第六章29 約束
フローラ視点になります。
ゴォオオオオオオ―――!!!
ドッゴォォォォォォォォ――――…………!!!!
崖上から『火炎の吐息』が降り注ぐ!
『きゃあああ――!』 『ムリムリムリ――!』
シャルマとミゲルが悲鳴を上げる中、私は変異種ファイア・ウルフ、ロマネ帝国の実験体の中に、小さい頃に育てていたファイア・ウルフの子『ロート』を探していた。
⦅この中にロートは居ない! ロートの胸には三日月型の白い模様がある⦆
ここが戦場と言う事も忘れ私は少しホッとする。
しかし、直ぐに現実に引き戻される、ここで死ねばロートと会う事も出来なくなる。
戦況はどんどん変わっていく、冒険者が巻き返したと思えば、実験体の策にハマり全滅の危機に追い込まれる。
そんな中、私はディケムさんの動きから目が離せなくなる。
ディケムさんのラローズ様とドーサック様への、ほんの一言のアドバイスで戦況が変わってゆく。
やっぱりこの人はおかしい、この状況下で、あのラローズ様よりも戦場を理解し的確な指示を出している。
そんな事あり得るはずが無い。
それでも大規模な戦闘とは思うようには行かない。
冒険者達の暴走……
このままだと甚大な被害が出る!
『ラローズ!!!』
『はい!』
⦅えっ?! ディケムさんがラローズ様に命令した?⦆
そんな疑問を抱いた瞬間、考えている暇もなく、ディケムさんは戦場に飛び出していった。
ラローズ様の精霊結界は半透明で外の様子は分からない。
戦場があのままなら冒険者達は全滅するしかない。
多勢に無勢、いくらディケムさんだってあの数のファイア・ウルフに襲われれば助かるはずが無い。
次に戦場を見たのは、多分、実験体のボスが『火炎の吐息』を放った事でラローズ様の結界が砕け散った時。
ラローズ様が窮地の悲鳴を上げた次の瞬間――
ドォオオオオオオ――――――ン!!!!
突然、神獣九尾様が降ってきて、実験体を一瞬で喰いちぎってしまった。
⦅……………………⦆
⦅あの実験体のボスが一瞬で……⦆
凄いと感嘆した直後……
『もしあの牙がロートに向けられたのなら?』と恐怖した。
そして……
九尾様が崖の上に視線を向けた。
つられて私も視線を向ける。
――すると!
⦅えっ!? あの崖上に居るのは…… ロート!⦆
私ははっきりと見た!
崖の上からこの戦場の様子をうかがっている実験体が四匹居る、その一匹の胸に三日月の模様があった!
私の頬を熱い涙が流れ落ちる。
⦅ロート! 生きていてくれた…… 私のかわいい子⦆
でも、実験体を確認した九尾様が動き出す。
⦅ダメ! お願いロートを殺さないで!⦆
九尾様が一瞬私を見たような気がした、でも立ち止まらず直ぐにロートを追いかけ行く。
さっきの九尾様の牙を思い出し、私の頭は真っ白になった。
気が付けば何も考えずに魔の森のど真ん中、一人でロートを追いかけて走っていた。
こんな脆弱な人族の子共一人、この森ではただの獲物でしかない。
自殺する為に飛び出したようなものだ。
でももう、ロートと会える機会を逃せない!
私はあの子と最後に会ったとき『またね! ずっと一緒に居ようね』と約束したのだから。
あの子はずっと私を待っている。
私がロートと九尾様の所にたどり着いたとき、すでにロートと他の三匹の実験体は九尾様に踏みつけられていた。
でもまだ辛うじて生きている。
「やっと来たか小娘。 お前! この犬コロと縁があるのだろう?」
踏みつけられながらも私を見たロートは、驚きの表情をしている。
ロートは私を覚えてくれている!
私は九尾様の質問に頷く。
「ならば止めはお前がすると良い」
「っえ!? …………。 でも九尾様…… 私にはそんな事…… ロートは私の……」
「お前と縁がある此奴がお前に殺されれば、魂が引き合い、お前の近くで此奴は生まれ変われるだろう。 それが最善だろ? ワレが殺せば魂は消滅してしまうかもしれん。 他の人族に獲物として殺されれば、またその恨みが輪廻に影響を及ぼすかもしれん。 此奴を愛しているのなら、お前が殺すのが一番だ」
私のすぐ近くで生まれ変わる……
次はずっと一緒に居られる。
それがこの子にとっても幸せな事。
私はナイフを取り出す。
そしてロートの傍に座りロートの頭を撫でる。
「ロート……ごめんね。 痛いよね? 私が……すぐに楽にしてあげる…… ロート」
ナイフを持つ手が震える。
涙が止めどなく流れ落ち、ロートの顔も滲んで見える。
ロートは暴れる事もせず目を瞑りその時を待っている。
⦅ロート…… 九尾様に言われたように、私に殺される事を願っているの?⦆
だけど…… 私は震える手からナイフを落とす。
「ロート…… ロート、ロート! ごめんなさい! ダメ…… 私には出来ない! 私はアナタを殺すことなんて出来ない…… ごめんなさい。 ごめんなさい――…… ロート」
私はその場に崩れ落ち泣きじゃくる。
そして何度も何度もロートに謝る。
するとロートが目を開け、一度だけ私の涙を舐める。
私の胸に、あの頃私に飛びつき必死に顔を舐め回してきたロートの姿が思い出される。
「ロート――! いやだよロート! またアナタと一緒にいたいよ! またアナタと走り回りたいよ! ロート! 私の愛しい子!」
私はロートを思いっきり抱きしめる。
ロートはもう一度、私の涙を舐める。
そしてロートは立ち上がり九尾様に顔を向ける。
ロートの目が九尾様に幕を引いてくれと言っている。
ロートは私との約束をずっと待っていたのかもしれない。
『また遊ぼうね!』といってギュッと抱きしめる。
いつも別れ際に寂しがっていたロートはそれで満足して、私を送り出してくれた。
今、わたしに抱きしめられたロートは満足そうに目を瞑る。
『もう、思い残す事は無い』と言うように……
ロートは九尾様の前で、静かにその時を待っている。
「あぁぁぁあああ――……!!! ロート! ロート!!!」
九尾様の顎門がロートの頭を噛み潰す!
