第六章26 罠
今日のラローズ先生は冒険者として参加しているから、ワイバーンは連れて来ていないようだ。
ファイア・ウルフを狩る事を考えれば、ワイバーンで空から探した方がよっぽど効率が良いと思うが、彼女の役目は、狩る事では無く冒険者の被害を最小限に抑える事なのだろう。
ラトゥールになんと言われてここに来たのか……
まぁ俺は詮索するつもりは無い。
そして玉藻がどう動くかも楽しみだ。
ラローズ先生、ドーサック先生の牽引の元、俺達は大所帯で魔の森を歩いて行く。
辺りを見渡せばそこかしこに別のパーティーを発見することが出来る。
これなら俺達初心者パーティーもそれほど危険な事は無いだろうが……
その異様な活気に魔物や魔獣たちも異変を察し姿を表さない。
いつもは静かな魔の森に、そんな異様な雰囲気が漂うなか、
俺達は一時ほど、森の奥へと歩いて行く。
すると最初の異変を発見する。
木に大量の血痕が付着し、点々と森の奥に続いている。
『ひっ!』 怯えるフュエ王女を背にかばう。
護衛者として余りあまり見せたくない光景だ。
ラローズ先生を先頭に、血痕を辿り森の奥へと進んでいく。
獣道はうっそうと木が茂る中、徐々に下っていき、入りくんだ谷へと入っていく。
そして気づけば周りにも、導かれたように沢山の冒険者がいる。
「誘われている?」
「そのようだな」
ラローズ先生とドーサック先生が慎重に状況把握に努めている。
「ラローズさん、ファイア・ウルフにそのような知恵があるなど聞いたことがないです」
「リーラ、変異種が十二匹という異常事態。 しかも普通だとG、F級程度の低級のファイア・ウルフがA級にまで上り詰めている! 常識で考えないほうがいい」
「ラローズの言う通りだ。 もしかなりの知能を持っているとしたら…… この状況はかなり危険かもしれない」
⦅冒険者の常識が油断を招き、自分達が立たされている現状への危機感を麻痺させる⦆
俺たちが今居る場所は――
薄暗い深い森の奥、崖に囲まれた行き止まりの谷の底だ。
地面は沼地となり足元はぬかるみ、辺りには霧が立ち込め、枯れた巨木が乱立し、方位を狂わしている。
谷の入り口は狭く、一度中に入れば、方向感覚を失い、抜け出す事は難しい。
⦅冒険者は魔法使いが少ない、それは飛び道具が少ないと言う事、この状況で谷の入り口を塞がれ、もし崖上から狙われたとしたら――! 冒険者はただの的と化す!)
いやな予感が頭をよぎった瞬間――
ファイア・ウルフの動きは感嘆するほど早かった。
いやむしろ、人ではこれほどの統率を見せる事は難しいかもしれない。
それが、自意識が強い冒険者となれば尚更だ。
強力な指導者の元、最速の動きでファイア・ウルフ達は冒険者を殲滅させる罠を、陣形を完成させていた。
多くの冒険者が行き止まりの谷の底、ぬかるむ沼地に誘い込まれた時……
谷の入り口に巨大な青白いファイア・ウルフが姿を現す。
その姿はどこか『フェンリル』に近い風格すら漂わせている。
その姿を見たとき、『たかがファイア・ウルフだろ?』と侮っていた全ての冒険者達が自分の過ちを理解する。
今の状況は、狩る者と狩られる者が逆、自分達こそ獲物なのだと……
青白いファイア・ウルフは最後の仕上げに『吹雪の息』を吐き、氷の壁を作り谷の入り口を塞いだ。
冒険者達はまんまと罠にはまり、谷底の沼地に閉じ込められた。
すると今度は崖上に五匹の大きな変異種のファイア・ウルフが姿を表す。
そしてその周りには百を超えるファイア・ウルフの群れが居る。
「囲まれた! 逃げ道も塞がれたぞ」
「おいウソだろ! なんだコレ…… こんなの聞いてないぞ!」
「だ、誰か! 誰か助けてくれ!」
冒険者達がパニックに陥る中、ドーサック先生が叫ぶ!
「狙い撃ちされるぞ! 小さく固まり盾の壁に隠れろ!」
⦅この変異種は危険だ、知能と統率力が異常に高い! そして人への憎悪も……⦆
――次の瞬間!
崖上から谷の冒険者達に向かって、『火炎の吐息』が降り注ぐ!
『ウィルウィスプ様!』
ラローズが水の精霊を呼び出し『水の防御結界』を張る!
だが、下級精霊のウィルウィスプでは谷を覆うほどの大規模な結界など張ることは出来ない。
そして出来るだけ広く守ろうと、薄く張った『防御結界』では変異種の強力な『火炎の吐息』を防ぐことが出来ない。
『火炎の吐息』が直撃した冒険者が次々倒れていく。
俺はとっさに叫ぶ!
「ラローズ先生! ドーサック先生! 変異種六匹の攻撃だけに集中しましょう! 他の個体の『火炎の吐息』は致命傷にはならない! 手練れの冒険者なら十分対処出来ます!」
「了解!」「おう!」
「フュエ! シャルマ! フローラ! 守りに徹しろ! 『防御』と『回復』で皆を守るんだ!」
「「「はい!」」」
ラローズが薄く広く展開していた『水の防御結界』の範囲を狭め、強度を高める。
そして変異種個体からの『火炎の吐息』を中心に防ぐ。
最初は変異種からの『火炎の吐息』で、重傷を負った冒険者が何人も出たが、防御態勢を整えたおかげで、負傷者の数は減っていく。
強固な守りで安全地帯を作り、危険地帯の範囲を特定させる事により皆守りやすくなっている。
負傷者が出ても軽傷、これならフュエ王女達の『回復』で十分回復できる。
俺は腰袋から『回復薬』を取り出し、フュエ王女に渡す。
「フュエ! 重傷者を『水の防御結界』の安全地帯に運び、これを飲ませろ!」
「はい!」
「ミゲル! 力仕事になる! お前も行け!」
「わかった!」
重傷者も、あれぐらいの傷ならソーテルヌ総隊の『回復薬』で十分治るはずだ。
ラローズ先生がフュエ王女に行かせたことに『なぜ?!』と言う顔で俺を見る。
確かに危険な役目だが、あの『八属性の装備』を着たフュエ王女は、ここに居る誰よりも固い防御に守られている。
あの青白い変異種が『吹雪の息』を吐こうが『火炎の吐息』を吐こうが、イフリートの炎属性とウンディーネの水属性が守てくれる。
ミゲルは…… 『ガンバレ!』と言うしかないが。
さて、問題はこれからだ。
今の状況は、なんとか体制を立て直し、攻撃を防げてはいるが……
このまま続けばジリ貧になる。
だがファイア・ウルフも堅い防御に阻まれて、攻めあぐねている。
ファイア・ウルフの主力は変異種六匹、他の個体はそう何発も『火炎の吐息』を吐くことは出来ない。
そろそろしびれを切らして次の動きに出てくるころだろう。