見張りが居なくなってしまいますけど……… フュエ王女の寝室に忍び込んでは、ダ、メ、で、す、よ」
⦅…………。 なんなんだいったい⦆