ッ―――!!!
その直前、ディケムさんが思い切り九尾様の頭を殴る!
⦅え!? ………………⦆
「フッギャッ!!!」
九尾様が頭を抑えて転げ回る。
「っな! ディケム殿! なんと言うことを!」
「悪いな玉藻。 殴らなけりゃ間に合いそうもなかったからつい……」
「つ、ついって! 酷いです…… この犬コロの結末はこ奴を殺してやる事が一番では無いですか?!」
「まぁそうだろうな。 だけど…… それは人族にとっての最善であって、この世界にとっては違うかもしれない」
「見逃せば人を殺しますよ、そ奴は!」
「人もファイア・ウルフを殺しているしな、か弱い民衆を襲わなければ良いんじゃ無いのか?」
「そんな確約はありませんよ」
「あぁだから、秘密にして置いてくれないか? 玉藻」
「…………。 あなたがそう決めたことなら、私に依存は無い。 むしろ私はどちらかと言うと獣ですから」
⦅え? …………。 なんの話をしているの?⦆
⦅ロートは死なないで済むの?⦆
「と言う事だロート、お前とお前の仲間を、これから魔の森の奥地に飛ばす。 最後にフローラとお別れをすると良い」
⦅あぁ……⦆
私はロートをもう一度強く抱きしめる!
「ねぇロート、私冒険者になったの! もっと強くなったら魔の森の奥地にロートに会いに行くよ! 必ず! 約束だよ!」
「クゥゥゥ~ン クゥ~ン クゥン」
「フフ、ウソじゃ無いのかって? 『またギュッと抱きしめる』って約束、忘れてなかったでしょ? 絶対約束だよ!」
『ワオォォォ~ン ワオォォォ~ン』 ロートが嬉しそうに私の顔を舐める。
私とロートが十分お別れを済ませた後、ディケムさんが転移陣を構築し、ロートを人が殆ど立ち入らない魔の森奥地へと飛ばしてくれた。
(またね、ロート)
「よし玉藻、思いっきり派手な空砲を打ち上げろ」
九尾様の強力な空砲が魔の森にこだまする。
その爆発音を聞きつけ冒険者達が集まってくる。
九尾様による最後の変異種討滅と言う事でこのクエストは終了となった。
私とディケムさんはレクランの仲間と合流するために山を下っていく。
「ん?! どうした? フローラ?」
ディケムさんに言われて、自分がニヤニヤしているのに気づく。
「ん? 九尾様の頭を殴って、転移陣を発動させられる人って本当は誰なんだろうと思って」
「………………」
「まぁ…… 言いたく無いなら言わなくても良いけどね」
「そうしてくれると助かるよ」
私達はレクランの皆と合流して、私は単独行動をしたことを深く謝り頭を下げた。
ディケムさんの口添えもあり『もう絶対にしない』と約束して、みな許してくれた。
その後、冒険者ギルドに報告を済ませ、その日は皆用事があると言う事で、ギルドでこのままお開きとした。
明日はディケムさんもフュエさんも用事があるとか。
ちょうどよかったと、私とシャルマも明日は私用がある事を伝え、次の集まる日を決めてみな解散となった。
別れ際、私はつい悪戯心で……
ディケムさんの所へ駆けっていき、頬にキスをする。
そして『今日はありがとう』と耳元でささやく。
「ッ――っな!!!」 「ッ―――!!!」 「ちょっと!!!」
私の突然の行動に、皆が目を見張る!
『へ?』と完璧に意表をつかれたディケムさんは呆然と立ちつくしている。
フュエさんは目を見開いたまま固まっている。
「今日のお礼よ! あとまた明日ね! ディケムさま」
ディケムさんがさらに私の意味深な『様』呼ばわりに驚き……
『また明日ってなに?』って顔をしている。
「さま? フローラ、なんでディケム殿を様呼ばわりか? それに明日は休みだとさっき決めたところではないか?!」
私の意味ありげな言葉に反応するミゲルに『フフ』と私は誤魔化し、爆弾を落としたままその場から走りさった。
その後、冒険者の間で不思議な話が何度も噂される。
魔の森の奥地で迷ってしまったとき、胸に白の三日月模様が有る大きなファイア・ウルフが出口まで導いてくれると……
さらにある冒険者は云う。
あの導いてくれたファイア・ウルフはきっと冒険者の誰かをずっと待っているのだと。