第六章27 判断ミス
軍隊では上官の命令は絶対だ。
部下が勝手に判断して勝手に動く事は無い。
騎士、兵士たちは俺の命令を待ち、俺の命令通りに動く。
俺はいつの間にか、上に立つことに慣れ、それが当たり前のように思ってしまっていた。
俺は自分の力を過信していたのだろう。
そして冒険者達の思考を理解していなかった。
『己惚れるなよ』と神が嘲るようにその惨状は起こる。
冒険者達は変異種の罠にはまり、窮地の状況だったが……
ラローズ先生の『水の防御結界』と白魔法師の活躍もあり、なんとか体制を立て直し反撃のタイミングを待っていた。
しかし……
団体行動に慣れていない冒険者達は、今の状況を勘違いする。
『奇襲を受け、最初は混乱したから窮地に陥っただけ。 今の状況を見ればファイア・ウルフはやはり大した脅威ではない』と……
軍隊行動の勝敗、戦場の流れはほんの些細な事で変わる。
状況が何も変わらなくても、兵士の士気さえ上がれば勝ててしまう事もある。
そんな目に見えない戦場の流れを読むことは、歴戦の冒険者でなければ難しい。
冒険者達は俺のラローズ達への指示など誰も気づいていない。
ラローズの『水の防御結界』とフュエ達の補助魔法と回復魔法が、がどれほど戦況を左右しているのか、ほとんどの冒険者は気づいていない。
冒険者達は判断をミスる。
『結局戦場で勝敗を左右するのは、自分の力だ!』と……
俺とドーサックが盾を構え、じっとファイア・ウルフが痺れを切らすのを待っていると……
突然! 一つの冒険者パーティーが飛び出す!
「なっ! バカな!!! なぜ今飛び出す!」
俺の叫びもむなしく、一つのパーティーが飛び出せば、我先にと次々と別のパーティーも飛び出していく!
そして……
俺の後方からも一緒に行動していたリーラのパーティーまでもが飛び出した!
「バカ! 行くなリーラ!!!」
「ダーヴィヒさん! 今回はウチが獲らせてもらいますよ!」
ダーヴィヒの制止も聞かずリーラが飛び出していく。
⦅マズい…… 冒険者達がバラバラの方向に飛び出した!⦆
⦅一番恐れていた事が起こってしまった! このままじゃ多大な犠牲者が出てしまう⦆
そのとき――!
青白いファイア・ウルフがニヤリと笑う。
俺は急速なマナの上昇を感じ取り、辺りに冷気が立ち込めていく事に気づく!
⦅ッ――ヤバイ! 大技が来る!⦆
俺はとっさに呪文を詠唱する!
≪――――τοίχος-φλόγας(火炎の壁)――――≫
『ちょっ! ディケムさん!』
俺が突然魔法を詠唱しだした事に、ここに留まっている皆が目を見張る!
そして魔法が発動し、周りに『火炎の壁』が立ち上がる!
『キャ――ッ!』 『ディ、ディケムさん何を!?』
シャルマ達が驚きで叫ぶが……
それと同時に、『火炎の壁』の外の世界が凍り付く!!!
「えっ!?」 「なに?」 「なにが起こっている?!」
『火炎の壁』の外に居た、冒険者達がみな霜に覆われている。
そして沼は凍り付き、ぬかるんだ冒険者達の足が氷で固まり、身動きが取れない状態に陥っている。
⦅ヤバイ! 皆がバラバラの方向へ散っている今…… ここで襲われれば――……⦆
俺の予想が的中してしまう…… あの変異種はヤバイ!
このタイミングで崖上のファイア・ウルフ達が一斉に冒険者へ目がけて殺到してくる。
これ以上ないタイミングだ!
足が固まり、霜に覆われ震えて動けなくなった冒険者達がみな悲鳴を上げる。
このままでは俺たち以外は全滅だ…… 今動けるのは俺達だけ。
ここに居るメンバーを守る事も考えれば、今飛び出せるのは俺だけだろう!
この状況でフュエ王女から離れたくなかったが…… 仕方がない!
俺はもっとも効率よく、確率的に多くの命を救えるルートを探す!
バラバラに散ってしまった冒険者を全て助ける事は不可能!
命の選別をするほか無い。
俺は盾をドーサックに向かって投げ捨てる!
そして―― 『ラローズ!!!』
『はい!』
俺がラローズに叫び、飛び出した瞬間にラローズがドーム型の結界を張り、俺以外のメンバーを隔離する。
皆が『え?!』『なに?!』と叫んでいる声が最後に聞こえてきたが……
ラローズは結界を半透明にして、外の様子がぼやけて見えないように構築してくれている。
そして次の瞬間、どこからか飛んできた高密度の『火炎の吐息』が沼の氷を一瞬で蒸発させる!
発生させた水蒸気は辺りを霧のように隠してくれる。
⦅玉藻!⦆
足を固められていた沼の氷も溶け、これで冒険者達も自由に動けるようになっただろう。
多少の火傷は免れなかっただろうが、動けないまま死を待つよりはよっぽどいい。
一人でも多く生き残ってくれ!!!
俺はミスリル剣の柄に開いた穴に精霊結晶をはめ込む!
このミスリルの剣は『レジーナ』に氷の精霊フェンリルの属性を付与して作ってもらっている。
そこにイフリートの精霊結晶をはめ込むと――
ミスリルの剣がまるで炎と氷の蛇が巻き付いたように属性を纏う!
俺はその剣を沼に突き立てる―― そして!
『1,2、3、……、10、11……、20』ここまでか……
『フンッ!』 剣にマナを一気に流し込むと、二十ヵ所で『炎と氷の柱』が立ちあがり、ファイア・ウルフを一気に二〇匹消滅させる。
⦅今ので変異種を三匹か……⦆
⦅残りは冒険者と混戦になっている、一匹ずつ狩っていくしかない!⦆
だが……
『クソ!』すでに数人の冒険者が手遅れになっている。
俺は一足飛びに霧の中を走る。
視界不良の霧の中でも、マナを感知しファイア・ウルフと冒険者の位置は正確に把握出来ている。
一つ……また一つと、次々にファイア・ウルフを斬っていくが……
方々に散ってしまった冒険者達全てを救う事は出来ない。
俺が一人でも多くの冒険者を助ける為、沼を駆けまわっていると――
『ワォオオオオオオ―――!!!』
突然、青白い変異種ボスの鳴き声が辺りに響き渡る!
そして次の瞬間!
ファイア・ウルフの炎が沼地に吹き荒れ、辺りに立ち込めていた霧を一瞬で吹き飛ばしてしまう。
そしてその炎でラローズの結界も崩れ去った。
『クソッ!』 俺が臍を嚙んだとき……
ドォオオオオオオ――――――ン!!!!
突然九尾の巨体が崖の上から降ってくる!
そして青白い変異種もろとも、残りの変異種二匹も一瞬のもとに喰いちぎった……
「え……?」 「…………」 「…………」 「…………九尾様?」
突然視界が晴れた瞬間に『神獣九尾様』の登場だ、みな目を見張るしかない。
しかも、あまりにも呆気ないA級変異種の最期に、冒険者達はただ呆然としている。
『ワォオオオオオオ―――!!!』
今度は九尾が吠えると、まだ数十匹と残っていたファイア・ウルフ達は逃げて行った。